15話 柊木十和子の現在地② 100万人の約束
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十和子の通う高校は都内にある私立高校の芸能科だ。『芸能科』と名がついているものの、芸能に限らずこの年齢でプロとして活動するスポーツ選手などの受け皿にもなっている。
つまり、クラス38人の中に一般人は一人もいない。
「柊木さ~ん、昨日の配信見たよ」
昼休み近く、ニコニコと笑顔で十和子に話しかけてきたのはクラスメイトの毬谷。子役時代から女優を中心に活動していて、最近ブレイクの兆しのある注目株だ。
「お、ありがと」
本名が芸名ではないが、ここ芸能科では十和子は柊ワコであることは公然の事実だ。そもそもが、元々顔を隠して活動しているわけではない。嬉しそうに微笑む十和子に、毬谷は笑顔で感想を続ける。
「すごいよね〜、ワタシには絶対できないなぁ。恥ずかしくて」
「んん?」
楽しそうに感想を語る顔とは不釣り合いな言葉が聞こえた気がして、十和子は思わず耳を疑う。
「あれなんて言うんだっけ?Vtuber?いくらテレビ出られないからってアレはさすがに無いわ〜。『元』とはいえ国民的子役様がねぇ」
笑顔を崩すことなく、流れるように毬谷はそう言葉を続けた。
「い、いや。別に国民的とかは知らないけどさ、テレビが上とかなく無い?」
苦笑いで十和子は言葉を返し、それを毬谷は鼻で笑う。
「それ言って許されるのテレビ側だけだから〜。下から言われても説得力無さすぎ」
「毬谷、やめなよ」
見かねた他のクラスメイトが制止する。だが、毬谷は悪びれる様子もなく、煽りを続ける。
「だって超ウケない?あんだけ『私、他の人と違いますが?』みたいな顔しといて、ネット落ちだよ?まぁ、もうテレビに出る気もないんだろうし?好きなことだけやってればいいんじゃない?楽しそう~、あはは」
「おっ。楽しそうな話、やってんねぇ」
毬谷の後ろから言葉通りの楽しそうな声が響いて、毬谷は言葉をつぐむ。
声の主は十和子の友人でもあるトップタレントの時鳥梓。
「いいねいいね!マウント合戦……女子トークだねぇ。あたしもまーぜてっ」
十和子の前の席に座り、頬杖をついて毬谷を見上げる。
「スマホの連絡先の数?レギュラー番組数?年収?さぁ、かかって来いっ」
クスクスと笑いながら楽しそうに毬谷へと啖呵を切る。
当然ながらそのどれをとっても毬谷は梓に敵うはずがない。
悔しさを噛み殺すようにギリっと一度歯軋りをすると、即座に踵を返す。
「くっだらな。ガキじゃあるまいし」
「あはは、だよね〜。だと思った。また遊ぼ」
ひらひらと手を振り、梓は毬谷を見送る。見送って、十和子に太陽のような笑顔を向ける。
「トワコ、おはよっ」
「……おはよ。もうお昼だよ?来ないと思った」
前日に連絡をしていて、今日学校に来るとは聞いていた。けど、今はもうお昼前だ。
「あはは、ごめんて。朝から来るはずだったんだけどさぁ、トワコの配信見返してたら普通に寝過ごした。仕事じゃないとパパもママも起こしてくれないんだよね」
「当然。自分で起きろ」
学食に向かいながら二人の会話は続く。
「ていうかさ。収益化条件満たしてんでしょ?早くスパチャ解禁しなよ。早く銭投げしたい。投げさせて。お願いっ!」
「却下。投げんな」
「えぇ〜、トワコに赤スパ読まれたいのに〜」
学食は普通科の生徒とも共通だ。だが、過度に芸能科の生徒に接触したり、盗み撮りをすることは当然ながら学内処分の対象になる。
昼食を注文し、それぞれトレーを持った二人は席を探す。十和子はラーメンライス、梓はハンバーグセットだ。
「空いてる席、空いてる席〜」
学食内を見渡して、一番端のテーブルに一人で座る無造作髪の少年が目に入る。
