第100話「クラウセンの兵」
ーーエウロパ軍第八艦隊空母ガロア・艦橋。
第八艦隊の旗艦は再び空母ガロア。
その艦橋で、ファビアン・レド准将は新たな指揮権に酔っていた。
レドの元へディートリッヒ・クラウセン少将から通信が入る。
『提督、どうかな新生第八艦隊は?』
“提督”と呼ばれた瞬間、レドの口元がわずかに緩む。
「ヨルムンガンドとクラーケンを失った事は痛手です。
ですが、第七艦隊の足止めは約束しましょう。
もっとも要請が通れば第七艦隊など……」
『クラーケンか。』
クラウセンの一言でレドはクラウセンの能力を高く評価する。
「左様です。
ミドガルズオルム級は所詮ハッタリ艦。
クラーケンこそ運用次第では一機で艦隊を殲滅出来る。
……それをあのバカ…失礼。ルニエ提督はヨルムンガンドの護衛としてしまった。」
クラウセンは特に感想も無く続ける。
『そうだな。私のルートからもクラーケンの補充を催促しよう。』
レドは笑顔で返す。
「少将とはウマが合いそうだ。
今後ともよろしくお願いしますよ。」
しかし、クラウセンは無反応で一言だけ言う。
『要件は以上だ。』
無機質に通信が切れる。
(随分淡泊な男だな。
が、カルドーネのように煩くないのも良い。
あの方が推挙される理由が分かる。)
レドは上機嫌で指揮を執る。
「第七艦隊の動き、寸分でも目を離すな。
あれに貸しを作れば私としても、海軍としても大きな功績になる。」
ーールーティア基地・司令室。
レドとの通信を終え、クラウセンは基地整備状況に目を落とす。
「海に関しては懸念は無いだろう。
現状、基地の整備も不十分。
先ずは敵の侵攻に備える。」
マクシミリアン・シュヴァイツァー大佐は少し苛立ち気味に言う。
「クラウセン様、それは敵も同じではありませんか?
ここで敢えて打って出る事もーー」
クラウセンはシュヴァイツァーJr.を遮る。
「ならん。兵を無駄にするだけだ。
地盤が固まらぬ内に浮き足立つのは、愚将のすることだ。
たとえ敵が攻めて来ようと、確固たる守りが今は重要だ。」
シュヴァイツァーJr.は即座に身を下げる。
「す、すみません。」
クラウセンは無表情でシュヴァイツァーJr.を見る。
「父君へのアピールはいつでも出来る。
焦らぬ事だ。」
シュヴァイツァーJr.は笑顔で敬礼する。
「は!では、私は基地内の整備に注力致します!」
走り去るシュヴァイツァーJr.をクラウセンは冷ややかに見る。
「愚かな…」
そこへ、通信士が走り込んで来る。
「急報!
敵大部隊に動きアリ。」
クラウセンは顔色一つ変えない。
「詳細を。」
通信士は、クラウセンの様子に驚きながら報告する。
「は、は!
