第108話「平和を望む者、阻む者」
ーーPLFアジト。
ミハエルは、コルコンディアと対面していた。
「ーーなるほど。
つまり、諸君らは金銭的に両国にダメージを与え…
加えて、拉致した将校にブリタニカの矜持を説いて、戦争へ向き合わせている訳か。」
ミハエルは彼らに対して特段偏見もなかったので、彼らの意思は卒なく伝わった。
コルコンディアは問う。
「君にとっての戦争と平和とは?」
ミハエルは一考し、答える。
「諸君らの言葉を借りるが…
”自らの権利が守られた相互理解を得られた世界”ーーそれが平和。
”既得権益にすがりつく者が他を侵す事”ーーそれが戦争。
……と言った所か。」
コルコンディアは快く頷く。
「君の視点は、私に会う前から決定されているようだな。」
ミハエルは遠くを見る。
「私は、故あって軍人の道を進まざるを得なかった。
しかし、シェザール閣下を始め多くの人たちと接し、軍人のあり様を考え続けている。
シェザール閣下のように、軍人でありながら平和を望む者…
シュヴァイツァーのように、己の利権を戦争で満たさんとする輩…」
コルコンディアは黙って話を聞く。
ミハエルは顔を真直ぐにする。
「しかし、軍人が単純に二者で分かれる事もない。
この戦争で、戦争が人の心を動かす事も実感した。
ハインライン大佐は、ご自身の矜持を踏みにじられ、復讐に走った。
…しかし、戦争の悲惨さを目の当たりにし、再び平和の尊さを実感された。
カルドーネ少将もまた、当初は兵を駒として見ていた冷酷な指揮官だった。
…だが、帰還兵の顔を見て、ご自身の戦争観を考え直された。」
コルコンディアが口を開く。
「軍人とて人だ。
変わる事もある……いや、変われるのだ。」
ミハエルも笑顔で頷く。
「そうだな。人の変革が他者を慈しむ方向へ向かえばーー平和が訪れるのだろうな。」
しかし、ミハエルの表情は曇る。
「しかし、我々の想いとは裏腹に戦争は激化する……
いや、激化させられている!」
コルコンディアは俯き考える。
「確かに、この戦争……予め仕込まれた様相はあったが…」
ミハエルはコルコンディアを見る。
「諸君らは知っておくべきだろう。
この戦争を裏で手を引く者ーークリリアの亡霊を。」
コルコンディアは驚きを隠せない。
「クリリアだと?!」
ミハエルは頷く。
「事の始まりーーハーリング大統領失踪事件も、恐らく奴らの仕業と思う。
そして、我が軍の新たな司令官ーーディートリッヒ・クラウセン。
奴はクリリアの亡霊だと、私は考える。」
コルコンディアは息を飲み聞き込む。
ミハエルは神妙な面持ちで続ける。
「奴らがついに前線を動かし始めたのだ。
諸君らも、奴らの標的となっている可能性もある。
くれぐれも注意して行動してくれ。」
コルコンディアは深く頷く。
ミハエルは話を切り替える。
「さて、この後の私の処遇は?」
コルコンディアは手を扉へやる。
「当然、このまま戻って頂く。
我々は同志だからな。」
ミハエルは苦笑する。
「同志か。良い響きだ。
だが、私を簡単に解放しては、諸君らに嫌疑がかかるぞ。」
コルコンディアは首を振る。
「その点は問題ない。
君にはここを友軍に伝えて欲しい。」
ミハエルは驚く。
「ここを放棄するのか?!」
コルコンディアは頷く。
「我々の拠点はここだけではない。
現地人を舐めて貰っては困る。」
ミハエルは軽く笑う。
「それは頼もしいな。
…なるほど。私がここを暴いて制圧させる。
そして、諸君らが活動拠点を失ったと錯覚させる算段か。」
コルコンディアは大きく頷く。
「我々もクリリアの亡霊に目を付けられた可能性があるなら、それくらい必要だろう。
君との邂逅は大いに実りがあった。安い代償だ。
この巡り会わせを用意したキース・ウォレンには感謝する所だな。」
ミハエル頷き、紙切れを渡す。
「これは、シェザール閣下との極秘の暗号コードだ。
閣下はディパンとも通じて、この戦争終結を画策されている。
彼らとも共闘出来れば、我々の理想は近づくだろう。」
