3鏡 五月一日の白い毒 ―すずらんと私の幸福
5月1日はスズランの日らしい。
朝の光がカーテンのレースを優しく透かして、部屋を淡い金色に染めていた。
私はゆっくりと目を覚まし、隣で静かに眠る鈴藍の寝顔をじっと見つめた。
長い黒髪が枕に広がり、すっと通った鼻筋、薄く開いた桜色の唇。
まぶたの裏で夢を見ているのか、時折長い睫毛が小さく震える。
その姿はあまりに可憐で、私は息を潜めて見入ってしまった。
胸の奥がじんわりと熱くなり、愛おしさが溢れてくる。
「鈴藍……本当に、君は私の宝物だ」
一年前の今日を、鮮明に思い出していた。
あれは、大学の文学サークルでのミーティングだった。
春の陽射しが窓から差し込む教室で、彼女は控えめに自己紹介をした。
「鈴藍です。両親が鈴蘭の花が好きで付けてくれた名前なんです。今日はちょうどスズランの日ですね」
小さな声で言った瞬間、私の心臓は大きく跳ねた。
あの時から、私は彼女に囚われたと思う。
静かで、でも芯が強くて、言葉の端々に優しさが滲む人。
話してみると、彼女は本が好きだと言って、少し頬を赤らめた。
あの笑顔を、私は今も忘れられない。
そんな彼女は、今現在私の恋人だから、人生とは本当に不思議。
「ん……綾? おはよう」
彼女が薄く目を開け、私を見て柔らかく微笑んでくれた。
まだ眠そうな声が朝の静けさに溶けていく。私は彼女の額に優しくキスをし、指で前髪を梳いた。
「おはよう、鈴藍。今日は特別な日だよ。何も考えなくていいから、全部私に任せて」
「ふふふ、わかった。綾の計画は、いつも楽しみにしているよ」
鈴藍は、私の首に腕を回し、甘えるように体を寄せてきた。
薄い寝間着越しに伝わる柔らかい感触と、体温に胸がざわついてくる。
自然と唇が重なり、朝のキスは甘く、ゆっくりと深くなっていく。
舌が絡み合い、吐息が混じり合う。
私の手が彼女の背中を滑り、腰を引き寄せると、鈴藍の体が小さく震えた。
「朝から……綾、欲張りさん」
「可愛すぎるのが、悪いんだよ。離したくない」
私たちはそのままベッドの中で時間を忘れた。
指が互いの肌を探り、首筋にキスを落とし、胸の膨らみに唇を這わせる。
鈴藍の甘い声が部屋に響き、私の名前を何度も呼ぶ。
朝の光の中で交わる体は、昨夜の余韻を残しながらも新鮮で、互いの愛を確かめ合うように激しく、優しく重なった。
クライマックスを迎えたあと、彼女は私の胸に顔をうずめ、満足げに息を吐いた。
「綾の中、温かくて……好き」
「私も。鈴藍の全部が好きだよ」
遅めの朝食をベッドの上で一緒に食べた。
トーストを並べ、スズランを小さな花瓶に飾り、レモンティーを注ぎながら他愛ない会話を交わす。
彼女の指が私の手に絡み、時々視線が絡み合って、ただそれだけで胸が甘く疼く。
午前中、私たちはアパートを出て自転車を借りた。
街はずれの森を目指しながら、道端に咲くスズランの白い群生を指差して笑い合う。
鈴藍は後ろに乗り、私の腰に腕を回す。
風に吹かれながら、耳元でそっと囁いた。
「綾の後ろに乗ってる、すごく安心する。風が気持ちいいし、綾の匂いがして、ドキドキする」
森の奥深く、誰も知らないような小さな丘に着くと、私は持ってきたバスケットを広げた。
白いシートを敷き、真っ白なスズランの花束を飾り、手作りのサンドイッチ、フルーツ、彼女の大好きなチョコレート、そして手作りのレモンタルトを並べた。
木漏れ日が木々の間から降り注ぎ、花びらが風に舞う景色はまるで夢のようだった。
私は鈴藍を自分の膝の上に抱き寄せ、耳にキスを落とした。
「一年前の今日、貴女に会えて本当に良かった。あの時、貴女の声が鈴みたいに響いて、心臓が止まりそうだったんだよ。授業中も、夜寝る前も、君のことばかり考えてた。怖がりで、人と距離を置くタイプだって聞いたけど、私にはいつも優しくて……それがたまらなく愛おしい」
鈴藍は私の胸に顔をうずめ、指でシャツをぎゅっと握った。声が少し震えている。
「私も……綾がいなかったら、今の私はいないよ。中学の頃から人間関係が苦手で、いつも本の中に逃げてた。百合の物語を読んでは『こんな恋、ありえないよね』って思ってたのに、綾と出会って、本当に叶うんだって知った。毎日、綾のことが好きで好きで、胸が苦しいくらい。怖いくらいに」
言葉が途切れ、私たちはそっと唇を重ねた。
軽く触れ合うだけのキスを何度か繰り返し、やがて額を寄せ合って小さく笑う。
五月の柔らかな風が頬を撫で、スズランの香りが静かに漂っていた。
彼女の手を取り、指を絡める。
鈴藍の体温がじんわりと伝わってきて、それだけで胸が満たされていく。
「綾……なんだか、夢みたい」
彼女は少し照れたように笑い、私の肩に頭を預けた。
私はその髪を優しく撫でる。
風に揺れる黒髪と、遠くで揺れる白い花が重なって見えた。
しばらくそのまま寄り添っていたあと、私たちはシートの上に腰を下ろし、持ってきた軽食を広げた。
簡単なサンドイッチとレモンティー。何気ないはずの時間が、今日はやけに特別に感じる。
「こういうの、いいね」
「うん。ずっとこうしていたい」
言葉を交わしながら、時折視線が合って、また少し笑う。
それだけで、胸の奥が温かくなる。
その後も、私たちは花を摘みながら語り合った。
卒業後のこと、旅行の計画、スズランを庭に植える夢。
笑い声が絶えず、ときどき軽くキスを交わし、指を絡め合う。
夕暮れが近づくまで、丘の上で時間を忘れていた。
家に帰ると、私は彼女を抱き上げてベッドへ連れていった。
「今日はまだ終わらないよ、鈴藍」
「もう……綾の欲張り。疲れてるのに……でも、嫌じゃない」
照れくさそうに笑う彼女を、私は優しく押し倒した。
そのまま触れ合いを重ねながら、時間をかけて夜遅くまで愛し合った。
指と唇で全身を何度もなぞり、彼女が何度も頂点に達するまで離さない。
体位を変え、互いの目を見つめ合いながら深く繋がり、鈴藍の甘く掠れた声が耳元で何度も愛の言葉を繰り返した。
「綾だけ……ずっと、綾だけがいい」
その言葉に応えるように、私は彼女を強く抱き寄せる。
夜更け、疲れ果てて寄り添いながら、私は彼女の髪を優しく撫で続けた。
月明かりが部屋を照らし、枕元のスズランの花が静かに香る。
「鈴藍、愛してる。本当に、愛してる。来年のスズランの日も、再来年も、十年後も、ずっと一緒にいよう」
鈴藍は私の胸に顔をうずめ、眠りの中で小さく頷いた。
「うん……私も、綾だけが私の世界」
スズランの甘い毒に包まれながら、私はこの幸福に、もう戻れなくなるくらい深く溺れていた。
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