12話 元国民的子役の余熱
――最大同時接続人数4533人、チャンネル登録者数12431人、高評価数3951人、コメント数1422件。
それが、柊ワコ復活初配信の得た数字だ。
確かに数字は大切だ。だけど、それは一番じゃない。
柊ワコが再び皆の前に現れて、みんなと繋がって、笑った。それ以上に大事なものがあるはずがない。
「ほらほらほら、イツキ!始まるよ。早く」
「始まるも何もアーカイブ再生じゃないですか。お前が再生ボタンを押さなきゃ一生始まんないよ」
トワコンチャンネル初配信を終え、俺たち二人は興奮をそのままにアーカイブ鑑賞を行う。反省会とかそんなのじゃない。お菓子と飲み物を用意して単純にワコの配信を楽しむスタンスだ。
「始まるよ~。5、4、3、2、1……ゼロっ」
グラスやお菓子が乗ったトレーを運ぶ俺が着席していないにも関わらず、十和子は無慈悲に再生をクリックする。
「マジで押しやがった」
そして、画面にはワコが映る。有名配信者と比べれば格段と見劣りする、簡易的なアバター・ワコver0.5。
「うお、急に始まったな」
「あはは、待機画面作ろうよ。あと音楽。絵はもちろんイツキが描くこと」
「うへぇ」
冷静に考えると、自分の描いた絵を数千人に晒すってなかなかの行為だな。今になって急に恥ずかしくなってくる。だけど、画面でほほ笑むワコはどこに出しても恥ずかしくない。
「0人じゃなくてよかったよね。いや、0人でもやったけどさ」
「新人の初配信なんて0も普通だからな。さすがおワコ様だよ」
ポップコーンやクッキーを頬張りながら、配信を眺める。
「つーかさ、コメント返し力がえぐすぎるんだが。それに『好きになった人から帰ってよし!』って。この言葉でもう流れ決まったようなもんだよな」
「ん?そう?ワコなら普通じゃん?」
事も無げに答えて、十和子もポップコーンを無造作に口に放る。塩味とキャラメル味。甘いとしょっぱいの黄金比。
「やめなくてよかったなぁ」
楽しそうに場を回すワコの声を聴きながら、十和子は独り言のように呟いた。その言葉を聞いただけである種の達成感が生まれかけてしまうけど、浮かれるには早すぎる。まだ、始まったばかりだ。
配信を見終わると時刻はもう日付の変わりそうな時刻になっていた。
「おっと、そろそろお暇しなきゃな」
今日は日曜日、明日は学校。母さんにはちゃんと遅くなることは伝えてあるとはいえ、物には限度がある。
急ぎ片づけを始めると、十和子の手が伸びて俺を制止した。
「あ、イツキ。片づけなくていいよ、そのままで」
「気にすんなって、すぐ終わるから――」
てっきり帰りの時間を気にしてかと思った。だけど、十和子は首を横に振って微笑んだ。
「じゃなくて。こんなに楽しかったのに、もう元通りかぁ……みたいな?あはは、何言ってんだろうね、私」
どこか寂しそうな表情と言葉。その気持ちの全部がわかるといえば当然嘘になる。
「本当だよ、何言ってんだお前。部屋はきれいなほうがいいに決まってんだろ」
十和子の制止を無視して、俺は片づけを続行する。そして、制止しようとした手を所在なさげに伸ばしたままの十和子をチラリと横目で見ながら俺は言葉を続ける。
「とはいえ、久しぶりのワコ無双に俺も電車で帰る気にはなれないかな。熱気覚ましに歩いて帰るから、悪いけどその間通話しててくれない?配信の感想会もっとしたいしな」
一瞬きょとんとした顔をした十和子は、嬉しさをかみ殺した口元で、伸ばした腕を腕組みに変えて、椅子を回してそっぽを向いた。
「しょうがないなぁ。付き合ってあげるか」
「さんきゅー、助かるわ」