コルコンディアは驚愕を越えて呆れる。
「今度はディパンか……
この戦争、我々の想像を遥かに超える規模だったのだな。」
ミハエルは軽く首を振る。
「しかし、諸君ら現地民の勢力は有効だ。
今後も我々を助けて欲しい。」
ミハエルとコルコンディアは固い握手をした。
ーールーティア基地・通信室。
『こちら、第九十二独立中隊ミハエル・ファフナー中佐だ。』
通信士が驚き応答する。
「ファフナー中佐!ご無事でしたか。」
ミハエルは小声で、緊急通信を装う。
『あぁ。現在地を送る。
PLFの制圧チャンスだ。
早急に部隊派遣を要請する。』
ーー指令室。
マルティンとロメロがディートリッヒ・クラウセン少将に訴える。
「是非とも我々で中佐の救出を!」
しかし、クラウセンは冷たく言う。
「ポイントの特定は済んでいる。
貴官らが動く必要はない。
我が部隊で対処する。」
「しかし!」
マルティンが反論しようとすると、クラウセンは凍てつくような視線を返す。
思わずマルティンは硬直してしまった。
「中佐に関しては問題なかろう。
PLF……色々と調べておく必要がある。
優先は調査だ。
よって、諸君らは待機せよ。」
クラウセンはそれだけ言って、二人を追い払った。
追い出されたマルティンとロメロの元へ、他のシュヴァルツアドラーメンバーが駆け寄る。
「その顔だとダメだったみたいですね。」
「「ミハエル様……」」
「隊長なら大丈夫っスよ。」
マルティンが悔し気に言う。
「くそ…あの目で睨まれたら、何も出来なかった。」
ロメロも頷く。
「ディートリッヒ・クラウセンか。
噂以上に底が知れないな…」
シュヴァルツアドラー達がミハエルを心配する中、制圧部隊は編成された。
なんと、その指揮官にクラウセン自らがいた。
「しかし、クラウセン様自ら出向く事でもないでしょうに…」
シュヴァイツァーJr.は首を傾げる。
「PLFと言う組織を知る良い機会だ。
私の目で見聞したい。」
クラウセンの目はいつもにも増して鋭さを放っていた。
ーーPLFアジト。
クラウセンの部隊が到着すると、傷だらけを装ったミハエルだけがいた。
銃撃痕まであるので、真実味を増していた。
ミハエルが言う。
「申し訳ありません。
通信中に発見され……」
クラウセンはミハエルを無視し、アジトの内部を一通り見回した。
激しい銃撃戦の跡。
血痕。
散らばった書類。
ーー実に巧妙に交戦と慌てて撤収した様が演出されていた。
クラウセンはミハエルに問いただす。
「随分派手に銃撃戦を演じたのだな。
それにしてはPLFの遺体が一つもないが?」
ミハエルは息も絶え絶えに言う。
「元軍属の手合いがいたのでしょう。
その相手に手間取り、全員逃してしまいました。
…ですが、連中の資料類は確保しています。」
クラウセンは散らばった書類に目を通す。
標的の将校。
犯行計画書。
身代金の送金履歴。
「…どれも意味が無い。」
クラウセンはおもむろにミハエルに顔を近づける。
「貴官、本当に連中と争ったのか?」
ミハエルはクラウセンの目を見て言う。
「はい。
成果が挙げられなかった事に関しては、申し訳ありません…」
クラウセンは片方の眉だけをわずかに上げ、かすかに笑う。
「ほぅ。私を前にして…大した度胸だ。
良いだろう。PLFは所詮身代金目的の安いテロ組織だったと報告しておこう。」
ミハエルは思わず一息つく。
しかし、それをクラウセンは見逃さなかった。
「貴様が何を考え画策しようと……意味は無い。」
それだけ言って、クラウセンは調査を再開した。
この間にもクラウセン兵は、ミハエルの救助に回らない。
仕方なく、ミハエルは自ら衛生兵の元へ向かった。
(クラウセン…間違いない。
奴はクリリアの亡霊だ。
奴を止めなければ……戦場が拡大する……)
ミハエルとPLFの会合は、平和を求める者たちにとって大きな一歩であった。
しかし、クリリアの亡霊は彼らを嘲笑う。
この戦争の先行きは、まだ暗闇のままだった。




