第7話:募る思い
未踏のAランク遺跡『深淵の地下宮殿』が、俺たちの前に現れた。
切り立った断崖絶壁にうぐいす色の苔に覆われた巨大な亀裂が存在していた。
その亀裂の奥深くに鎮座していたのは、古代の高度魔導文明が遺したとされる金属扉。
――『深淵の地下宮殿』の正門があった。
数千年の年月が経過しているにもかかわらず、
黒鉄の扉には錆一つ浮いていない。
それどころか、
扉の表面に刻まれた緻密な魔導回路には、
今なお淡い紫色の魔導光が幾何学模様となって明滅し、脈動していた。
「素晴らしい……! なんという魔力密度なの……!」
魔法使いのエレノアが、
感嘆の声を漏らしながら扉へ歩み寄った。
彼女の手に握られた水晶の杖が、
遺跡から溢れ出る濃厚な残留魔力に反応して、
カチカチと高く美しい共鳴音を奏で始める。
「数千年前の古代魔導文明の技術が、これほど完全な状態で残っているなんて……! 考古学的な価値だけでも数億エルに相当するわ。ルーク、間違いなくここは未開拓の超高難易度遺跡よ!」
「へへっ、腕が鳴るぜ!」
盗賊のライアンが素早く身を躍らせ、
扉の周囲や床の石畳を細い金属棒で叩きながら、
精密な手つきで調べ始めた。
「よし……表面の即死爆発トラップは起動してねぇ。開錠の魔導鍵も解除されているな。ルーク、いつでもいけるぞ!」
「よし!」
ルークは背中から青く輝く聖剣を抜き放ち、眩いばかりのミスリル甲冑を響かせて掲げた。
「全員、戦術陣形を展開! これより、Aランク魔導遺跡『深淵の地下宮殿』の初攻略を開始する! 俺たちの名を王都へ、いや世界へと轟かせるぞ!」
「「「おおっう!!」」」
ルークの威勢の良い号令と共に、ライアンが重厚な黒鉄の扉のレバーを押し下げた。
ギギギギ……と、地鳴りのような重低音を立てて、何千年ぶりに開かれる黒鉄の扉。
内部から吹き出してきたのは、湿気、冷気、そして濃厚な「魔物の匂い」を含んだ風だった。
扉の向こう側は、
外の太陽光が一切届かない完全なる黒の世界。
壁面には一定間隔で青白い魔導灯が設置されているものの、
その光は微弱であり、
無数の不気味な影が通路のあちこちに蠢いている。
「エレノア、明かりを」
「ええ。『光よ、我らの歩みを照らせ――ライト』」
エレノアが詠唱を完了すると、
彼女の杖の先から眩い太陽のような光の球体が発生し、
一行の頭上をふわりと浮遊しながら暗闇を照らし出した。
「慎重に進むぞ。ライアン、前方の罠索敵を絶やすな。クラリスは後方警戒」
「へいへい、任せといてくださいよ。俺の目に触れる罠なんて存在しませんから」
ライアンは腰を低く落とし、二本の短剣を交差させながら、猫のようにしなやかな動作で通路の先へと進んでいく。
イリスはパーティの完全な最後尾につき、背中のリュックを揺らしながら、彼らの後をのんびりとついて行った。
彼らの動きは、人間としては間違いなく洗練されていた。
ルークは前方に盾を構え、あらゆる不意打ちに対応できる完璧な踏み込みの姿勢を維持している。
クラリスはいつでも補助魔法や回復魔法を発動できるよう、聖印を胸元に抱いて祈りの姿勢を崩さない。
エレノアは空気中の魔力の僅かな揺らぎから、魔物の接近や仕掛けの起動を察知しようと全神経を研ぎ澄ませている。
王都の最高峰教育を受けた「エリート」という言葉に偽りはなかった。
そして、彼らの積み重ねてきた努力と、研ぎ澄まされたチームワークは本物だった。
(だが遅い……)
ゆっくりと周囲を観察する彼らの姿は、遅いほかなかった。
ライアンが慎重に壁の凹凸を調べ、床の石畳を一枚ずつ叩いて圧力センサーの有無を確認している。
その慎重な作業によって、たった五十メートルの通路を進むだけで、整然と十分以上の時間が費やされている。
(このままでは魔力消費が多すぎる、まだ序盤というのに……)
俺の耳は、ルグランに来てからというもの、ダンジョン慣れをしたようだ。
壁に反響する音で、このダンジョンの内部構造を、ある程度は理解できた。
(壁の内部……三センチ奥で、歯車が重なり合って微かに振動している。床の三枚目の石畳の下に、油圧式の圧力板。あれを踏むと、左の壁の高さ一・八メートルの隙間から、毒を塗った高圧の針が十二本噴き出す仕組みになっているな……)
それらの罠は「見えている」も同然だった。
この程度なら、その罠が作動するよりも遥かに速い速度で走り抜けるか、あるいは飛んできた針を素手でまとめて掴み取れば、一秒で終わる話だった。
そして――
その「余裕すぎる態度」が、前を行くルークたちの苛立ちを刻一刻と募らせていることに、イリス自身はまだ気づいていなかった。
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