第97話「交差する想いの裏側」
ーー沈みゆくヨルムンガンド。
船体は大き傾いていた。
「総員退艦!繰り返す、退艦!!」
それまで平静を保っていた艦内は、一気に混乱の渦中にハマった。
「さ、提督こちらへ。」
ファビアン・レド大佐がマルセロ・ルニエ中将を促す。
「う、うむ。レド頼む。」
レドはルニエを連れて一室へ案内する。
そこは殺風景な部屋だった。
「ここは?」
ルニエが問うが、レドは半笑いで答える。
「っふ、自分の艦構造も把握してないとは……どこまでもおめでたいな。」
ルニエは訝し気にレドを見るが、そこにいつもレドはいなかった。
「やっとこの時が来た。」
ルニエの頭の中には疑問符しかなかった。
「何を言ってる、レド?」
レドは冷徹な表情で語る。
「貴様のような無能なジジイが、なぜ艦隊司令になれたか疑問に感じなかったか?」
レドの口調の変化にルニエは息を飲む。
「俺のおかげだよ。貴様の失態は全て俺が処理してきた。
……その椅子に座らせたのも、俺だ。“あの方”の命でな。」
ルニエは思わず問う。
「あの方?」
レドは鼻で笑う。
「っふん。もうすぐ死にゆく貴様が知る所ではない。」
そう言って、紙きれをスッと投げ飛ばす。
ルニエは紙切れを手にし、取り目を落とす。
「これは……ワシの遺言?!
艦隊司令を貴様に委譲する?
なんだこれは?!!」
ルニエは怒りで遺言書を破り捨てるが、レドは笑う。
「はっはっは。それは写しだ。
だが、それだけ精巧だ。疑う者はいまい。
あとは、”あの方”の口添えで…晴れて第八艦隊は俺のモノになる。」
レドはおもむろに銃口をルニエに向ける。
「では、提督。ご苦労様でした。
貴方の最後は壮絶だったと伝えておきますよ。」
銃声が響く。
しかし、混乱の渦中ではそれに気付く者はいなかった。
レドは部屋を後にする。
「大佐!こちらにいらっしゃいましたか!」
レドは重々しい表情を演出する。
「提督は……自ら命を絶たれた。
最後に、艦隊の指揮を私に託された。」
兵は敬礼する。
「では、急ぎましょう。
もうヨルムンガンドは限界です。」
レドも頷き、足を急ぐ。
(……しかし、初めから任せてくれれば、ヨルムンガンドもクラーケンも失う事はなかったろうに。
あの方の考えは理解が及ばん。)
ヨルムンガンドは船体を垂直にし、静かに沈んでいった。
ここに、二匹目の大蛇は無残な最期を遂げた……
ーーサーエヴァンス・艦橋。
「ミドガルズオルム級二番艦……轟沈。」
観測士が改めて報告する。
敵艦とは言え、大型戦艦の最期は見る者を感嘆させた。
ネルソン中将は静かに言う。
「全艦停止。
これ以上の追撃は危険だ。」
ネルソンの判断は正しく、海中ではライプニッツ、チューリングがいた。
二艦はサハギンの回収を急ぎながらも、迫る第七艦隊に目を光らしていた。
また、レドも脱出しながら艦隊をまとめ上げていた。
結果として、標的ヨルムンガンドの撃沈のみに留まった。
しかし、第七艦隊にとって脅威が消え去った事は、十分な戦果だった。
ピースブリタニカ島北海は、再びコロンゴ軍第七艦隊とエウロパ軍第八艦隊とが睨み合う形になる。
ーーブリーフィングルーム。
作戦を終え、主要将官一同が集まっている。
今作戦の最大功労者としてホワイトファングが前にいた。
そこには、ミリィの姿は無かった。
「よくやってくれた。
艦隊を代表して改めて礼を言う。」
ネルソンはキースに両手で握手する。
「ミドガルズオルム級を二隻も沈めたんだ。」
「正に英雄だな。」
将官たちも拍手と共に称賛を送った。
ネルソンは続ける。
「やはり君たちのような存在が、この戦局を動かすのだな。
CoA再建…私からも上申しよう。」
キースも両手で握手を返す。
「ありがとうございます。
オセリス准将も喜ばれるでしょう。」
ネルソンも頷く。
「君たちには頼ってばかりだな。
……それで、カーティス中尉は?」
ゾーイが答える。
「中尉なら問題ありません。
フォスター博士の……えーと、何だっけ?」
「”ニューロ・スタビライザー”です。」
サイラスがスッとフォローする。
「そーそー、それそれ!
