第107話「無感情と感情的」
ーーヴァレン峠・前線拠点。
ホワイトファングの活躍により、コロンゴ軍はついにエウロパ領に拠点を構える事に成功した。
ジェイソン・モリス少将を始め、皆が歓喜で沸き立つ。
「諸君らの奮闘のおかげで、コロンゴはついにエウロパ領への前線拠点を築く事が出来た。
戦いはココからだ。
が、まずははこの功績を皆で祝おう!」
「おぉ!本日は無礼講ですか?!」
「しかし、これもホワイトファングのおかげだな!」
「……ん?主役のホワイトファングはどこ行った?」
浮かれた彼らとは真逆に、ホワイトファングの一同の面持ちは暗かった。
レイが口を開く。
「アイツら……何なんだ?」
ミリィも口が重い。
「死ぬことを恐れない。
…ううん、自分の死も戦闘単位の損失としか考えてないって言うか。」
マリアも頷く。
「同じ人間と戦ってると思えませんでした……」
ヘレンはまだ泣いていた。
「ごめんなさい。
分かっていたのに……」
抱き寄せ介抱するキースは、思わず言う。
「無理なら、除隊する事も考えた方がいい。
やっぱり君にはーー」
「ダメ。私はキースと一緒にいる。」
言葉を遮るヘレンの表情は、泣き顔ながら強い意志を感じられた。
「私は貴方と一緒に戦う。絶対。」
「ヘレン……」
キースは彼女の想いを改めて感じ、強く抱きしめる。
二人を見ていたマリアが、気まずい顔でキースに言う。
「あの……私、ケビンの所に行っていいですか?」
キースはハッとしてヘレンと離れて言う。
「あ、あぁ。行ってやれ。
アイツはお前の声に応えて頑張ったんだからな。
目覚めたら、礼を言っとけよ。」
「はい!」
マリアは明るい顔で返事をすると、駆け足で去って行った。
泣き顔だったヘレンは、マリアを見て笑顔になる。
「ふふっ。あの二人も進展したかな?」
キースも笑顔で頷く。
「あぁ。初めっから相性が良かったんだ。
これで絆が深まればアイツらは最強だな。」
「その点第三小隊は野郎ばっかだからなぁ。」
ビルが軽く愚痴りながらやって来る。
「シュヴァルツアドラーの二名は例の状態ですね。」
「バイタルも問題ないようです。」
サイラスとユアンが後から加わる。
キースは報告書を見て頷く。
「ミハエルはPLFに連れ去られた。」
(ま、俺の仕業だけど。)
「さて、この二人はどうするか……」
キースはオセリスとフォスターの顔を思い浮かべて考える。
ーールーティア基地・司令部。
マクシミリアン・シュヴァイツァー大佐が苛立ちを隠せないでいる。
「くそ!北海、カリビア山脈は完全に抑えていたのと言うのに!
むざむざ領土侵犯を許す事になるとは!」
ディートリッヒ・クラウセン少将は冷静に言う。
「お前は後にエウロパ陸軍を背負う者だ。
一時の事象で感情を乱すな。
大局を見よ。」
クラウセンは島のエウロパ領地図をスクリーンに映す。
「敵は愚かにも、島中央に拠点を構えた。
南北で挟撃すれば、叩くのは容易だ。」
シュヴァイツァーJr.は首を振る。
「南部のヴァルターは非協力的です。
それに、シュヴァルツアドラーも一個小隊失いました。
現状我が軍はホワイトファングを受け止める術が……」
クラウセンは珍しく不敵に笑う。
「私は先の戦闘で、ホワイトファングの弱点を見抜いたぞ。」
シュヴァイツァーJr.は驚いて、クラウセンの顔を見る。
「ホワイトファングの…弱点ですか?」
クラウセンはまた無表情になる。
「研鑽を積む事だ。もう一度戦闘ログを見直すといい。
父君を失望させるな。」
そう言って、クラウセンは音も立てずに去って行った。
シュヴァイツァーJr.はクラウセンを見送ると、自分のオフィスに急ぐ。
「クラウセン様に見限られては、父上に見捨てられるようなものだ!」
クラウセンの合理主義戦略は、確かに高級将校にとって理にかなっている。
アレクサンドル・シュヴァイツァー大将は、彼を息子の教育係に据えた。
ーー人を完全に盤上の駒としか見ない、”究極の合理主義”。
しかし、これを軍を統率する者の根幹として良いのだろうか……
ーーヴァレン峠前線拠点・病棟。
丸一日眠っていたケビンは覚醒した。
体調はすっかり復活していた。
目覚めた時間が夜分だったので、キースへの報告は明日に見送る事にした。
寝起きで少しふらつく体を慣らす為に、廊下を歩く。
特に目的も無かったが、気付いたら格納庫へ足を向けていた。
自分の機体に目をやると、レティシアによって切られた傷が痛々しく残っている。
「無我夢中で全然覚えてないけど、なんかスゲー戦いしたんだな…」
感慨にふけっていると、コックピットから隙間明かりが見えた。
「ん?こんな時間に?」
機体に近づき、強制解除ボタンを押す。
開いたコックピットには、驚いた表情のマリアがいた。
「ひゃっ!」
びっくりするマリアに対して、ケビンはばつが悪そうに軽く手を上げる。
「よ、よぉ。
こんな時間に何俺の機体触ってんの?」
マリアは耳を真っ赤にしながら言い訳を探す。
「べ、べっつにー。
えーと、うーんと……
あぁ!アンタが簡単にやられちゃったか調整してあげてんのよ!」
ケビンは少し不貞腐れる。
「悪かったな!すぐにやられて。
でもお前を助けに行ったからなんだぞ!」
マリアは頬を赤くする。
「……その事は……ありがと。」
ケビンは思わずたじろいだ。
「べ、別にお前に感謝されるためにやった訳じゃねーし。」
ケビンの態度にマリアは怒る。
「何よそれ!私だってアンタに助けてもらいたくなかったわよ!」
売り言葉に買い言葉で、ケビンは意地を張る。
「あーそーですか!
