第88話「二方面作戦始まる」
ーー翌日 0858。ヴァレン峠。
濃い霧が峠を覆っていた。
ただ風だけが吹き抜ける。
その静寂を破ったのは、観測士の声だった。
「敵機群確認!方位二一〇!距離三十五キロ!」
司令室に緊張が走る。
ジェイソン・モリス少将はゆっくりと立ち上がった。
「……来たか。規模は?」
「一個大隊と思われます。」
通信士が即応する。
さらに観測士が叫ぶ。
「シュヴァルツアドラー隊確認!」
その名が告げられた瞬間、室内の空気が張り詰めた。
モリスは腕を組み、低く唸る。
「早速出してくるのか。シュヴァルツアドラーは切り札ではないのか?」
キースが答える。
「いえ、シュヴァルツアドラーは間違いなく敵の最大戦力です。
俺の部隊で相手します。」
モリスは思わず組んだ腕をほどく。
「大尉、初手から君が出るのか!?」
キースは頷く。
「敵に本気度を見せるには、ホンモノを見せないとダメでしょう。」
モリスは納得してゆっくり頷く。
「分かった。
ホワイトファング第一大隊出撃だ。
大尉、よろしく彼らを導いてくれ。」
キースは敬礼で答える。
「了解!」
キースの第一小隊を指揮隊とした第一大隊が出撃する。
キースは大隊へ繋げる。
『予定通り、シュヴァルツアドラーは完全無視だ。
仕掛けて来るなら、こちらで対応する。
みんなは後続の敵機を叩いてくれ。』
『了解。』
大隊の大半はキースに賛同するが、一部に不安が漏れる。
『しかし、本当に大丈夫なんでしょうか?
シュヴァルツアドラーの狙いがホワイトファングなら俺たちもターゲットって事ですよね?』
キースは落ち着いた口調で安心させる。
『シュヴァルツアドラーはバカじゃない。闇雲には攻撃してこないはずだ。』
(そうだろ、ミハエル・ファフナー。
…信じてるぞ。)
キースは敵であるミハエルに対し期待を込め、大隊を戦地へ向かわせる。
ーー一方北海。
ファビアン・レド大佐がダミアーノ・カルドーネ少将と通信している。
カルドーネが確認する。
「予定通り地上部隊の第一陣はヴァレン峠を越えようとしている。」
レドは軽く返答する。
「では、こちらも艦隊行動を本格的に行いましょう。」
カルドーネは快く頷く。
「貴官は物分かりが良くて助かる。
では、よろしく頼む。」
通信が切れる。
(まぁ、今回は閣下の思い通りに動いてあげますよ。)
レドは通信の切れたモニターに吐き捨てるように心で呟いた。
翻して、艦隊を動かす。
「全艦、予定行動に入る。
ヨルムンガンドを先行させ敵を陽電子砲で威嚇する。」
エウロパ軍第八艦隊はヨルムンガンドを先頭にピースブリタニカ島へ接近する。
しかし、それを阻む者が現れる。
「三時方向より、ミサイル多数接近!」
コロンゴ軍第七艦隊だ。
ジャスティン・ネルソン中将は陽電子砲を恐れず第八艦隊に迫る。
「艦砲一斉射!
ミサイルも絶やすな!
敵の島への接近を阻止するんだ!」
多数のミサイルと長距離艦砲。
第八艦隊に艦隊戦を挑む。
しかし、ヨルムンガンドのレドは嘲笑う。
「っふ。陽電子砲を恐れず向かってくるか。
だが、貴様らの脅威はソレだけではないんだぞ。」
そして、右手を大きく前に出す。
「クラーケン、発進。
敵艦隊を牽制せよ。」
そこへ、ルニエが思わず割り込む。
「待て待て。クラーケンはヨルムンガンド防衛用とカルドーネに言ったじゃないか。」
レドは左手でルニエを制する。
「提督、今作戦の指揮権は私に譲渡されたはず。
余計な口出しはお控えください。」
ルニエは「ぐぬぬ…」と歯を食いしばる。
だが、レドは笑って言う。
「なに、敵艦隊がヨルムンガンドを狙っているのは確かです。
防衛行動の一環と言い訳はいくらでも立ちます。」
そして表情は不敵な笑みに変わる。
「使える物を効率的に使うーーそれが戦術家ですよ。」
レドの表情を見て、ルニエも笑う。
「うむ。さすがはワシの参謀。
期待して待っていよう。」
満足げに椅子へ深く腰を掛けるルニエを、レドは冷ややかな表情で見る。
(まったく…)
ルニエと違い的確な戦術を執るレドに、第七艦隊は苦戦を強いられる。
「巨大ACE接近!」
海中を縫う様に割って、鋼鉄の触腕を持つ海の悪魔が迫る。
