第106話「合理主義者の死兵」
ーーベルドセーヌ平原。
シュヴァルツアドラー隊を退けたホワイトファング大隊。
今はキース、レイ、ミリィ、ヘレン、マリアの五人となっていた。
彼らに向かって来るは、新型キマイラの一個大隊。
しかし、宿敵シュヴァルツアドラーに勝利した彼らに恐れは無かった。
キースが号令をかける。
「マリア。
ロケット弾だ。」
「了解。」
マリアのマルチランチャーからロケット弾が射出される。
ロケット弾は弧を描いて、先行していたゴーキマイラに向かう。
危険を察知したゴーキマイラたちは即座に後退。
ドルムキマイラが彼らの盾として前進整列する。
そして着弾。周りは爆炎に包まれる。
マリアは明るい顔で、軽くガッツポーズする。
「よし!着弾バッチリ!」
マリアは狙い通りキマイラ大隊の眼前で爆炎を立てた。
ーーしかし。
すぐにマリアの顔が青くなっていく。
「……ウソ。そのまま向かってきてる?!」
牽制と分かっていても派手にロケット弾を撃たれたのだ。
本来、足を止めない者などいない。
確かに、ドルムキマイラは防御型ゆえ対爆装甲を備えてはいる。
それでも、多少は動揺するものだ。
しかし、キマイラ大隊はその歩を僅かも止めない。
「機体温度上昇中。」
「損害軽微。」
「前進続行。」
彼らは必要最低限の報告のみ交わし、淡々と進軍する。
「もう一撃!」
マリアはポイントをさっきより絞って、再度ロケット弾牽制をする。
着弾地点は直撃スレスレだ。
着弾の爆発で、ドルムキマイラの一部装甲が弾け飛び、体勢を崩す。
しかし、彼らは意を介さない。
ドルムキマイラの壁はそのまま立て直し、前進を続ける。
「こ、こいつら…気持ちわる……」
マリアがあまりの異様な光景に、口を手で覆う。
「なら、もっと積極的にやってやるよ。」
そう言って、レイが先頭のドルムキマイラの頭を撃ち抜く。
「頭部損傷。戦闘続行可。」
何事も無かったかのように壁は崩れない。
「なんなんだよ!こいつら!」
レイが乗り出す。
「アルテミスのパイロットが言ってた…
無人機と戦ってるようだって…」
ミリィも戦慄しながら呟く。
皆の不安に、ヘレンはキースを覗き込む。
「キース……」
キースは必死に冷静を保つ。
「それでもACE。中には人間がいる。
なら、俺たちは俺たちの戦い方をするだけだ。」
そして、ドルムキマイラが射程に入った事を確認すると叫ぶ。
「行くぞミリィ!」
キースとミリィはローラーダッシュで一気に距離を詰める。
キースは走行しながら敵の脚部を集中攻撃する。
先程のマリアの爆撃も相まって、脚部を撃ち抜かれたドルムキマイラは転倒する。
「今だ!」
「えぇ!」
キースの声に応え、ミリィが倒れたドルムキマイラの両腕を狙う。
しかし、倒れたドルムキマイラに乗り上げ、両脇のドルムキマイラがミリィの攻撃を弾く。
「え?!……っくぅぅ!」
足蹴にされたドルムキマイラは、二機の重量をもろに受けた。
機体のフレームが軋む。
内部のパイロットの生存は絶望的だ。
だが、その事を彼らは淡々と報告するのみ。
「ドルムアルファ01ダウン。」
「部隊戦力五パーセント低下。」
「戦闘続行に支障なし。」
感情のない報告だけが流れた。
一機の損失。ーー彼らにとってはそれだけの情報だった。
彼らは仲間の命すら、戦術計算の一要素として扱っていた。
仮に、ミリィの一撃がヒットしていたら…
それを起点にキースはミリィを援護。
ミリィはそこから敵の壁を切り崩しにかかった。
加えてレイの狙撃、ヘレンのガトリング牽制、マリアの粘着弾。
敵の混乱と総崩れは、予想に容易い。
キマイラ大隊は、上記の崩壊とキマイラ一機の損失を天秤にかける…
そして、一機のキマイラを無慈悲に犠牲にする事を躊躇なく選択したのだ。
そこに、”人”としての情があるか否かは問題ではない。
”最小限の犠牲で最大限の戦果”ーーこれだけが彼らが求める全てだった。
倒れ込むミリィ。
「こ、こんな戦い方するなんて……?!」
驚いて、動きが鈍ったミリィを狙って。
