第3話:依頼
村を後にしてから、どれほどの時が流れただろうか。
昼も夜も関係なく、ただひたすらに前へ向かって歩き続けた。
やがて視界の先、地平線の彼方に巨大な建造物の群れが姿を現した。
商業都市『ルグラン』。
数重にも重なる重厚な石造りの外壁。
その内側には、色とりどりの屋根を持った建物が所狭しとひしめき合い、
遠くからでも活気ある人々の喧騒が風に乗って届いてくる。
「おお……すげえ。こんなに人がたくさんいる街は初めて見たぞ……」
俺は素直に感嘆の声を上げた。
エレナたちの村も温かくて良い場所だったが、
このルグランという都市のスケールは桁違いだ。
城門の前には、無数の馬車や荷車、
色とりどりの衣装を身にまとった行商人や旅人たちが長蛇の列を作っていた。
(……あ、待てよ。街に入るにはお金がいるんだっけか?)
ふと思い出し、腰につけた小さな革袋を叩いてみる。
中には、村を出る時にギルバードさんとセリシアさんが「旅の足しにしなさい」と持たせてくれた銀貨が数枚入っている。
無駄遣いはできない。
「おい、そこのお前!身分証か通行料を提示しろ!」
巨大な鉄の槍を持った門番の兵士が、列に並ぶ俺を鋭い目つきで見咎めた。
「身分証はありません。通行料はおいくらですか?」
「銅貨五枚だ。身分証がないなら、中で冒険者ギルドか商会に登録して発行してもらうんだな」
俺は革袋から銀貨を一枚取り出し、門番に渡した。
お釣りとしてジャラジャラと重い銅貨を受け取り、晴れて巨大な城門をくぐり抜ける。
都市の中は、まさに熱気の渦だった。
石畳の路地の両脇には露店がずらりと並び、
「いらっしゃい! 獲れたての魔導魚だよ!」
「そこのお兄さん、頑丈そうな剣はどうだい!?」
といった威勢の良い声が飛び交っている。
香ばしい肉の焼ける匂いや、見たこともないスパイスの香りが鼻腔をくすぐる。
俺は喉を鳴らし、露店で売られていた巨大な串焼き肉を一本買ってみた。
「うまい!」
一口かぶりつくと、ジュワリと濃厚な肉汁と甘辛いタレが口いっぱいに広がった。
(ふぅ~~まんぷく)
買い食いを楽しんだもののつかの間、俺は現実的な問題に直面した。
残りの所持金が、心許なくなってきたのだ。
街で宿をとるにも、これからの旅の支度をするにも、もっとお金を稼ぐ必要がある。
まずは門番が言っていた『冒険者ギルド』を目指すことにした。
街の人々に道を尋ねながら辿り着いた冒険者ギルドは、威容を誇る巨大な石造りの建物だった。重厚な木製の二重扉を開けて中に入ると、酒と汗と鉄の匂いが混ざり合った独特の熱気が押し寄せてくる。
「おいおい、見ねえ顔だな」
「なんだあの身の丈は。装備がボロすぎるぜ」
酒場を兼ねた一階の大広間では、荒くれ者の冒険者たちが酒杯を交わしながら俺に視線を投げかけていた。
俺は周囲の視線を気にせず、受付のカウンターへと向かった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付窓口にいたのは、整った身なりをした真面目そうな若い女性職員だった。
「冒険者の登録をしたいのと……あと、すぐにお金を稼げる仕事を探しているんですが」
「承知いたしました。では、こちらの魔導板に手をかざしてください。登録手続きを行います」
提示された青く光る板に手を置くと、ぽっと淡い光が灯り、俺の名前「イリス」が文字となって浮かび上がった。
「はい、これで登録完了です。イリス様は本日よりFランク冒険者となります。依頼はあちらの掲示板から自由にお選びいただけますが、最初は採取作業や都市内の雑用をお勧めします」
「わかりました。ありがとうございます」
掲示板へと移動すると、そこには無数の依頼書が貼り出されていた。
『薬草の採取』『下水道の掃除』『倉庫の荷物運び』……どれも報酬は控えめだ。
その中で、隅の方に貼られた一枚の紙が目に留まった。
『都市東外壁の補修作業・日雇い作業員募集(大量募集)』
『報酬:一日あたり銀貨三枚。重労働につき体力に自信のある者求む』
(重労働……これなら俺にもできそうだ!)
