13話 元国民的子役、名前を付ける。
毎日15秒のショート動画の投稿、そして毎週日曜日に一時間の生配信。それが当面決めた柊ワコの活動ペースだ。SNSの運用は完全に十和子にお任せ。曰く、いちいちアンチのコメントに反応してしまう俺には向いていないそうだ。
『今日のおやつは~、アミマのメロンパン!』
ショート動画のネタを毎日考えるのは俺たちにはハードルが高い。十和子の提案もあり、毎日ひとつ何かを食べて感想を言うだけの『ひとくちワコ』に決めた。
ガサゴソと袋を開ける音がしてから、ザクザクとメロンパンの皮を食む音。
『おいしすぎて、うまいっ』
幸せそうな声が響く。終わり。永遠に見てしまうから10回くらいで止めておく。
昔はそんなイメージもなかったけど、意外に十和子はよく食べる。だから企画としてはかなりアリなんじゃないかと思う。
「ねぇ、園芸委員さん。なんかうちに似合う花とか見繕ってよ」
帰り道、花屋の前で十和子は足を止めて俺の袖を引く。
「あのな、十和子さん。美化委員は美のプロフェッショナルじゃないし、風紀委員は法の番人じゃないんすよ。消去法や他薦で園芸委員になった人もいるんだと知ってほしい」
「あっそ。聞いてない情報ありがと。ほら、選んでよ。お金は出すから」
「花は枯れるぞ?観葉植物とか多肉のほうがよくね?」
十和子に袖を引かれるまま自動ドアを入る。チラリと俺を振り返る十和子はジト目を俺に向けて一瞬不満を伝えてくるが、すぐに気を取り直して足を進める。
「じゃ、選んで。丈夫で長生きの子がいいな」
「へいへい。すいません、丈夫で長生きな子ってどれですか?」
初手で専門家の知見を頼ろうとすると、十和子は苦々しい顔で袖を引く。
「ま・ず・は、自分で考えよっかぁ?」
「そんなこと言われても、俺パンジーとビオラの区別もつかない人間だぞ?ふぅむ……。お、トリコディアデマ・ブルボスムじゃん」
多肉のコーナーに置かれたポットを手に取ると、十和子が興味深げに顔を寄せる。
「なんて?」
「トリコディアデマ・ブルボスム。トリコディアデマがギリシャ語で『毛の王冠』、ブルボスムがラテン語で『膨らんだ』って意味を持つ南アフリカ辺りの多肉植物だよ」
「全然詳しいじゃん。じゃあそれにしよっかな」
クスクスと楽しそうに笑いながら十和子はポットを手に取る。
「そりゃな。映画『海のひとしずく』でワコ演じる雫の部屋に――」
俺の説明の途中で十和子の表情はスンと真顔に戻り、ポットを棚に戻す。
「やっぱ止めた。あんまかわいくなかった。別の。次」
「なんだよ。じゃあ~」
「イツキが知ってるの禁止。先入観禁止。うちに置きたいやつ。直感で。わかった?」
「注文が多いっすなぁ」
あきれ笑いで返して売り場を見渡す。
「お」
ふと目に入ったのは、野球のボールを埋めたみたいな形のサボテンか多肉。中心から放射状に伸びたラインに沿って小さなトゲが並ぶ。色は鮮やかな緑色。
「はいはい、今度はワコのどの作品?」
あきれ顔で十和子が問いかけてくる。
「これは出てきたことないだろ。単純におもしろい見た目だなって思っただけだよ」
それを聞いた十和子は急に興味深げな眼に変わり、またポットを手に取り、様々な角度からそれを眺める。
「へぇ。本当に?ひっかけだったら怒るよ?」
「それをするメリット俺にある?」
「ふーん。かわいいじゃん。すいません、この子育てやすいですか?」
店員さんは十和子の問いにニッコリと笑顔で頷く。
「丈夫で元気な子ですよ。手をかけすぎると逆に枯れちゃうくらい」
それを聞いて十和子は満足げにポットを店員さんに差し出す。
「じゃあ、この子にします」
「ありがとうございま~す」
十和子からポットを受け取り、店員さんは丁寧にそれを包む。
