第96話「想いは限界を超える」
ーー北海深海。
エウロパ軍潜水艦ライプニッツ、チューリングに挟まれたレイ。
魚雷はACE一機を相手とは思えない波状攻撃だ。
レイはレーザーライフルを捨て、回避に全集中する。
魚雷は時限式、距離型様々に織り交ざっている。
ベテランでも生還は不可能。
——だが、それでもレイは生きていた。
「やっぱ死ねねぇよ……
このまま伝えられずに死ぬなんて……ごめんだ!」
生への執着心、そして想いを伝えるーーその一心が彼の超人的回避の原動力となっていた。
「ば、馬鹿な……
これだけの魚雷群を避け切るのか?」
ライプニッツ艦長が思わず立ち上がる。
「ACEにはACE……
間もなくサハギンが合流する。
流石に十八対一では生きていまい。」
チューリングの艦長は少し汗をかきながら、自分を落ち着かせる。
索敵で分散していたサハギンは、編成を立て直しレイに迫る。
ーークラーケン戦海域
「イカにはイカ墨でしょ。」
マリアがスモーク弾をばら撒く。
このスモーク弾には、視覚及び熱探知能力の減少させる効力を有している。
当然、敵も味方もである。
よって、ソナーの僅かな反応を頼りに戦わねばならない。
しかし、マリアはケビンの能力を信頼している。
ケビンはそれに応じる。
「て、敵をロストした!」
「それなら敵も同じ条件だ。海域から一度退けばーーぎゃ!!」
ケビンの槍が的確にテンタクルズの頭を貫く。
「悪いな、こっちは耳だけでも戦えるんだよ。」
「敵は音だけ頼りに攻撃してるのか?」
「くそ!こーなりゃ魚雷を乱射して攪乱してやれ!」
血迷ったテンタクルズの一機は魚雷を四方八方に放つ。
が、それは自分の居場所を知らせている様なもの。
ケビンは音を頼りに、冷静に魚雷を躱し、見事に両腕を串刺しにする。
もはやテンタクルズには”逃げる”しか選択肢が無かった。
が、ケビンがそれを許すはずも無く……
「おら!これで最後だ!」
ケビンとマリアの連携で、残存するテンタクルズを沈黙させた。
「オーライ!隊長、全触手沈黙!」
キースは感心しながら応答する。
「二人とも鮮やかだな。
よし、ダイオウイカの本体をいただきに行くぞ!」
ホワイトファング第一第三小隊がクラーケン本体に迫る。
ーーヨルムンガンド・艦橋。
クラーケン指揮官はすでに意気消沈している。
「テンタクルズ全滅。
クラーケン本体で時間を稼ぎます。
ヨルムンガンドはその間に少しでも距離を……」
ルニエ中将は現実に向き合えていない。
「クラーケンが負ける要素などなかったはずだ……
それが何故負ける……」
レド大佐はルニエを冷ややかに見下し、指揮を執る。
「ヨルムンガンド、百八十度回頭。
全速でこの海域を撤退する。
イージス艦<ポアンカレ>、<フェルマー>はここで固定。
フェルマー、ガリウスはヨルムンガンドに随伴せよ。
グリフォン全機展開。」
ヨルムンガンド艦長は、レドの行動を不思議に思う。
「そこまで展開する必要がありますか?」
レドは遥か遠くのコロンゴ軍第七艦隊を指す。
「クラーケンが落ちたと知れば、第七艦隊が攻めて来る。」
ーー第七艦隊旗艦・サーエヴァンス・艦橋。
『ダイオウイカの触手を全て撃破、このまま本体を叩きます!』
ネルソン中将は、ホワイトファングの報告を聞き乗り上げる。
「ダイオウイカの脅威さえなくなる!
こちらも動くぞ!」
参謀が問う。
「しかし、陽電子砲が……」
ネルソンは、モニターにヨルムンガンド映す。
「見ろ。敵主砲は収納されている。
よほどダイオウイカに自信があったのか…
チャージすらしていないだろう。」
ネルソンの瞳に一層熱がこもる。
「ホワイトファングの活躍に負けていられん。
我が艦隊もこの期にミドガルズオルム級のみならず、敵艦隊を討つぞ!」
ネルソンの意気込みは艦隊全員に響く。
「「おぉ!ここで第八艦隊を沈めるぞー!」」
ーーその頃、一人レイは死地にあった。
慣れない近接戦でサハギンを数機仕留めるが、それ以上に切り刻まれていた。
致命傷は免れているが、徐々に浸水も始まっている。
「いよいよってか……」
レイは息も絶え絶えに呟く。
サハギンパイロットが冷や汗をかきながら言う。
「手こずらせやがって……これで終わりだ!!」
サハギンがクローを突き出し、レイ目掛けて突撃する。
「ここまでか!……ミリィ!!」
レイは死を覚悟して、ぎゅっと目を瞑る。
ーー『レイはやらせない!!』ーー
いつも聞き覚えのある声がする。それも頭の中から。
ふっと、レイが目を開ける。
そこにはサハギンが、頭を落とされた状態で転がっていた。
そしてーー
ミリィが立っていた。
『レイ!!』
レイは何が何だか理解出来なかった。
(あれ?俺死んでんの?
