8話 明日の予定
「さっきの子、可愛かったよな」
村を出てからというもの、ローゼンはついに異性に対する感情まで持つようになったらしい。
雪の多い北域圏で暮らしていた頃は他人の交流を避けるようなやつだったで、一緒にグラティアの村を出て良かったと思う。
こういうのを親心と言うのかもしれない。
そんなことを考えているとローゼンと目が合った。
「何笑ってんだよ」
「なんでもないよ」
衛兵にスリの男を託した僕たちは、魔術学院前の飲食店に来ていた。
窓の外には魔術学院を囲う巨大な庭園と、さらにそれを囲う鉄製の柵が遠くまで伸びている。
魔術学院は想像以上に大きな建物だった。
敷地の広さは、僕たちが住んでいたグラディアの村といい勝負だと思う。
千人近い学生が通っているらしいから当然かもしれない。
そして、巨大な庭園のを囲う柵の門には警備員が立っており、中には入れなかった。
仕方なく僕たちはその前にある飲食店で昼食を取ることにしたのだ。
学院の正面というせいもあってか店内の客は学生が多かった。
皆一様に、紺色の服に身を包んでいる。
周りの様子を伺いながらアリスを探していると、アルバイトの少年が料理を運んできた。
お盆の上の器には、鶏肉をソテーにしたものと、野菜を蒸したもの。
それからパンとスープが乗っていた。
ここまでの道中は素朴な味付けのものが多かったから、ちゃんとした味付けの料理が心と体にじんわりと染み渡る。
村にいたは当たり前だったのになと、母の手料理を懐かしく思う。
「おい、カイン! ちゃんと味があるぜ!」
「ははっ。今まで何を食べてきたんだよ」
「お前の料理は味がなかったからなぁ」
え――?
道中で初日以降料理の当番が回ってこなかったのって、もしかしてそういうこと?
食後のデザートに頼んだパンケーキをフォークで細かくしていると、ローゼンが呟いた。
「で、これからどうする?」
周囲を見渡すが、相変わらずアリスらしい人物は見当たらない。
流石にここで待機して偶然を狙うのは無理がありそうだ。
「一旦宿に行こうか」
そう言った瞬間、全身の疲れがドッと出てくる。きっと長旅の疲労だろう。
「それもだけど、お前も魔術の適正試験を受けても良いんじゃないか?」
昨日は話の流れで興味を持っただけだったが……。
「そうだね。考えてみるよ。その間お前はどうするの?」
「そうだなぁ。この街は面白そうなことが多そうだし、歩いて回るのも良いかもな」
「迷子にはならないようにね」
「流石になんねーよ」
僕たちは笑い合うと、会計を済ませて店を後にした。
………………
その、数分後――。
私は、学院の正門の向かいにある飲食店にやってきた。
手軽に量が食べられるということもあり、学生には人気のお店だ。
味はまぁ、値段相応だが。
入り口脇に立ち、店内を見渡していると、ルームメイトの女の子が手を振っていた。
「お待たせ」
「アリス、おせーぞ」
「もう、その名前で呼ばないでってば!」
彼女はニヤニヤと笑っている。
私が名前で呼ばれることが嫌なのをわかっている確信犯だ。
明日はいよいよ卒業式だ。
こんなやりとりもあと数日しかないと思うと、ちょっと寂しくもある。
「いよいよ明日だな」
「うん……」
「浮かない顔してんなぁ。明日はデートなんだろ?」
「だから違うってば……」
先日、カレンダーにハートマークを書いたばかりにあらぬ誤解が生じている。
でも、明日は私にとってきっと特別な日になると思う。
私は、射影機の入った丈夫なカバンをテーブルの上に優しく置いた。
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