7鏡 私はきっとこの瞳で嘘をつく
彼女の肩に腕を回し、そっと引き寄せた。薫の身体は驚くほど軽く、まるで壊れやすい硝子細工のようだった。肌はほのかに冷たく、私の掌の熱を吸い取るように震えた。
胸に抱き寄せながら、私はもう一度、彼女の瞳を覗き込む。唇の端に優しげな微笑みを貼りつけ、慈しむような眼差しを注ぐ。けれどその奥では、分厚い鉄のシャッターを音もなく下ろしていた。昨夜、別の女の汗まみれの太ももに指を埋めた感触も、甘く淫らに喘がれた声も、決して薫には見せない。見せてはいけない。
「ねえ、綾……」
薫が私の胸に顔を埋めたまま、震える吐息とともに囁いた。熱い息がブラウス越しに肌をくすぐる。
「私を騙し通して。もし嘘をつくなら、死ぬまで、完璧に騙して」
その言葉が、胸の奥に鋭い棘のように突き刺さった。
薫は気づいている。私の首筋に残る、他人の口紅の残り香に。
太ももの内側に薄く残る、爪痕のような愛撫の痕に。
それでも彼女は私を突き放さない。
突き放して、私を失うことのほうが、彼女にとって死よりも恐ろしいから。
「……嘘なんて、ついていないよ」
私は彼女の尖った顎を指先で優しく持ち上げ、唇を重ねた。
最初は優しく、羽のように軽く。けれどすぐに、貪るような深さへ変わる。
舌を絡め、薫の甘い唾液を味わいながら、彼女の息を奪う。
愛情の証明であると同時に、これ以上追究されるのを防ぐための、卑劣な口封じだった。
薫の細い指が私の背中に回り、爪が衣服越しに食い込む。
痛いほどに、必死に、私を掴もうとする。
その震える力強さが、たまらなく愛おしくて、歪んだ悦びが私の胸の奥で熱く渦を巻いた。
私は薫を愛している。本当に、愛している。
けれどその愛は、決して純粋なんかじゃない。
明日もきっと、私は別の誰かの唇を求め、別の誰かの熱に溶けていく。
薫の知らない場所で、薫の知らない淫らさで。
それでも今、この瞬間だけは——
私は彼女を、壊れるほど強く抱きしめていた。
そして、私の帰る場所は、いつでもこの部屋だ。
傷つくことを知りながら、それでも私を待ち続ける薫。
傷つけていると理解しながら、優しい眼差しで嘘を塗り重ね続ける私。
この歪んだ均衡の上に、私たちは今もこうして、肌を重ねて立っている。
「愛してるよ、薫」
私は彼女の耳元に唇を寄せ、熱い吐息とともに囁いた。
この言葉だけは、紛れもない本物だった。胸の奥底から溢れ出す、ねじくれた愛情そのもの。けれど、それを伝える私の瞳は、すでに冷たい嘘の色彩を帯びていた。昨夜の別の女の体温をまだ覚えている瞳。明日もまた誰かの甘い吐息を求めに行くであろう、乾いた瞳。
薫は悲しげに、けれど穏やかに微笑んだ。
その微笑みは、痛みを知り尽くした者の、それでもなお信じようとする者の微笑みだった。
彼女はゆっくりと瞬きをし、私の嘘だらけの瞳を、じっと見つめ返した。
まるでその奥に隠された真実の欠片を探すように。
あるいは、欠片など最初からなかったことを、改めて受け入れるように。
私は何も言わなかった。
ただ、彼女の細い背中に腕を回し、もう一度、強く抱き寄せた。
この部屋の仄かな灯りの下で、私たちの影は一つに溶け合い、歪んだ愛の形を静かに刻んでいた。
これで、いい。
このままで、いい。
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