「おっ、名人いるじゃん。トワコ、相席いい?」
「うん、もちろん」
二人はそのまま端のテーブルに向かう。
「おじゃましまーす」
「名人、おはよっ」
無造作に髪の伸びた少年はスマホから顔を上げず、声をかけられたことにも気がついていない。彼が頼んだラーメンは箸が乗せられたまま放置されていて、すっかり伸び切り、冷め切っている。
「ふむ、イヤホンもつけずにこれですよ」
勝手に髪を触りながら耳元を確認する。それでも彼は気が付かない。
「ちょっと、梓」
芸能科のクラスメイトである鷹屋敷圭はプロの棋士だ。昨年、中学三年時に三段リーグを突破したことで晴れて四段——プロの棋士となった。
過去中学生でプロとなった棋士は例外なく名人位を得ていることから、それを知った梓は彼を『名人』と呼んでいる。
「鷹屋敷くん、ラーメン伸びてるよ。おーい、鷹屋敷くーん」
十和子が何度か呼びかけて、目の前で手を振るとようやく彼の意識はスマホ上の盤面から現実へと戻る。
まるで夢から覚めたかのようにぼんやりとした視線を十和子に向けて笑う。
「あ。柊木十和子さん。今からお昼?」
「うん。私もラーメンにしちゃった」
「おーい、梓ちゃんもいるぞ」
「あ。時鳥梓さん。朝いたっけ?」
「いるっつーの。朝からずっとおりますが?」
「嘘だから。この子来たのさっきだから」
鷹屋敷は思い出したように割り箸を割ってラーメンに手をつける。
「あれ?伸びてる。不良品だ。返品しなきゃ」
真面目な顔でトレーを持って立ちあがろうとする彼を梓が止める。
「待て待て。あんたがスマホいじってる間に冷めたんでしょうがっ。カスハラかい」
それを聞いた鷹屋敷は目に見えてガッカリと肩を落とす。かなり長い時間集中して将棋アプリを操作していた様子。
「えぇ……。ラーメン、楽しみにしてたのに……」
十和子は少し楽しそうに自分のラーメンを差し出す。
「ねぇ、鷹屋敷くん。よかったら、ラーメン……少し交換しない?」
「え。それは悪いよ」
「全然!私もラーメン好きなんだけど……、そんなに伸びたラーメン食べたことないから。どんな感じか気になっちゃって。だから少し交換してくれない?」
キラキラとした瞳で十和子は交換を提案する。
「じゃ、じゃあお願いしようかな」
「やったぁ」
取り皿に三人分ラーメンを取り分けて、昼食は進む。
「そういや名人。トワコの配信見た?」
「あ。うん。み、見た」
「見たのぉ!?」
自分で聞いておいて梓は大きな声を出して立ち上がり、十和子は迷惑そうに眉を寄せて梓の服を引く。
「声でかっ。座んなよ」
「だって、名人が配信見たって!」
「別にいいでしょが。見てくれてありがとね」
「いやいや、だってさ!将棋しか興味のない将棋星人が!トワコの配信見てんだよ!?そんなのもう……告白じゃん!」
「だから声がでっかいんだよ」
「あ。全然。そんなのじゃないんですけど」
「じゃあ名人、あたしの番組見た?」
「番組?」
「ほらぁ、存在すら知らなぁい!つまり〜!?」
「ねぇ、梓マジでうるさい。メンマあげるから静かにしなよ」
「しないが?でもメンマは貰うっ」
雛鳥のように口を開ける梓に、十和子はあきれ笑いでメンマを食べさせる。
「ねぇねぇ、そろそろトワコンチャンネルとあたしでコラボしない?やろうよ。絶対楽しいって」
伸び切ったラーメンをすすり、十和子は少し考える。そして、レンゲで冷めたスープを一口飲むと、こくりと頷く。
「うん、いいよ。やろ」
十和子は梓を真っ直ぐに見据える。
「チャンネル登録100万人突破したら。そしたら記念にコラボしよ。私と、梓で」
その言葉を聞いて、梓は嬉しさを堪えきれない表情でぶるりと一度身震いする。
「トワコのそういうところ、超〜好き。楽しみに待ってる」