敵およそ一個大隊がカリビア山脈へ向かって移動。」
クラウセンは後ろを向き一考し、指示を出す。
「EWACグリフォン三機にヒポグリフ編隊を護衛に付け出せ。
敵の動向を探りたい。」
グリフォン偵察部隊はカリビア山脈へ向かった。
ーーコロンゴ軍・カリビア山脈部隊。
ジェイソン・モリス少将指揮の下、一個大隊はアスカロン・クライマー装備で前進していた。
「さて、今頃敵に察知された頃か。」
上空ではアルテミス編隊が、先導するかのような飛行を行っている。
『敵航空戦力を確認。
少し追い払ってきます。』
アルテミス編隊の隊長は報告すると、加速し山脈頂上へ向かった。
モリスは空を見る。
「先ずは、探り合いだ。
確か司令官がクラウセンとやらに交代したんだったな……
どこまで食いつくか。」
ーーカリビア山脈山頂。
先の作戦で山頂はやや形を変える程の、砲撃の痕が残っている。
しかし、依然として雪に覆われている。
更に、山肌には雪崩の跡の雪が積層され、氷の壁となっていた。
『ルート確保は困難だな。
クライマーによる強行登山しかないな。
これで敵が、このルートを信じるのか……」
アルテミスパイロットは山脈の状況を見て呟く。
やがて山頂に向かって来るグリフォン編隊が姿を現す。
「敵機確認。迎撃行動に移る。」
ヒポグリフ編隊のパイロットは落ち着いた口調だった。
アルテミスパイロットが報告する。
「敵機にEWAC機を確認。
優先的に落とすぞ。」
再度カリビア山脈山頂で、両軍の空戦が始まった。
幾条ものミサイルの排気煙が山頂の空を覆う。
チャフの反射光が散り、フレアの閃光が空を裂いた。
空戦はミサイルではカタが付かなかった。
アルテミスのパイロットは、敵の能力がかつてのソレとは変わっている事に驚く。
「敵のスキルが上がっている?」
「と言うより、まるで別の軍の様だ。」
膠着する空戦に、痺れを切らしたアルテミスはEWAC機を狙う。
「隙をついて、攻撃をーーーーぐぁ!」
逆に、ヒポグリフに隙を見せる結果となる。
「一機撃墜。」
ヒポグリフのパイロットは無表情で撃墜報告する。
奇妙である。
ACEは感情によって、その性能を活かすも殺すもしてきた。
感情を現さないクラウセン兵は、本来ならACEに不向きであるはず。
しかし、彼らは覇気あるアルテミスパイロットと互角に渡り合っている。
そのカラクリはーー彼らに”迷いが無い”点にある。
訓練された動作を、ただ正確に繰り返す。
クラウセンは彼らをその様に練兵していた。
ーーそう、”感情より精度を選んだ兵”たちなのだ。
与えられた命令を実行する事に集中する。ーーその信念とも言えるモノが彼らのACEの原動力だった。
今まで戦った事の無い異質なACEパイロットに、アルテミス編隊は戸惑う。
「何だこいつら……無人機と戦ってるみたいだ……」
「いや、相手は人間だ。ただ…迷いがない。」
アルテミスの隊長が叫ぶ。
「恐れるな!
ツーマンセルだ!二機で追い詰めれば隙は生まれるはず!」
アルテミスはツ―マンセルで、ヒポグリフに迫る。
しかし、不利と悟った瞬間にヒポグリフは迷いなく突っ込んできた。
回避ではない。相討ちすら辞さない、一直線の攻撃だった。
「こ、コイツ死ぬのが怖くないのか?!」
アルテミスの隊長はモリスに訴える。
「敵のパイロットは異常です!
死を恐れない!
このままでは、こちらが全滅します!」
モリスは予想とは違う展開に、背中に冷たい汗が流れる。
「これまで空戦では数で圧倒されなければ、負けなかったはずだ。
クラウセン……一体どんな練兵をしてるんだ……」
沈みゆく気分を切り替え、モリスは言う。
「分かった。
アルテミス編隊は一旦退却せよ。
立て直しを図る。」
山脈越境部隊はまもなくカリビア山脈麓に差し掛かる。
モリスの表情は一層険しくなる。
「これはフリすら本気でやらねばならんな。
兵に多大な被害が出るか……」
モリスは不安を抱えつつ、部隊を展開させた。
ーー第七艦隊旗艦サーエヴァンス・艦橋。
『これよりカリビア山脈越境部隊は、越境行動に移る。』
モリスからの通信を受け、ジャスティン・ネルソン中将は頷く。
「では、そろそろ我々も動くか。
全艦、微速前進。」
第七艦隊は予定通り、囮行動を開始した。
ーー空母ガロア・艦橋。
この第七艦隊の僅かな動きをレドは見逃がさなかった。
観測士が声を上げる。
「敵艦隊に動きアリ!」
レドは立ち上がる。
「やはり動いたか!
またしても、地上との共同戦線と言う訳だな。
全艦、動くぞ。」
(ルニエの負の遺産……ここで全て処分してやる。)
レドはルニエの散々な失態を返済すべく、第七艦隊を抑え込まんとしていた。
再び始まったエウロパ領侵攻作戦。
地上では、クラウセン兵の前に苦戦。
海上では、指揮権を手にしたレドが反攻の機会を伺っている。
作戦は始まったばかりだ。
だが、その空にはすでに暗雲が立ち込めていた。




