第90話「変わり始めた戦場」
ーーピースブリタニカ島・コロンゴ領北海沿岸。
ヴァレン峠で奇妙な共闘が行われていた頃。
ここ北海沿岸でも戦闘は続いていた。
揚陸部隊はチャーリー・トンプソン大佐の砲撃と、ジャスティン・ネルソン中将の爆撃を受けた。
それでもなお、一個大隊規模の兵力が残っている。
残存部隊は再編しながら、なおも歩を進めていた。
それを迎え撃つのは――
レイ率いるホワイトファング第二大隊である。
「ひゃー。まだあんなに残ってやがる。」
レイが敵のしぶとさに感心したように言う。
「感心してる場合じゃないわ!
私たちがここで食い止めないと!」
ミリィは思わず力む。
「あー、だからダメダメ。もっとリラックスリラックス。」
ゾーイはいつもの笑顔でミリィをたしなめた。
「だから、なんで上から目線なのよ!」
ミリィが突っかかるが、ゾーイは笑顔を崩さない。
「ごーめん、ごめん。そんなつもりじゃないのよ。
ただミリィ、ちょっと力入りすぎかなって。ね、レイ?」
突然振られて、レイは慌てる。
「あ?……あぁ、そうだな。
確かにミリィは、ゾーイみたいにもう少し楽にした方がいいかもな。」
するとゾーイは突然ローラーダッシュで走り出した。
「ってことで、私はちょっと引っ掻き回してくるから。
仲良くお話しててー!」
ゾーイの唐突な行動にレイが慌てる。
「お、おい! 一人で突っ込むのかよ!?」
ゾーイは笑う。
「キースも言ってたじゃん。
私一人で十分な戦力になるって。
それに敵さんもローラーダッシュなんて初見でしょ?
鈍足で必死に上陸した所に、待ち受けてる相手が高速機だったら…ムフフフ。」
笑みを浮かべながら、ゾーイは速度を上げた。
「……んもう。勝手なんだから!」
ミリィが頬を膨らませる。
しかし、レイは冷静にゾーイを見送る。
「いんや、あいつの言う通りかもな。
敵は海水をかぶって鈍足だろ。
そこに高速機が陽動をかければ――
注目でさらに動きが鈍るって訳だ。」
そして、レイは部隊に号令をかけた。
「よーし、ホワイトファング第二大隊。
ゾーイが敵を引っ掻き回す。
敵は足が止まる。
それを落ち着いて確実にやるんだ。」
隊員達が”ゾーイ”の名前を聞いて、息巻く。
「おぉ!あのゾーイが単身特攻か!」
「さすがだな!」
「そりゃ敵も目が離せないな!」
ウンウンと頷き、レイが付け加える。
「動けない敵だ。撃破より行動不能を狙え。
そしたらパイロット救助で、敵はさらに混乱するからな。」
『『了解!』』
(これで良いんだな、キース。)
ミリィがぽつりと漏らす。
「凄いね、レイ。私は全然だ……」
レイは優しく言った。
「さっきはああ言ったが、俺はミリィの方を信じてるからな。」
「え?」
ミリィは一瞬固まる。
「この前のシミュレーション、勝ち越してただろ。
自信持てよ。背中はいつも見てる。」
「レイ……」
ミリィの頬が赤くなる。
空気が妙に甘くなりかけたので、レイは慌てて戦場を指す。
「ほら!
