6話 村の外の世界
「おばあちゃん薬草採ってきたよ!」
私が手に持つ乾燥した木の皮で編まれたボウル状の籠には、山盛りの薬草とキノコが盛られていた。
当時、十歳の私にとってはなんとか抱えられるほどだったが、診療所を営むおばあちゃん先生はそれを片手で受け取る。
「カリーナちゃん。今日もありがとうねぇ」
おばちゃん先生のシワだらけの手が私の頭に乗った。
「えへへ」
中央圏南西部の田舎、カームという村に私は住んでいた。
村の裏にある小さい山は魔獣が出てこない。村人達が言うには、女神様の加護らしい。
毎週月曜日は、日の昇る前から裏山に入り薬草を採ってくるのが私の習慣だった。
この村で生まれ育った私にとって、この村と裏山の頂から見える景色が世界の全てだった。
その世界の外側から、多くの行商人がやってくる。
この村の近くには大きな街があり、中央圏から西辺圏へと抜ける商人たちの交差点のような場所になっている。
その恩恵もあり、そこから少し離れたこの村も多少の人通りがあった。
だが、私は外の世界にあまり興味がない。
それよりもおばあちゃんたちと過ごすこの村での日常が楽しかった。
だが、その商人達のおかげでこの村にも食べ物や品物があり生活が潤っていたことを、私は後になって知った。
ある日、唐突に行商人達との交易がなくなった。
どうやら西辺圏が魔王軍に奪われたことが原因らしい。
それ以降、この村は変わった。
少しずつ新しい物が減っていき、その次に若い人たちが村を出て行った。
たったの2年で、村には老人と、数軒の若い家族だけが残されてしまった。
この村に残った人たちは、村に愛着があったか、それとも去るタイミングを逃した人たちだと誰かが言っていた。
「西辺圏さえ取り返せば、またこの村も賑やかになるのに……」
いつしか、そんな諦めに似た期待が村人たちの口癖となり、そしてヒビの入った女神像へ捧げる村人共通の祈りとなっていた。
この村で私は貴重な子供だったらしく、十五歳を過ぎてもまるで幼子のように大切に扱われていた。
隣の家のおばあちゃんから頭を撫でられたり、飴をもらったり。
何かすれば褒められるという日常が私にとっての当たり前で、褒められないことなど想像もできなかった。
素直で明るい元気な子。それがこの村での私の存在価値だった。
ある日、村外れの小屋に住む昔冒険者をやっていたおじいちゃんに魔術を教わった時のこと。
教わった魔術をすぐに使えるようになった私は、おじいちゃんから「才能がある」と驚かれた。
「えへへ。褒められちゃった」
魔術という新しい体験に、家へと続く道を歩きながら、一人でニヤニヤしていたのを覚えている。
ここは小さな村だ。
私に魔術の才能があるという噂は瞬く間に村中へと広がった。
たったの数日で皆の意識は「可愛い孫」という存在から、「この村の希望」へと変わったのを感じた。
私が魔術師として有名になることで、この村を甦らせる。
そういう考えが皆の心の中に芽生えたのだろう。
その日から私は些細なことで褒められることは無くなった。
いきなり子供扱いされなくなったような、そんな恐怖にも似た寂しさを感じたのを覚えている。
村人たちは人が変わったように、私にあらゆる魔術を覚えさせようと躍起になっていた。
それから一年ほどが経ち、村で学べる魔術は一通り習得した頃、「大魔術師ゼロスを超える逸材だ」と言われるようになった。
流石に盛りすぎだろうと思ったが、それだけ期待を寄せられるのは素直に嬉しかった。
それが嬉しくてつい、「魔術師になって有名になったら、西辺圏を取り返すね!」と宣言してしまったほどだ。
あの時の村人達の嬉しそうな笑顔は今でも忘れられない。
と同時に、私の人生がほぼ決まってしまったような無言の圧力を感じた。
約束を、守らなきゃ――。
15歳の誕生日、両親は魔術師たちが使う木製の杖をプレゼントしてくれた。
私の身長より少し短いその杖は、持ち手は真っ直ぐに整形されており、先端には親指の腹ほどの小さな魔石が埋め込まれている。
地味な杖だが、魔石を埋め込まれた杖は非常に高価だと聞く。
そんなものを私に持たせてくれた両親に、私は泣きながらお礼を言った。
その時、私は自分の人生に覚悟を決めた。
それからの1年間、私は毎日何かに急かされるように魔術の稽古に勤しんだ。
皆の期待に応えないといけない。
とはいえ、村で覚えられる魔術はすでに習得をし終えていた。
これ以上どうすれば良いのか、自分でもわからなかった。誰でも良いから、私に魔術を教えて欲しかった。
その年の冬、私は大陸で最も権威のある中央圏ヴェルディアスの魔術学院の話を聞いた。
だが、私の村は貧しく、両親も裕福ではなかったので、学費を工面するのが難しかった。
魔術学院の適性検査で良い結果を残すことができれば、学院の学費は免除されるらしい。
でも落ちたら――。
学院に通えない私に、もうこれ以上の成長はないかもしれない。
それだけは、絶対にあってはならない。
北域圏の冬が明けたという話を聞いた私は、魔術学院の適性検査を受けるため旅に出ることを決めた。
村を立つ日、見送る村人達を代表して両親が皆から集めたお金の入った巾着を持たせてくれた。
「必ず、優秀な魔術師になって帰っておいで」
私はその言葉を心に刻み、重たい巾着を受け取った。
私に期待を寄せ笑って送り出す村人たちとは反対に、私はこの村を離れることに涙を流した。
オータスと同じ16歳で旅に出ることは、きっと因果かもしれないと自分に言い聞かせて。
村を出た私は裏山を越える。
魔術の稽古を優先するうちにいつの間にか辞めていた薬草集めをしていた日々の記憶が蘇る。
山を越え、始めて踏み締める土の感触と、地平線の彼方を見て私は確信した。
やはり私は、外の世界に興味は無いらしい。
地平線の彼方を見つめ、私は涙を流した。
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