家庭教師の風景
古賀の家を出て、静音ちゃんと一緒に彼女の家に向かう。
普通は塾のない土曜の午後から彼女の家にお邪魔するので、二人一緒に彼女の家に行くのはなんだか変な感じがする。
やがて静音ちゃんの家が見えてくる。田畑の中に鎮座する、広い駐車場と庭を兼ね備えた立派な家だ。
そこに静音ちゃんの母さんが、人目をはばかるようにこそこそと家に入っていく。
田舎は都会と違って人との結びつきが強い。災害時にはお互いの助け合いが自然と行えるし、地域の行事も活発だ。隣の人の名前と顔がわからないなんていうことは、あんまりない。
でもそれは、いいことだけじゃない。人の結びつきが強いということは、他人の家の事情が明るみになりやすいのだ。
「玉名さんのお宅の子、不登校らしいわよ」
「いじめかしら」
「大変ねえ」
「あんな立派なおうちなのに」
そうやって近所のおばさんらしき人たちが話し込んでいるのが見えた。
心配半分、金持ちが不幸になってざまあみろという意識半分。そんな心ない噂話が僕の耳にまで届いてくる。
当然、静音ちゃんの耳にも入る。だが彼女が近くに来ると、おばさんたちは何事もなかったかのように静音ちゃんに声をかけた。
「今日もお勉強?」
「いつも偉いわね」
「うちの子にも見習わせたいわ~」
静音ちゃんは返事をすることもあいさつをすることもなく、家の中に入っていった。
静音ちゃんは塾にも通っている。
だからほとんどの問題は理解できるけど、国語の読解だけは苦手なので僕が家庭教師として教えている。
本好きの僕だけど、昔は現代文が苦手だった。
なんというか、問題文の意図を自分勝手に解釈して変な答えを書いていた気がする。
もちろん塾でも読解力の授業はある。だがあれだけの記憶力がある静音ちゃんだけど、読解力だけはなかなか上がらないそうだ。
天才だけど癖のある彼女では、ごく普通の文章のとらえ方というのが難しいのかもしれない。
国語の読解はフィーリングも絡むから、気が合う相手に教えてもらったほうがいい。
僕は苦手だった現代文が得意科目に変わったのは、授業がめちゃくちゃ面白い先生に当たってからだ。
苦手なことが得意なことに代わるあの感触を、静音ちゃんにも教わってほしい。
そして、中学では楽しい学校生活を送ってほしい。
そんな思いを込めて、今週も授業を進めていく。
「休憩にしようか」
鉛筆がノートに転がる音とともに、静音ちゃんがぐっと伸びをする。ゆったりとした部屋着の下にある二つの小さなふくらみの形がうきぼりになった。
ブラしているのかな? ふとそんなことを考えると同時に、視線がきつくならないよう注意しながら彼女を観察する。
呼吸数よし、顔色よし、僕を見つめる視線よし。指の震えも眼球上転もない。
静音ちゃんは今まで途方もないストレスにさらされてきた。そのせいか、勉強中でもうまくいかないと時々トランプの時みたいな発作が起きることはある。
でも少しずつ、コントロールできるようになってはきている。愛佳ちゃんという友人がいるのも、それに影響しているようだ。
ふと、静音ちゃんと会った時のことを思い出す。




