第5話:勇者パーティーの教育係
外壁補修の一件以来、俺の名は冒険者ギルド内で一躍有名になった。
「あれが、一晩で壁を直しちまったていう、白壁のイリスだ」
ギルドの酒場に入ると、冒険者たちがヒソヒソと囁き合うのが聞こえる。
だが、俺自身は有名になりたいわけではなかった。
ただ、自分のルーツを探す旅の資金を稼ぎ、普通の暮らしや常識を学びたかっただけだ。
俺はソロで、ギルドに張り出される難関依頼を次々と受け始めた。
『危険地帯に生息する大猪の討伐』
『街道を塞ぐ巨大落石の撤去』
『魔獣が巣食う廃坑道の調査』
普通の冒険者パーティが四〜五人で数日かけて挑むようなクエストを、俺は単身で、しかも数時間足らずで片付けて帰ってきた。
どんな魔獣の爪や牙も弾き返す異常な皮膚の頑丈さ。
そして、山を打ち抜くほどの圧倒的な腕力。
怪物が襲いかかってくれば、適当な小石を指で弾いて撃ち落とし、崩落した岩石があれば素手で砕いて道を切り拓く。
わずか一週間で、俺の冒険者ランクはFから一気にBランクへと駆け上がった。
これはギルドの歴史上、最速の昇格記録だったという。
そしてある日、ギルドマスター直々の呼び出しを受けた。
ギルド長室の扉を叩くと、「入れ」と重厚な声が響いた。
部屋の中にいたのは、白髪交じりのヒゲを蓄えた、眼光鋭い老剣士
――ギルドマスターのバロルド
元、S級冒険者であり、彼にかかればドラゴンなど一太刀と言われるほどだ。
「来たか、イリス」
「はい。お呼びでしょうか、ギルドマス」
バロルドは、机の上に置かれた膨大な量の報告書を愛おしそうに撫でながら、ニヤリと笑った。それは全て、俺がこなしてきたクエストの記録。
「お前の活躍は聞いている。異常なまでの達成ペース、そして完璧な仕事ぶり。お前が来てからというもの、ルグラン周辺の治安は劇的に改善した。ギルドとしても、お前のような優秀なソロ冒険者を得られたことは誇りだ」
「俺はただ、依頼をこなしただけです」
「ふっ、謙虚だな。……だがな、イリス。お前を呼んだのは他でもない。お前にしか頼めない『特別な依頼』があるからだ」
バロルドは表情を引き締め、一枚の高級な紙に書かれた依頼書を俺の前に差し出した。
「『特別依頼』……ですか?」
「そうだ。内容は『魔導遺跡・古代地下宮殿』の内部調査と、そこに眠る秘宝の回収。危険度はAランクに指定されている」
「Aランク……俺一人で行けばいいんですか?」
「いや、今回は『指名協力型』のクエストだ」
バロルドは背もたれに深く体重を預け、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「実はお前に、あるパーティの『教育係(引率)』を引き受けてほしい」
「引率……?」
「そうだ。パーティの名は『暁の光』。……世間じゃ『勇者パーティ』なんて持てはやされている、若手筆頭の有望株たちだ」
バロルドの説明によると、そのパーティのリーダーは、王都の騎士団から「百年に一人の天才剣士」と称えられ、聖剣の加護を受けたという青年・ルーク。
メンバーも、名門魔導学院を首席で卒業した天才魔法使いの少女・エレノア、王都の大聖堂から派遣された聖女(回復術士)のクラリス、そして小柄だが俊敏な盗賊の青年・ライアンという、まさに選りすぐりのエリート集団だという。
「彼らは確かに強い。才能も実績もある。だが……若さゆえの過信と、本当の修羅場を潜った経験の少なさが懸念されている。王都の大物からの預かりものでもあるのでな、滅多なことで死なせるわけにはいかん」
バロルドは鋭い視線を俺に向けた。
「そこで、お前の出番だ。お前の圧倒的な実力とタフさで、彼らの護衛兼ガイドとなり、安全にAランク遺跡の経験を積ませてやってほしい。報酬は通常の三倍出そう。どうだ、引き受けてくれるか?」
俺は少し考えた。
人とパーティーを組む。