そのニューロ・スタビライザーの能力で明日明後日には復帰します。
ね、レイ。」
少し浮かない顔のレイは慌てて返事する。
「あ、あぁ。はい。現在睡眠中で、申し訳ありません。」
頭を下げるレイに、ネルソンは笑って答える。
「限界突破だったか。
あれだけの爆発的能力を発揮しても、二日程度で復帰出来るなら心強いな。」
キースは頷く。
「はい。
それにNuGearの力は未知数……
自分はひょっとしたら、この力が人と人を繋げる力もあると感じてます。」
ネルソンは感心する。
「人と人が繋がる……言葉以上に分かり合える未来もあるのかも知れんな。」
キースも強く頷く。
ネルソンは襟を正す。
「だが、未だ戦いは続く。
君たちの力はより必要となろう。
諸君らの変わらぬ奮闘に期待する。」
全員が敬礼し、デブリーフィングは解散した。
レイは慌ててミリィの元へ向かう。
ゾーイはレイの後ろ姿を微笑ましく見送った。
ーー深夜。サーエヴァンス・医務室。
眠っていたミリィが目を覚ました。
ふと横を見ると、レイが座りながら、手を握って眠っている。
「レイ……ずっといてくれたんだ。」
眠るレイの頬にそっと口づけ。
そして、毛布を被せてあげた。
「ありがと。大好き……」
ミリィは眠っていた体をほぐす為に部屋から出る。
歩いていると、聞き覚えのある声がした。
「はい。作戦は大成功です。」
ゾーイだ。
(こんな夜中に……)
ミリィは聞き耳を立てる。
「えぇ、准将の見立ては間違いなかったですね。」
「いえ、そうでもありませんでしたよ。
もう二人は出来上がってましたよ。」
「大体、人の恋路に干渉するなんて野暮ですよ。」
ミリィは思わず乗り出す。
「それって私の事?」
「え?!ミリィ?!!」
ゾーイは驚いて、思わず端末を落とす。
落とした端末の音量が上がる。
『ははは。しかし二人を見てきた者としては、結果が欲しかったからな。』
ミリィはすかさず端末を手にする。
端末に映ったオセリスは、相手がミリィに変わっているので驚く。
『な、!なんでミリィが?!』
ミリィはオセリスをジト目で見る。
「大佐、ご説明願えますかぁ?」
オセリスは珍しく狼狽える。
『これは…つまり…隊成長の一環でな……』
ゾーイは開き直る。
「あーあ、バレちゃしゃーない。
それにミッションはコンプしてるしね。」
キョトンとするミリィを他所に、ゾーイは説明を続ける。
「私の任務は二つ。
一つはヘレンの補充要員。
もう一つに、貴方とレイの仲を焚き付けて限界突破を促しちゃおうってのがあったのよ。」
ミリィは顔を真っ赤にしてオセリスに向かう。
「大佐!酷いですよ!」
ここはオセリスも素直に謝る。
『すまん。余計なことをした。
ゾーイにも迷惑をかけたな。』
ゾーイもウンウン頷く。
「ほんとですよ。
初めっから、こっちが妬けちゃうくらいスケスケ関係だったんだから。」
ミリィはゾーイがズケズケ言うので赤くなる。
そんなミリィにゾーイは肩に手をやり、顔を見て話す。
「ごめんね。命令とは言え、意地悪しちゃって。」
ミリィは必死に首を振る。
「そんな事ない!
……ゾーイがいて、「レイを取られたくない」って必死に思って……
そしたら、「やっぱり私はレイが大好きだ」って良く分かったから……」
ゾーイは手で顔を仰ぐ。
「あーあー、聞いてるこっちが恥ずかしい。
分かりましたか、准将。この二人は”言葉にしなくても”、の関係なんですよ。」
オセリスは頷く。
『今回は俺の見立ては”半分は当たっていた”と言う事か。』
オセリスはそそくさと締める気でいるが、ゾーイは逃さない。
「なーに、いい事言って済まそうとしてるんですか。
もうこれは職権乱用ですよ。
私に意地悪されてたミリィの気持ち考えて下さいよ!」
ミリィも続く。
「そうですよ!
そんな事なら、もっと早くゾーイとは仲良くなれたのに…」
ゾーイは笑顔で首を振る。
「その点は大丈夫よ!
だって貴方とはもっと色々話したかったって、ずっと思ってたんだから!」
「ゾーイ……」
そこへオセリスがタイミング悪く言う。
『それなんだが…まもなくヘレンを復帰させる。
ゾーイはこちらに戻ってもらう事になる。』
「ならやっぱり大佐が余計な事しなかったら!」
『す、すまん……』
ミリィの勢いに、オセリスは今まで見せた事のない程小さくなっていた。
「大丈夫だって。
直接話せなくても、今はメールだって何だってあるんだから!
改めて、よろしくね、ミリィ!」
ゾーイの明るい声を聞いて、ミリィも笑顔で握手する。
「うん。こちらこそ。よろしく、ゾーイ。」
「でさー、早速なんだけど、情報通のミリィ的には今の推しはー?」
「今ならリベリオンズかなー。インディーズ時代が長かったけどーーーーー」
元々、二人の相性は非常に良かった。
二人はすっかり意気投合して、夜の基地を、笑いながら歩いていった。
そんな二人の様子を確認して、オセリスはそそくさと通信を切った。
一つの戦いが終わり、また一つ、絆が深まった。
だが――その裏で動く者たちの思惑は、まだ見えていない。
戦いは、終わらない。