ゾーイが引っ掻き回してくれてる。敵はカカシ状態だ。
行って来い!俺が援護する。」
「うん。行って来る!」
迷いの消えたミリィが敵陣へ飛び込む。
レイはスコープ越しにそれを見守った。
(そうだ。迷うなミリィ。
俺はいつもそばにいるからな。)
海岸線では、ゾーイが宣言通り敵の注目を集めていた。
コンバットホイールの高速移動は砂浜でも速度が落ちない。
更に得意のダッシュジャンプも加わるのだから、敵はまったく捕捉できない。
「な、なんだアイツは?」
「ホワイトファングだ!」
「速い!速すぎる!」
「どこだ?上!?……ぐぁ!!」
翻弄された揚陸部隊は次々ゾーイに狩られる。
狩られた機体からは無傷のパイロットが出てくる。
それがさらに混乱を広げた。
「ふふふ。あとはみんなの取り分も残してあげるか。」
ゾーイがある程度戦場を混乱させると、意気揚々と後続が現れる。
「ゾーイに加わるぞぉ!」
「脚だ!脚を狙え!」
「生身のパイロットは撃つなよ。寝覚めが悪くなる。」
揚陸部隊は敵が全機ホワイトファングカラーだ。
それだけで混乱は倍増した。
「全員ホワイトファングなのか?!」
「どうなってるんだ?!」
そこへミリィも突入する。
その鋭い動きに敵が集中する。
「隊長機だ!」
「奴に集中攻撃だ!」
四方から攻撃が襲う。
だが――
ミリィは余裕の表情で二刀のショートソードを振るった。
瞬間。
敵機の両腕がすべて落ちていた。
「うん、落ち着いてやれば出来る。
……ゾーイの言う通りか。」
さらに敵が押し寄せる。
しかし、一機、また一機と何も出来ないまま頭を撃ち抜かれる。
「スナイパーか?!」
「どこだ……あの距離から?!」
彼らが驚くのも無理もない。
その距離――二千メートル。
「動かない的ならこの距離でも余裕だな。」
レイは笑って言うが、もはや超人級の目の良さだった。
ーーヨルムンガンド・艦橋。
揚陸部隊の散々な状況をファビアン・レド大佐は苦虫を潰した顔で見ていた。
「ぐぅぅ……一方的ではないか。
ホワイトファング一色だけで、ここまで混乱するか……
いや、最初に飛び込んできた高速機か……」
ルニエは何故か調子よく喋る。
「こーなるから、最初から乗り気じゃなかったんだ。
大体カルドーネの言いなりになる事自体だーー」
「うるさい!!」
常に冷静のレドが吠えた。
ルニエも驚いて、思わず黙ってしまった。
我を取り戻したレドが、ルニエに頭を下げる。
「失礼いたしました。提督。
予想を超える展開だったので、気性の整理が追い付かず…」
ルニエは軽く笑う。
「良い良い。
それにしても、あの高速機だな。
コロンゴのACEにあんなバケモノがいたとはな。」
レドも頷く。
「えぇ。戦場は奴の独壇場です。
しかし、あの機動性……扱える者は限られましょう。」
一息の後、レドはカルドーネに繋げる。
「敵迎撃部隊に予想にない高機動機がおり、戦況は一方的状況です。
遺憾ながら、揚陸部隊を撤退させます。」
ヴァレン峠の戦況に苛立ちが溜っているカルドーネは、怒りを隠せない。
『何のための南北央三方面侵攻だと思っているのだ。
陽動効果が無ければ貴軍らの意味がないではないか。
救援など後にして、敵を削り注目させるのが貴官の役目であろう?』
”救援を後にして”の一言に、レドは怒りを覚える。
「兵の命を何だと思っているのか!
……どうやら、閣下は戦場にいても机の上でしか戦況を見ていないようだ。
我が軍のかけがえのない兵の命、その様な指揮官の元では預けられませんな。」
そう言って、指示を出す。
「全軍撤退。
速やかに残存兵を回収しつつ、島から離れる。」
カルドーネが恨みを込めた口調で言う。
『では、本作戦は貴官のミスで片付けさせてもらうぞ。』
レドはやや上から目線で言う。
「これは閣下立案の作戦。
私は最善を尽くした。
コロンゴ軍の作戦がそれを凌駕していたのです。
現に、ヴァレン峠でも同様に芳しくない戦況ではないですか。」
カルドーネは、ばつ悪く顔を横に向ける。
『あれは、ファフナー中佐の失態だ……』
レドはほだす顔で進言する。
「作戦中止を進言します。
現状では、十分な陽動効果は得られません。
本隊は挟撃に憂き目に遭うでしょう。」
レドの進言は的確だった。
北部は撤退。
南部もヴァレン峠口を抑えられ、シュヴァルツアドラーの二個小隊は孤立している。
その上、ユアン達のホワイトファング第三大隊も参戦する。
このままではむざむざ討たれに越境するようなものだ。
カルドーネは歯から血が出るほど食いしばる。
「この私が戦略で後れを取るとは……」
だが、私情を戦場に持ち出さないのは、彼の戦術家としての評価点である。
カルドーネは、素直にレドの進言を受け入れる。
『貴官の言う事もっともだ。
直ちに本作戦を中止する。』
翻して地上部隊へ通信する。
「本隊は帰還。
ヴァレン峠陽動部隊も撤退。」
地図に映る孤立しているミハエル達を見て一言。
「ファフナー中佐。自力で撤退可能か?」
ミハエルは尊敬の念を持って返答する。
『もちろんです。
閣下の賢明な判断に称賛いたします。』
通信を終えたカルドーネは無言で司令部を去る。
その背中はどこか空虚であった。
撤退するエウロパ軍には、多くの生身の兵がいる。
ACE戦が主流となった今では、奇妙な光景だった。
そして彼らの心の中は”敗戦の屈辱”より、”生還した喜び”が大きかった。
二人のAce of ACEsが、戦場に立つ者たちの心を少しずつ変え始めていた。