でもハッキリ「助けてケビン」って聞こえましたけどねー。」
マリアはハッして一層顔を赤くする。
「そっ、それは……」
真っ赤になって俯くマリアを見て、ケビンは気まずそうになる。
「ご、ごめん。ちょっと意地悪だったな。」
二人は機体から降りて一息つく。
ケビンが静かに切り出す。
「あの時さ、耳からじゃなくて頭の中に入って来たんだ。
お前の助けを求める声が。」
マリアは上を向いて考え込む。
「レイ先輩が言ってたけど、限界突破すると、頭に直接声が届くみたい。」
釣られてケビンも腕組みして上を見る。
「不思議なもんだな。」
ふいにマリアを見る。
「でも何で俺を呼んだんだよ。
隊長じゃなくて。」
マリアは頬を赤くしながら、そっぽを向く。
「そ、それは……アンタが…………近くにいたからよ。」
それを聞いてケビンは少しがっかりする。
「なんだよ、それ。
ってか、俺の機体調整ってさー。
俺の事分かってんの?」
ケビンの挑発にマリアは思わず変な対応をする。
「知ってるわよ!
元貴族のくせにタコスなんてB級グルメ好きなトコとか…」
バカにされたように感じ、でケビンも反撃する。
「それなら俺だって!
機械オタクのくせにカモノハシのグッズや動画かき集めてるだろ。」
密かな趣味をバラされ、マリアは怒る。
「ちょっと、何でアンタがその事知ってんの?!
まさか、私の部屋覗いてないでしょーねー。」
ケビンは咄嗟に弁解する。
「そんな事するか!
……機体を覗いただけだ。」
マリアはジト目でケビンを見る。
「うーわ。
人の機体覗くなんてサイテー。」
「そりゃ、お前だってさっきまでやってたろ!」
二人は顔を近づけて喧嘩している事に気付いて笑う。
「っあははは。お互い様か。」
「っホント。ね。」
一笑いして、ケビンが言う。
「なーんか、何で俺らいつも喧嘩しちまうんだろな。」
マリアは少し考えてから答える。
「いっつも競い合ってたからじゃない?
実技はアンタ。学科は私でワンツー取り合いしてたじゃん。」
ケビンは遠く見る。
「教官に言われたよなー。
「お前らは一人じゃ半人前だが、二人力を合わせれば二人前にも三人前にもなる。」って。」
マリアはうんうん頷く。
「言われた、言われた!
なーんかムカつくけど……
その通りだと思う……」
ケビンもマリアを見る。
「俺はお前の考えが何となく分かるし……
お前も俺のやりたい事を先読みしてくれるだろ?」
マリアは小さく頷く。
「何なんだろね。
私たちの関係って……」
「それは恋人の関係だな。」
突然声がして二人は飛び上がる。
そこにはニコニコしながら手を振るユアンがいた。
「いやー、やっと気付いてくれたか。」
ウンウンと目を閉じ喜ぶユアンに、ゴムハンマーが飛んで来る。
「いたぁ!」
マリアが投げた姿勢のまま言う。
「だーれがこんな奴好きになるもんですか!」
ケビンも負けじとユアンに言い返す。
「俺はこんな気の強いのタイプじゃないっスよ!」
「何よ、その言い方!」
「そーいーうトコだろ!」
「どーゆートコよ!?」
「だからなぁーーーー」
ユアンを置いて、二人は言い争いしながら去って行った。
「喧嘩するほど仲が良いの典型だな。」
ユアンは小さく笑った。
先ほどまで相手にしていたのは、感情の欠片も持たない兵士たち。
だが、ここには違うものがある。
怒り、照れ、意地、そして――絆。
ホワイトファングの中では、確実に人の心が強くなっていた。