なんでミリィがいんの?)
『生きてるよ!!
助けに来たんだから!!!』
また頭にミリィの声が響く。
サハギン達は突如現れたトライデントに動揺する。
が、再びレイを標的に襲い掛かる。
『レイはやらせない!』
『レイは絶対に……殺させない!』
『レイは——私が守るんだから!!』
ミリィは、速度を落とさず一心不乱にダガーを振るう。
サハギン達は何も出来ず次々頭を狩られる。
ミリィの心の声が聞こえてくる度、レイはだんだん恥ずかしくなってくる。
「あー、えーと……
もいい!もう大丈夫だ!ミリィ!!」
「はっ!!レイ!!!!
大丈夫!?」
ミリィはレイの声に我に返る。
辺り一帯に行動不能のサハギンが十機以上浮かんでいた。
わずか一分もかからない内での惨劇に、サハギン隊も撤退を余儀なくされた。
レイは、真っ赤な耳をかきながら言う。
「いや、あの……助かった。
サンキューな。
ただ、名前を連呼しないでくれ……ハズいわ…」
レイの声を聞いて、ミリィから涙を溢れ出す。
「もう……バカぁ……」
そう言って、ふっと緊張の糸が切れたように気を失った。
「おぉっっと!」
レイは慌てて、ミリィを抱える。
「ったく、相変わらず無茶しやがって……」
レイは慈しむような目でミリィを見ながら、潜水艦コーディに向う。
ーーヨルムンガンド・艦橋。
ルニエはもう放心状態だ。
レドが指揮を続ける。
が、報告は散々だった。
「こちら、ライプニッツ。
敵ACE撃破に失敗。サハギン十五機が戦闘海域で遭難中。」
「て、敵がもうそこまで!」
「大佐、申し訳ありません。
クラーケン、ここまでです……」
レドは平静をなんとか保つが、指揮に精密さが欠ける。
「ライプニッツ、チューリングはサハギンの救助を。
ともかく第七艦隊とホワイトファングに捕まる前に逃げ切れ!」
主力のテンタクルズを失ったクラーケンなど、ホワイトファングの敵ではない。
攻撃オプションは全て潰され、最後にメインスクリューを潰される始末だった。
『ダイオウイカ戦闘不能!
これよりミドガルズオルム級の追撃に移ります!』
キースが高らかに叫ぶ。
艦隊内は歓喜の声で溢れていた。
ネルソンは一喝する。
『まだた!作戦は終わっていない!
先ずはミドガルズオルム級を沈める。
サーエヴァンスを先頭に楔形陣で最大船速。
射程に入り次第砲撃を行え!』
そしてレイの通信が入る。潜水艦エイムズに収容されていた。
『キース、俺とミリィは大丈夫だ。
後は頼んだぞ!』
キースは強く頷き、吠える。
「俺たちも負けてらないな。
ミドガルズオルム級を沈めるぞ!」
「「了解」」
ーーヨルムンガンド・艦橋。
「イージス艦ポアンカレ、フェルマー被弾!」
「大佐!これ以上は戦闘継続不能です!」
ポアンカレとフェルマーの艦長からは、情けない声の報告しか下りない。
「っち、足止めにもならんのか!」
レドも冷静さを失っていた。
「海中より敵機接近、数七!」
「ホワイトファングか………」
ホワイトファング接近の報で、レドは即座に考えを切り替えた。
「艦長、対艦命令を。
遺憾ながら、ヨルムンガンドを手放すより他ない。
残存艦は先頭海域より離脱。
ヨルムンガンドを囮に逃げ切れ!」
レドは既に“損耗”ではなく“切り捨て”として戦場を見ていた。
キース達がヨルムンガンドに取りついた。
「マリア!」
「やっと出番だ!」
マリアが大型魚雷を撃ち込む。
ヨルムンガンド艦底の大穴があく。
巨体が傾き、深海へと沈んでいく。
——大蛇は、再び北海に還った。




