10鏡 灰色の世界で出会った天使と生きよう
★ 本作はゲーム『7 Days to Die』から着想を得て制作したオリジナル小説です。ゲーム本編のストーリーとは関係ありません。
血の匂いが周囲から漂っている。
鉄と腐敗と、どこか甘い、腐った果実みたいな匂いが混じっている。
あの時からそんな事はあたりまえなんだけど、今日は特にその死臭が強い。
窓から見える太陽が今日はとても赤く見えた。
今日もあの日が来るのか?
納得したよ。
創作物にのみ存在していたゾンビがこの世に現れて人の世界は崩壊した。
家の外を歩けば、ゾンビがあふれかえった世界で生きている人間なんてもう数が少ないのだろう?
実際生きている人なんて一人を除けばここ最近出会った事もなかった。
「……まだ動ける? ヒナ」
私は後ろを振り返った。
小さなボブカットの黒髪の少女が、私が作った粗末な木の盾の影に隠れて震えていた。
この廃墟の教会で、私が最初に見つけた「生きてる人間」だった。
ここに来たのも気まぐれだった。
神様がいるんだったらどうにかしてほしいと信仰心もない癖に困ったらこういう場所へ来るんだから、本当に人間とは自分勝手な存在だとも思った。
そこでこの小さな天使に出会って、放っておくわけにもいかず共に暮らし始めた。
「う、うん……綾さん」
彼女の声は細くて、風に消えそうだった。
私は安心させるように頭を軽く撫でると、彼女はくすぐったそうに目を細めて縮こまっていた。
最初は面倒だと思っていたけど、彼女と出会ってから、すごく癒されていた。
殺伐としていた私の心が癒されているのがわかる。
案外神というのもいたのかもしれない。
私は今、古い教会の跡地に簡易ベースを組んでいる。
木の壁は薄くて、釘も足りない。鉄のインゴットを作る時間もなかった。
夜が近づいている。空が赤黒く染まり始めると、遠くで低い呻き声が聞こえてきた。
ゾンビがやってきた。
ゾンビ側にもルールがあるのかわからないけど、人が住むようになると基本ゾンビはやってこない。
動物を見ても食指が動かないかわからないけれど、人のみを襲う。
動物が死ぬと奴らはその場で食事をする。
そのまま死んだ人間は、その後にゾンビ化するので、首を切り落とさないといけない。
夜になると昼間ののろのろした動きが嘘のように、速くて強くなる。
そして昼間よりも数も多く徘徊していることが多い。
だから夜は拠点とした家で静かに暮らしていることが多い。
ただし赤い感じになった太陽と月の日だけは例外だ。
奴らはこの日になると徒党を組んで人がいるところを襲撃してくる。
その周期が7日目だった。
聖書で七日目は、あなたの神、主の安息日である。あなたは、いかなる仕事もしてはならないと書いてあるのに、ゾンビの世界はまるで反対に七日目は大いに働きなさいとなっているようだった。
夜の暇な時は、ここに置かれていた聖書を読んで多少は知ったけど、読んでいて意外と面白かった。
「ヒナ、ここにいて。敵を倒してくるね」
私は骨で作ったナイフを握り直した。
銀の長い髪が風に揺れているのが目に入った。
そう言えばゾンビが現れてから髪を切っていなかったのを今思い出した。
最初の一匹が壁をよじ登ってきた。
灰色の肌に欠けた顎でそして濁った目をしたやつだった。
私は間合いを詰めて、ナイフを振り下ろした。
鈍い音が聞こえ頭蓋から血のシャワーが私に向かって降り注いだ。
気にはしたいがそんな余裕が、あるわけがなかった。
「く……っ」
二匹、三匹どんどんこの教会の入り口から攻めてこようとしている。
すぐに壁が軋み始めた。
私はどうしようか考えながら行動を起こしていた時だった。
ヒナの小さな声で「綾さん! 上!」という声が聞こえた。
私が振り返った瞬間、黒い影が飛びかかってきた。
反射的に体をねじり、爪が私の肩をかすめた。
熱い痛みがあるけれど止まっては奴らの仲間入りになってしまう。
床に置いてあった石斧を持ち替え、奴の喉に突き刺した。血が、私の髪に付着する。
バリケードの空いた隙間に、この間見つけた手りゅう弾を投げつけた。
手りゅう弾はバリケードの隙間を通り越し襲ってくるゾンビの群れに当たり大爆発をした。
その後も武器になりそうな物資を使いながら、あの手この手で、何とかゾンビをうち滅ぼした。
ヒナも小さいながら手伝ってくれたのも大きかったかもしれない。
「……大丈夫?」
戦いが一段落した隙間に、ヒナが駆け寄ってきた。
彼女の小さな手が、私の傷に触れ震えていた。
「血が出てるよ……」
「浅いから、大丈夫だよ。心配しなくてもいいから、教会にあった救急箱で治療をすれば大丈夫だから」
私はそう言って、彼女の頭を軽く撫でた。
彼女は、私の瞳を見て笑顔になってくれた。
この笑顔を見るだけで私は生きていけると思う。
この世界で、温かいものはほとんど残っていない。
だから、この感触がやけに胸に残る。
ゾンビが、居なくなる日が来るのかはわからない。
日が昇る前にどうやら奴らの襲撃は収まったようだった。
この日を地獄の群れといっていたけど、長くていいにくいのでいつからかホードと言っていた。
私たちは壁の穴を塞ぎ、焚き火を小さくし、残り少ない缶詰を分け合った。
ヒナが私の隣に座った。
膝を抱えて、そっと肩を寄せてくる。
「綾さん……明日も、一緒にいてくれる? 私が居るより……」
私は、少しだけ、彼女の方を見た。
私の赤い瞳に彼女の泣きそうな弱々しい顔が映っているのを感じていた。
言い淀んでいる彼女の言葉より早く私は返事をした。
「当たり前でしょ」
「……約束」
ヒナが小さな指を差し出した。
私はそれを握り返す。
冷たい夜気の中で、彼女の手だけが熱かった。
私は髪をかき上げた。奴らが壊した屋根からは、星々が輝いて見えた。
この世界は、終わっている。
でも——ヒナが隣にいる限り、私はまだ、生き延びる理由がある。
一人だと生存確率が高いとは思うけれど、多分ヒナが居なければ自分で命を絶っていたかもしれない。
彼女がいるから私は立ち上がれる。
次のホードが来ても私は彼女を、絶対に、失わないようにしよう。
その為にもっともっと強くなって生き抜いてやる。
私はそう心の中で誓いながら彼女をやさしく抱きしめた。
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