14話 元国民的子役、収益化の条件を満たす。
「ねぇ、イツキ。見て見て。ワコのアカウント、最近海外からもコメント来るんだよ。世界展開も視野に入れちゃう?」
二度目の配信を終えた翌日、十和子の部屋でチャンネル管理画面を開いて作業する俺にスマホを見せながら、楽しそうに十和子はそう言った。
「あのですね、十和子さん。それインプレゾンビって言うんですよ」
「え、怖。ゾンビ?」
「ゾンビではないんだけど……、あ」
画面を眺めていて短く声を上げる。
「ん?どうかした?」
チャイを飲みながら画面をのぞき込む十和子。
「収益化、申請できるみたいだ」
最大同時接続は一回目より落ちたものの、最大3742人。アーカイブ再生は前回より伸びがよく、チャンネル登録者は順調に増え続けて18203人となった。
「ふーん。いいんじゃん?お金は大事だもんね」
まるで他人事のように十和子はサラリと答え、言葉は続く。
「半分こでいい?」
「あほか。いいはずがない。その収益はお前とワコがみんなを楽しませて得た対価だろ?俺がそれに触れていい理由なんて微塵もあるはずがないだろうが」
そういうと十和子はむっとした様子でチャイを飲み干して、氷をガリガリとかみ砕く。
「イツキが協力してくれなきゃできてないんですがぁ?」
「そりゃ当然協力はするだろ。言い出しっぺなんだから」
「じゃあ貰いなよ。プロ意識低っ。遊びでやってんの?だっさぁ」
明らかにわざと強い言葉を使って俺を挑発してくる。そんなものに乗る訳がない。俺は目に見えて大きくため息をつき、首を横に振る。
「あのな、俺にとってワコはなんだ?」
「はいはい、分かってるってば。推しでしょ。大好きなんでしょ?柊ワコが」
「全然違うね。神だよ。つまり、俺がその対価に手を出すってことは、……賽銭泥棒と同義ってことだ。そこをきちんと理解してほしい」
真面目な顔でそう告げると、十和子は口を押えてくるりと椅子を回す。
「ぶはっ、まじめな顔して何言ってんのあんた。ふっ……ふふふ。賽銭泥棒って。あっははは」
パシパシ、と俺の足を叩きながら十和子は声を上げて笑う。
「わかりやすいだろ?ご理解いただけたらよかったよ。まぁ必要経費と飯代くらいは出してくれると助かるかな。君のお財布から」
「そのくらいは当然だけど、……いまいち納得できないなぁ」
「わはは、納得してくれ。待機画面とか音楽の作成にも金かかってるし、例の頭型マイクだって注文してただろ。金使ってるのはお前なんだからさ。じゃ、手続きの説明な」
あらかじめ調べておいた収益化申請の方法を説明する――。
「あー、うん。そっか。親の口座が必要なんだ?」
「そうみたいだな。親御さんにアカウントとそれ用の口座作ってもらう必要がある、って感じ」
「ふーん」
十和子はそう言って少し考えると、ニコリと笑顔を見せる。
「伝えとく。何日か待ってもいい?」
「そりゃもちろん。やり方送っとくから」
「ん、ありがと。はい、じゃあ作業戻ってていいよ。私やることあるから」
「へいへい」
軽く返事をして作業に戻る。今進めているのはワコの配信待機画面の発注だ。いきなり始まっていきなり終わるのはやっぱり味気ないし、いちファンとしても配信の余韻にも浸りたい。
なので、十和子とアイディアを出し合って構想を練った。それを形にする技術も時間も無いので、そこはプロにお任せとなる。俺の描いたワコの素材と、画面のイメージを伝えて、チャットアプリでクリエイターさんとやり取りをする。
うまくいけば次回の配信からは使えるかもしれない。
もちろん、これにだって数万円かかっていて、それは十和子の持ち出しだ。だから、収益なんて俺が受け取れるはずがない。
受け取った画面のラフと睨めっこをして、希望や添削を再度伝える。修正回数は3回までの契約なので、できる限りイメージを膨らませる。
ふぅ、と短く息をつき天井を仰ぐと、なにやら室内に香ばしい香りが漂っていることに気づく。
「あ。気づかれた」
振り返ると、制服にエプロン姿の十和子が、テーブルになにかを運んでいた。
「ひとくちワコ用。家にご飯あるだろうから、少なめね」
「……これ、もしかしてお前が作ったのか?」
猫の形をした箸置きに箸を置きながら十和子は得意げに頷く。
「とーぜん。一人暮らしだからね、料理くらいできますが?」
十和子の置いた料理を見て目を見張る。少しこじゃれた小さめのボウル。盛られたご飯の上にキャベツ、そして半熟の黄身が輝く目玉焼き、仕上げに食欲をそそる焦げ目のついたウィンナーが載っている。
「じゃん。最強丼」
洗練された十和子のビジュアルから生み出されたとは想像しづらい豪快な料理に思わず息を飲む。そして、その直球過ぎて逆に曲がって見えるネーミングよ。
「最強丼……だと?」
「そ。最強でしょ?お醤油とケチャップどっちがいい?今なら特別にハートマークでも描いてあげようかなぁ~」
ケチャップを片手にベタなことをのたまう十和子さん。
「あ、結構っす。醤油で行くんで」
今まで上機嫌だった十和子はとたんにムッとへそを曲げ、俺の言葉を無視して最強丼にケチャップで文字を書く。漢字で一文字。
「ははは『怒』ってなんだよ」
「さぁ?見てのままじゃない?冷めちゃう前に撮っちゃお」
「おっけー。いくぞ」
俺は十和子にスマホを向ける――。
◇◇◇
『こんばんは~、今日のひとくちワコは~『最!強!丼っ!』一皿でタンパク質と野菜と炭水化物が取れるその名のとおり最っ強なご飯だよ。なんと!ごはんは十六穀米を使用していまぁす。ウィンナーはタコさんにするとねぇ、表面積が増えて焦げ目が――』
イツキが帰ったあと、十和子は今日撮影したばかりの『ひとくちワコ』を流して無意識に口元を弛める。一回15秒と決めている動画は、言葉の途中だろうと無慈悲に打ち切られる。過度な編集は行わず、ほとんど撮影したままで投稿される。
間接照明が照らす薄暗い室内。十和子はスマホを操作している。
『配信の収益化に保護者のアカウントと口座の紐付けが必要なんだって。パパかママのどっちでもいいから、二人で話して決めて欲しいな。一応資料も貼っておきます。なるはやだと嬉しいです』
父と母と十和子、三人のグループチャットにそう入力して、最後に猫がお辞儀をするスタンプを添える。
しばらく画面を眺めていて、それが既読を待つ行動に思えて、十和子はスマホを伏せた――。