エレナたちの村を出て以来、俺は一人で行動することが多かった。
人についてもっと知るためには、同世代の若い冒険者たちと共に行動するのは良い機会かもしれない。
「分かりました。俺で役に立つなら、引き受けます」
「おお、受けてくれるか! 感謝するぞ、イリス!」
バロルドは安堵したように息を吐き、机を叩いた。
「顔合わせは明日の朝、ギルドの大広間だ。彼らにも話は通してある。……まあ、少々プライドの高い若者たちだが、うまくやってくれ」
こうして俺は、王国期待の「勇者パーティ」と共に、危険な魔導遺跡へと挑むことになったのだった。
翌朝、冒険者ギルドの大広間は、開店前だというのに独特のピンと張り詰めた空気に包まれていた。
広場の中心に立つ四人の若者たち。
彼らが身に纏う装備は、そこらの冒険者とは明らかに一線を画していた。
銀色に眩しく輝く精霊銀の鎧、複雑な魔導回路が刻まれた一目で高級と分かる魔導杖、そして神聖な祝福の光を宿した純白の法衣。
彼らこそが、ギルドマスターの言っていた王国期待の星
――『勇者パーティ:暁の光』だった。
リーダーの青年、ルークは背中に青く輝く意匠の剣を背負い、腰に手を当てて俺を不機嫌そうに見上げている。
金色に輝く髪と凛々しい顔立ちをした、まさに物語に出てくる「勇者」そのものの容姿だった。
「君が……ギルドマスターの言っていた特別教育係のイリスか?ふ~ん」
ルークは俺の顔と、ボロボロの革鎧、そして武器すら持っていない手元を交互に見やり、あからさまに眉をひそめた。
「イリスだ。よろしく頼む」
俺が手を差し出すと、ルークはその手を無視し、腕を組んで鼻で笑った。
「ふっ!悪いが、俺たちに教育係なんて必要ないんだ。ギルドマスターは過保護すぎる。俺たちは王都の冒険者養成校をトップで卒業し、すでに数々のBランククエストを達成している。Aランク遺跡だろうが、俺たちの連携があれば造作もない」
「よっ!!ルーク様!!」
ルークの隣に立つ、小柄で素早い身のこなしをした盗賊の青年
――ライアンが同意するように口を挟んだ。
「だいたい、お前武器すら持ってないじゃないか。そんなボロボロの装備で俺たちの足引っ張るなよ? 僕たちは、罠の解除も魔物の索敵も全部自分たちでできるからな」
「まあまあ、ライアン」
おっとりとした声で諫めたのは、神聖な服に身を包んだ聖女(回復術士)のクラリスだった。彼女は心優しそうな瞳で俺を見て、深々と頭を下げた。
「初めまして、イリスさん。クラリスと申します。ルークもライアンも言葉が刺々しくてすみません……でも、ギルマスが推薦してくださった方なのですから、きっと素晴らしい実績をお持ちなのでしょう」
「クラリス、甘いのよ」
冷ややかな声で言い放ったのは、美しい青髪を後ろで束ねた天才魔法使いの少女・エレノア。彼女は手に持った大きな水晶の杖を握り直し、冷酷な眼差しで俺を射抜く。
「いくらイリスさんが、頑丈さが売りだとしても、魔導遺跡は純粋な武力だけで攻略できる場所ではありません。古代の魔導知識や緻密な魔力制御が不可欠です。足を引っ張るようなら、申し訳ありませんが置いていきますから」
それぞれの強い自負とプライド。
彼らは間違いなく優秀で、才能に満ちあふれていた。
だが同時に、まだ本当の絶望や失敗を知らない「子供」の危うさも秘めている。
(まぁ~、俺と大して変わらない年齢だと思うが)
「俺はただ、みんなが安全に帰れるように手伝うだけだ。よろしく」
俺がそう言うと、
ルークは退屈そうに息を吐き、
「行くぞ」と短く告げてギルドを後にした。
こうして、俺と『暁の光』による、
古代魔導遺跡『深淵の地下宮殿』への遠征が始まった。
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次回第6話は、9月26日15時10分に投稿します!!