「この子はサボテンですか?多肉植物ですか?」
「サボテンに見えるけど、多肉植物なんですよ~。名前はユ――」
「あっ待って」
店員さんの言葉を十和子は慌てて遮る。
不思議そうに顔を上げる店員さん。十和子は苦笑いでどこか気恥ずかしそうに言葉を続ける。
「え、えっと。名前は~……知らないままでいたいかな、って。あはは、変ですよね。でも!育て方と注意点は知りたいです!」
店員さんの視線が一瞬俺に向いた気がしたけど、視線を向けるとそれは気のせいだったのかすぐに取り扱いの説明に移っていた――。
「水はあげすぎない。風通しのいい場所に置く。日当たりが好き。直射は避ける」
マンションに向かう帰り道、十和子は歌うようにリズミカルに店員さんから教わった育て方を復唱する。
「名前、なんにしよっかな~」
「サボ三郎」
俺の提案を聞いて、十和子は小ばかにしたように口元を手で隠して含み笑いを見せる。
「残念、この子はサボテンではありませ~ん。多肉です~」
「サボテンと多肉ってどう違うんだ?」
「そんなの園芸委員で聞きなよ」
『今日!の!つまみ食いっ!アミマのコロッケ!夕飯前のコロッケは最高においしいです』
予約投稿していたワコのアカウントから投稿の通知が来たので、スマホを取り出して動画を眺める。当然立ち止まる。歩きスマホ、ダメ絶対。
「今日もコロッケ買ってく?おいしかったよね」
帰り道にある大手コンビニを指さす十和子。
「お前よく食うなぁ」
スマホをしまってあきれ顔を向けると、十和子はいたずらそうに笑う。
「育ち盛りですから」
そう答えると俺の答えを待たずにコンビニに入る。
――そして、飲み物とコロッケと若干のお菓子を買って十和子のマンションに至る。
「ただいま~」
誰もいない静かな室内へ、十和子の明るい声が響く。
「おじゃましまーっす」
俺が靴を揃える間に十和子は室内を見渡しながら、何かを探すように部屋を歩き回る。
「ど・こ・が・い・い・かな~」
一瞬何のこっちゃと考えて、すぐに何か思い至る。
「あぁ、サボ太郎の置き場か」
「さっきは三郎じゃなかった?」
「あぁ、そうだっけ?」
「適当〜」
パソコンデスク周りで少し首を捻って、再び十和子は場所を探す。
「このテレビ台の辺りは?」
何気なく白いテレビ台を指で示す。窓の光も少し入り、風通しも多分悪くない。
「ふむ、いいかも。ほらイツキ、名前。早く」
「お前がつけるんじゃねーのかよ」
「いーから。センス見せて。サボテンからは離れてよね」
「無茶振りが過ぎる。じゃあ多肉のたにくん」
「もう一声!ほらほら、置いちゃうよ〜」
十和子はゆーっくりと多肉のポットを台におこうとする。
「なんだそれ。いつのまにかなんかルール増えてんだが。勝手に置けば?」
「はぁ、つべこべうるさいなぁ」
十和子はため息をつくとパソコンをつける。
ハイスペックなPCは爆速で起動して、十和子はカチカチと何やら操作する。直後、俺のスマホが鳴る。
「てめぇ……」
「あれ?出ないの?平気?」
「ぐっ」
苦渋の決断で通話に出る。当然画面にはワコの姿。
「こんばんは〜、イツキくん!わたしも名前決めて欲しいなぁ。早くしないとコロッケ冷めちゃうよ?ほら、この子の、お名前は〜?」
ワコに言われたら選択肢なんて存在しないも同じだ。
「……じ、じゃあ。ころまる、とか」
手元のコンビニ袋に入ったコロッケと、目の前の丸い植物を交互に見ながら、雑巾を絞るごとく脳みそからアイディアを絞り出す。
「ころまる……かぁ」
画面のワコとパソコンの前の十和子が呟く。
「いいね!決定!君の名前は〜、ころまる!ようこそ、我が家へ」
十和子は楽しそうに、ころまるのポットをテレビ台に置いた。
スマホの画面でも、ワコが楽しそうに微笑んでいた。




