10話 元国民的子役、カウントダウン。
『おはよう!こんにちは!こんばんは!新人Vチューバーの柊ワコです!次の日曜日から活動を始めます!みんな、ぜひ見に来てね~。え?どっかで見たことある?あはは、気のせい気のせい!毎日カウントダウンやっちゃうよ~。今日は~7!』
前もって作ったSNSアカウントから、柊ワコの2Dアバターを使って配信告知のショート動画を投稿。
それまで稼働のなかったフォロワー数1のアカウントたちは、この瞬間からさざなみのように動き出した。
『え?柊ワコ?』
『本物?』
フォロワー数も、再生数も、いいね数も増え続け、ミュートしたスマホに積み重なっていく。
コメントやリプライも無数に届く。だが、それらはもちろん好意的なものばかりではなかった。
『今更感やば』
『オワコンw』
『アバター安そう』
『声だけであの頃が蘇る……』
『本当に本人?』
『V落ちとか草』
『元国民的子役wwww』
『育成失敗』
画面を睨みスクロールしていると、ひょいとスマホが取り上げられる。
「はいはい、イツキはエゴサ禁止。向いてないよ」
「いや、だってこいつらが……」
十和子は小さくため息をついて俺にスマホを手渡し、PCでビデオ通話を起動した。例の配信ソフト経由で。俺のスマホに現れたのは、微かに揺れながら微笑むワコの姿。
「だってじゃないでしょ。イツキくんは、わたしだけ見てればいいの」
怒りやらなにやらは一瞬で浄化されてしまい、動きが止まる。すると、再びスマホを取り上げられて、その向こうで十和子はイタズラそうににっと笑う。
「なんちゃって」
「……なんちゃって、じゃねぇわ」
もう少し気の利いたことを言い返そうと思ったけど、うまい言葉が出てこなかった。
「今更、オワコン、育成失敗。……やっぱりそう思う人もいるよね」
悪い言葉って、なんでいい言葉より心に刺さってしまうんだろうな。俺に向けられている訳でないその言葉は、必要以上に俺の心を削ってささくれ立たせてしまう。
だけど、十和子は勝ち誇るように不敵に笑う。
「楽しみだね」
そう言って、ウキウキした様子でスマホをスクロールする。
「ねぇ。コメント返ししてもいい?いいよね?」
「い、言い返したりは……しないよな?炎上商法はあんまり品のいいやり方とは言えないぞ」
「ううん。久しぶりに、みんなと話したいだけ」
キラキラした瞳で、わくわくした様子で、そんな表情で言われたら断ることなんてできるはずがない。
『今更感やば』→『ふふん、どうかなぁ!』
『オワコンw』→『トワコンですが?』
『アバター安そう』→『失礼なっ』
『声だけであの頃が蘇る……』→『ありがと』
『本当に本人?』→『それはあなたが確かめてみて!』
『V落ちとか草』→『落ちてないが?』
『元国民的子役wwww』→『知っててくれて嬉しいぞ』
『育成失敗』→『まだわかんないよ~』
まさかコメントが返ってくるとは思わなかった様子で、ワコのアカウントはにわかに活気づく。
温かい声も、疑いの声も、冷笑にも、十和子は嬉々としてコメントを返していった。
「マネージャーがやってたんだよ、昔のアカウントは」
返信をしながらそう言うと、ハッと思い出したように口を手で押さえる。
「おっと、守秘義務」
考えてみればそうだよな。善意も悪意も渦巻くSNS、芸能人だろうが子供は子供。勝手に任せて触れさせるはずがない。
『それじゃ、今日はこの辺で!また明日~』
◇◇◇
『4っ!今日は設定の話をするよ。わたしは記憶喪失なので、昔の話は覚えていないって設定だよ。決して、契約とかそんな話じゃないからね』
四日後に迫る初配信を宣伝するカウントダウンのショート動画。華やかに彩られた数字の4を背に、柊ワコは楽し気な弾む声で今日も告知を行う――。
「ねぇねぇ、トワコ。なにかあたしに言うことない?あるよね?ないかな?」
ショート動画を投稿した直後、十和子のスマホが鳴り、画面の向こうで友人の梓が笑顔で詰問を始める。
「友達と思ってたのはあたしだけかぁ~」
わざとらしくヘソを曲げながら、梓がチラリと十和子の表情を伺いみると、十和子はいたずらがバレた子供のようなぎこちない苦笑いを返す。
「や。だってさ。……梓がフォローしたら、話題になっちゃうかもじゃん?それで注目を集めるのは……違うかなって」
その言葉を聞いて、梓は嬉しさを堪えきれない様子で口角を上げ、興奮を抑えずに画面に向けて勢いよく親指を向ける。
「大!丈!夫ッ!あたし裏垢百個あるから!絶対バレないから!見るだけならいいよね!?いいでしょ!?」
「百個は盛りすぎでしょ」
「ん?マジだが?」
スンと真面目な顔に変わる梓に十和子は笑うしかない。
◇◇◇
――『3!昨日のコメントでわたしのこと『おワコ』って呼んだ人!ちょっと気に入っちゃったから使っていいかなぁ』
一週間連続で、毎日同じ時間に柊ワコのショート動画は投稿される。
――『2!今から緊張してきたぁ~』
配信日に合わせて俺も毎日胃の痛むような重圧とともに準備を進める。台本は用意しないが、進行のざっくりした予定くらいは用意する。他と同じことをするつもりもないが、界隈の文脈を知らずに足を踏み入れるのも不誠実と思い、寝る間も削って調査を進める。
――『1!いよいよ、明日!たくさんお話しようね午後!九時!三分!開始だよ!』
まだ表情も表せないver0.5のアバター。それでも、その声だけで、高揚も興奮も余すことなく伝わってくる。
一週間の間、毎日十和子のマンションを訪れている。機材の使用方法を勉強する必要があるし、どれだけ準備をしても足りない気がしてしまうから。
十和子のマンションにも、少しずつ物が増えてきた。グラスが増えて、椅子が増えて、箸やカトラリーも増え、座布団も買った。空疎だったマンションの一室が雑多ににぎやかになっていく。
告知用のショート動画は平均して20万再生を回し、フォロワー数もじきに5桁に乗る勢い。好意と、悪意と、野次馬と、熱意と冷笑の入り混じったある種異様な温度感を見せていた。
時刻は夜十時を回る。今日は土曜日、明日は学校も休みだ。
「あー、もうこんな時間か」
パソコンを眺めつつ、画面下の時計を見て顔を歪ませる。配信開始まで24時間を切っている。準備は万全とは言い難い。
「泊まっていけばぁ~?」
後ろでは椅子をクルクルと回しながら十和子が無責任な言葉を放ち、意味深な含み笑いを浮かべている。
「はいはい、写真週刊誌呼んどきますね~」
帰り支度をしながら軽口で返す。
「需要ありませんがぁ~?オワコンですからぁ~」
クルクルと回りながら楽しそうに自虐を放つ十和子。その顔には一切の悲壮感は無い。
「イツキ」
玄関まで見送りに来た十和子は、俺の名を呼びニッコリと笑う。
「明日、楽しみだね」
「……さっすが。肝が据わってますなぁ」
――そして、日曜日。
「なぁ、そういえば聞いてなかったんだけど。なんで九時じゃなくて九時三分?」
直前チェックをしながら問いかけると、十和子はケロリとした顔で即答する。
「テレビと違って後番組もないんだし、ちょうどじゃなくてよくない?」
意外にちゃんとした理由についニヤリとしてしまう。
「なるほど」
そして、午後九時三分が近づいてくる。
柊ワコの、十和子と俺の初配信が始まる。