「さぁ怯えろ第七艦隊。」
レドの指示でクラーケンは敢えて挑発的な軌道を描き、第七艦隊を翻弄する。
「例のダイオウイカか!」
ネルソンは椅子から立ち上がる。
「全艦散開。機雷散布を忘れるな。
潜水艦は牽制魚雷を放て。」
しかし、この行動は一時しのぎである事はネルソンも承知している。
「ミドガルズオルム級にダイオウイカ……コイツらがいては我々は無力だ…」
第七艦隊は戦場からの撤退を余儀なくされる…
ーーケアン基地・司令部。
ネルソンから北部防衛司令のチャーリー・トンプソン大佐に海戦状況が伝えられる。
「すまない。ダイオウイカに艦を封じられた。
空母<ファルキース>からアルテミス全機を発艦させ、何とか敵艦隊に横やりを入れているが…」
ネルソンの心苦しい表情を見ながら、トンプソンが答える。
「現状は把握しました。
敵揚陸は覚悟の上です。こちらで迎え撃ちます。」
トンプソンは洋上に目を向け続ける。
「今回、アルテミスは重要戦力となりましょう。
先の戦闘でも敵航空戦力を圧倒しています。
牽制程度で、ご無理はなさらないよう。」
ネルソンは帽子を深くし、俯く。
「分かった。地上部隊の武運を祈る。」
自信が無くなった感のネルソンを、励ますようにトンプソンが付け加える。
「いざという時が必ず訪れます。その時はご助力ください。」
ネルソンはトンプソンの優しさを感じ、強く頷いた。
トンプソンは観測士に確認する。
「敵艦隊の揚陸予定は?」
「このままだと、海岸まであと二十キロです。」
トンプソンが指示を飛ばす。
「ロングガンナー部隊、射程に入り次第一斉射開始!
敵艦隊に島への艦砲射撃を許すな!」
そして、レイを見る。
「ホワイトファング第二大隊、出撃準備。」
レイは敬礼する。
「了解!」
格納庫へ向かう中、少し覇気が無いミリィにゾーイが語り掛ける。
「さっきの話はごめんね。」
ミリィは俯く。
ゾーイはミリィの背中をバンバンと軽く叩く。
「ダメダメ。これから戦闘よ。
私の言葉は忘れて、今は集中して!」
ゾーイが笑顔で言うので、ミリィは拗ねながらも頷く。
(ゾーイ…じゃあ何であんな事言うの?って思うけど…
確かに今は戦闘中。集中。集中!)
ミリィが頬を叩いて気合を入れ直す様を、ゾーイは柔らかい表情で頷く。
二人を見てレイは一安心する。
(戦闘中は大丈夫そうだな。)
ーーピースブリタニカ島・コロンゴ領北海沿岸。
トンプソン指揮の下、アスカロン・ロングガンナー隊の砲撃が続いている。
「波状砲撃により敵に隙を作るな!」
しかし、敵第八艦隊も島へ接近する為、砲撃を返す。
熾烈な砲撃戦に突入する。
レドが唸る。
「敵の砲撃は予想より壮烈だな。
艦砲射撃による島への干渉は難しいか…」
通信士が報告する。
「イージス艦<ポアンカレ>被弾。」
味方艦の被弾を聞いて決心する。
「やむを得ん。島への砲撃を諦める。
巡洋艦<アーベル>、<カントール>は揚陸艇を順次発進。
これよりは揚陸艇の接岸援護に回る。」
二隻の巡洋艦から次々と揚陸艇が吐き出される。
トンプソンも指示を変更する。
「目標、敵揚陸艇。
一隻でも多く沈めるんだ!」
しかし、ロングガンナーも先程までの砲撃戦で半数が行動不能となっていた。
思うように戦果は上がらない。
ーーその時、海風を切り裂く轟音が響いた。
第七艦隊のトライデント編隊だ。
その姿は爆撃仕様に換装されていた。
トンプソンの指摘通り控えていたトライデントが、ここぞとばかりに揚陸艇に仕掛ける。
「第七艦隊の意地を見せてやる!」
トンプソンは軽くガッツポーズする。
「ナイスタイミングです、提督!」
揚陸部隊は思わぬ空襲で混乱する。
「このまま船内で死ぬわけにはいかん。
全機強行発進!」
揚陸艇のハッチが開き、ACEが海面へ次々と飛び出す。
しかし、海中をジャンプで進む為、思い通り進軍が進まない。
「待機中のグリフォンを全て出せ。
爆撃機を残らず落とすのだ。」
即座に対応するレドだが、その顔は険しくなる。
(ジャスティン・ネルソンか。なるほど直に戦ってみると厄介な相手だ。)
砲撃と空戦が入り混じる北部海岸線。
また、南部もまもなく交戦に入ろうとしていた。