ドルムキマイラの壁から、ゴーキマイラが一機飛び出す。
そこはミリィを見守り続けていた、レイが見逃さない。
「ミリィ!」
ゴーキマイラが射撃するより先に、右腕を撃ち抜いていた。
しかし、レイは驚く。
「こ、こいつマジか?!」
狙撃被弾の衝撃でバランスを崩しながらも、無理な体勢で左腕で射撃するのだ。
「きゃぁぁぁ!」
数発はソードで受けるが、銃弾の何発かがミリィ機に撃ちこまれた。
当然、攻撃したゴーキマイラはと言えば…
バランスを崩した射撃で着地は失敗。胴体からもろに地面に叩きつけられた。
パイロットは血まみれになりながら言う。
「ゴーベータ04、被弾損傷。
戦闘力七十パーセント低下。
戦闘を続行する。」
そして立ち上がり、庇った左腕のサブマシンをミリィに向ける。
「もうやめて!!」
ミリィはその銃口を避け、左腕を切り落とす。
《その機体はもう無理よ!脱出して!》
ミリィは両腕を失った上、体がズタボロのゴーキマイラに対し、必死で訴える。
しかし、彼の行動はミリィの予想を、最悪の方向に大きく上回った。
「戦闘続行不可。最終特攻を行う。」
その言葉と同時に、ゴーキマイラが突進してくる。
武装は無い。
だが、それが最も恐ろしかった。
「ちょ、うそでしょ…?!」
死を前提にした突撃。
それはミリィの思考を停止させ、回避行動を狂わす。
自爆特攻で迫るゴーキマイラ。
しかし、彼の身には粘着弾が取りつき、大きく転倒した。
マリアが叫ぶ。
「ミリィ先輩!逃げて!」
ミリィはローラーダッシュで素早く退避する。
敢え無くゴーキマイラは単独で自爆した。
「ハァハァハァ……なんて事を…」
かつて死を省みない戦いをし、命の尊さを知ったミリィにとって…
死を想定した攻撃は恐怖でしかなかった。
クラウセンの死兵は、キースとヘレンも苦しめる。
Nジャマーにかかったパイロットは、迷いなく機体から飛び出す。
混戦状況でだ。一歩間違えば他の機体の下敷きになる危険があるのにだ。
だが、彼らはそんなリスクを考えない。
躊躇いもなく、降り立ち携帯ロケット砲でキースを撃つ。
「こ、コイツら死ぬのが怖くないのか?!」
敵の異常さにキースも恐怖を感じ、回避が追い付かない。
「キース!!」
ヘレンは咄嗟にガトリング砲で援護する。
流れ弾が、生身のパイロットに当たる。
血しぶきを上げながら、パイロットは倒れる。
「うっ!」
思わずヘレンは視界を背ける。
モニターに映る血を流す影。
間違いない。ただの人間だ。
キースはヘレンを気遣い叫ぶ。
「ヘレン、退がるんだ!
こいつらはまともじゃない。
こんなの相手にしてたら、繊細な君はおかしくなる!」
しかし、ヘレンは身を震わせ動けないでいる。
「くそ!」
キースはダッシュでヘレンに駆け寄る。
「ヘレン!大丈夫か!?」
ヘレンは震える声で泣く。
「ごめんなさい。ごめんなさい。キース……」
無理もない。つい去年までは普通の二十二歳の女の子だったのだ。
訓練こそしてきたが、血生臭い戦場に恐怖してしまうのは当然である。
動けないヘレンをキースは抱え、牽制射撃しながら後退する。
「くそ!テメーら、キモイんだよ!」
キースの牽制撃をもろともせずキマイラは進んでくる。
ホワイトファング全員が”恐怖”に支配されていた。
”恐怖は”ACEを弱くする。
シュヴァルツアドラーに勝利した筈の彼らが今、絶体絶命のピンチを迎えていた。
ーーしかし。
『大丈夫か!?ホワイトファング!』
救援に駆け付けたのはヴァレン峠を抜けた部隊だった。
彼らを察知したキマイラ大隊隊長は、即座に判断する。
「撤退する。」
たった一言で、キマイラ大隊は一斉に撤退した。
その動きは機械的であり、その後ろ姿は不気味としか言いようがなかった。
静まり返るベルドセーヌ平原。
だが、ホワイトファングの誰一人として、安堵の言葉を口にする者はいなかった。
自らの死すら計算に組み込む兵団――
ディートリッヒ・クラウセン少将の思想が生んだ”合理主義者の死兵”。
それは、彼らがこれまで戦ってきたどの敵よりも、不気味で強敵だった。