手っ取り早くまとまった金を稼ぐため、俺はその依頼書を引き抜き、指定された東外壁の現場へと向かうことにした。
東外壁の現場に到着すると、そこは惨状を呈していた。
先日の大雨で地盤が緩み、数十メートルにわたって厚い石造りの外壁が崩落してしまったらしい。
巨大な石材が散乱し、泥まみれになった作業員たちが汗だくになりながら巨石を運ぼうと悪戦苦闘していた。
「おいおい、新入りか?」
現場の責任者と思われる、ドワーフのような頑強な体つきをしたヒゲ面の親方が俺を見上げて言った。
「はい、ギルドでこの依頼を見てきました。イリスといいます」
「フン、ひょろ長い身体をしやがって。いいか、現場は戦場だ! この巨石一個運ぶのにも男四人がかりなんだ。手足を踏み潰されても文句は言えねえぞ。だいたい、この規模の崩落を元通りにするには、どう甘く見積もっても一ヶ月はかかる大工事なんだからな!」
親方は唾を飛ばしながら、溜まりに溜まったストレスを吐き出すように怒鳴り散らした。
「一ヶ月ですか……」
「そうだ! だからヘバって逃げ出すんじゃねえぞ!」
「わかりました。頑張ります」
俺は作業用の手袋を受け取ると、崩れた現場へと足を踏み入れ、足元に転がっていた直径一メートルほどの巨大な加工石を見つめた。
(男四人がかり、か……)
試しに、石の端に指を引っかけて持ち上げてみる。
ひょい。
「……ん?」
意外にも軽かった。
何だ、俺を驚かすためにそんな嘘をついたのか?
俺は片手でその巨石をひょいひょいと持ち上げ、親方が指定した集積場所へと歩いて運んだ。
ドスン。
「……おい、新入り」
後ろから、絞り出すような声が聞こえ、振り返ると、親方や周りの作業員たちが目を見開き、顎が外れそうな顔で俺を見ていた。
「な、なんだその馬力は……!? お前、実は身体強化の魔法使いか!?」
「いいえ、ただ持ち上げただけですが……最近の石は軽いんですね」
「んなワケあるかぁぁっ!!」
親方は頭を抱えて叫んだ。
だが、現場の作業が大幅に遅れていたこともあり、「とにかくその力、頼りにさせてもらうぞ!」と鼻息を荒くした。
日中、俺はひたすら石材を運び、崩れた基礎の土砂を取り除く作業を手伝った。
俺一人で十人分以上の作業量をこなしたため、他の作業員たちは途中で呆れ果て、夕方にはすっかり疲れ切って撤収していった。
「ふう、今日はここまでだな! イリス、お前のおかげで初日の予定が三日分進んだぞ! 明日も頼むぞ!ワハハハハハ」
親方は感心したように俺の肩を叩き、日当の銀貨を多めにくれると、作業員たちを引き連れて宿へと帰っていった。
現場には、俺一人だけが残された。
太陽が沈み、辺りは暗闇に包まれる。都市の灯りが遠くで点々と輝き始めていた。
(さて、どうするか……)
俺は月明かりの下で自分の手を見つめた。
一日中、巨大な石を運び、土砂を掘り返していたというのに、手にマメ一つできていない。息も上がっていなければ、筋肉の疲労感も皆無だ。
そして――何より、全く眠気を感じない。
「夜って、暇だな……」
周りを見渡すと、まだ積み上がったままの巨石や、崩れたままの壁が月光に照らされている。親方は「完成まで一ヶ月かかる」と言っていた。
(どうせ眠れないんだ。少し進めておけば、明日親方たちも喜ぶかな?)
俺はそう思い立つと、腕まくりをした。
作業開始だ!!