俺の家と十和子のマンションは、歩いて一時間と少しの距離がある。深夜に歩くにはなかなかの距離だが、途中十和子は何度かあくびをしながらも楽しそうに俺の帰り道に付き合ってくれた。月明りが照らす帰り道、足取りは軽い。
――翌朝、学校。
「イツキ~、見た?ワコ!あれ絶対本物でしょ~、機転えぐってなったもんね」
スマホを手に朝から高揚した様子の浦原。ワコのスタンプを買うくらいのファンである浦原のことだから絶対見ていると思ったけど、実際見てくれるとやはり嬉しい。
「ん?あぁ。まだ6回しか見てないけど、まぁ本物だろうな」
いくら何でも本人と作っていますだなんて言えるはずもない。できる限り平静を装ってサラリと流す。
「6回って。一時間配信なんですけど」
ケラケラと笑って俺の肩を叩く浦原。それと対照的に羽村は苦笑いで俺を見る。
「冗談だと嬉しいんだけど、どう?」
「羽村。俺がそんな冗談を言う人間に見えるか?目をよく見ろ」
「目ぇクマ、えっぐ」
若干引き気味の羽村でなく、浦原が楽しそうにコメントをくれる。
「ハム公も見た?マジワコじゃんってなるから」
ハム公と言うのは浦原が羽村につけたあだ名であるのだが、浦原以外誰もそう呼ぶものはいない。
「SNSでもちょっと話題になってるよね。絶対二人は見てるよな~って思いながらタイムライン眺めてた。切り抜きも結構回ってるよね、ほら」
羽村はスマホを机に乗せて動画の再生を押す。サムネイルにはワコの画像とともに『本物?偽物?』のテロップが載る。
『好きになった人から帰ってよし!』の場面から始まる冒頭、続いて視聴者の減少を懇願するワコの悲痛な声。『減って!お願い!』『帰れ!』
それを見た羽村はクスリと笑う。
「勢いすごいね」
「なぁなぁ、今気になったんだけど。この切り抜きってのは、権利的にはどうなの?」
「権利?しらーん」
「軽っ」
公式であるトワコンチャンネルでなく、ファンが短く切り取って配信する『切り抜き動画』。著作権やガイドラインの整備など、ほかに勉強することが無限にありすぎて考えてなかったなぁ。ルールとか決めればいいんだろうか?
人気の配信者が切り取った動画をきっかけにバズることもあるようなので、一概に否定するものではないのだろうけど。
「切り抜きもいいけど、公式も見てくれよ。ワコ。ほら、これ。トワコンチャンネルな。ほら、登録しようぜ。今。すぐ」
「圧が強いなぁ」
自分のスマホでトワコンチャンネルを映しながら羽村を勧誘していると、画面の上部に通知が現れる。
『ねむぅ』
――それは十和子からのメッセージ。通知バーにはアカウント名である『とわこ』の名前とメッセージ。
メッセージはまだ続く。
『あのあとよく眠れた?』
「あ」
「おっ」
目ざとくそれを見た浦原が食いついて、によによと意味ありげな含み笑いを俺に向けてくる。
「見ちゃったぁ。幼馴染ちゃん?とわこちゃん?名前かわよっ」
「さぁ?スパムじゃね?多分返信すると一億円くれるやつだよ」
「えー、ひどっ。幼馴染をスパム扱いする男~。みなさーん、ここに美人のモデル級幼馴染をスパム扱いする男がいますよ~」
「羽村、言ってやって。画面のぞき見はマナー違反だって」
「自分で言いなよ」
浦原は俺の机に椅子を寄せて、嬉々として尋問を続ける。
「ねぇねぇ、あのあとってどのあと?会ったの?夜なの?」
「はい、無視ー。答える必要はありませーん」
「うちも会いたいだけなのに~」
窓を眺めて返答を拒否する間に始業のチャイムが鳴り、やり過ごしに成功する。
日常が、少しだけにぎやかになる。




