第2話:家族
初めて村に来てから、二カ月が経過した。
すっかりこの村の人たちとも仲良くなり、毎日が楽しい。
そして、今日も俺は狩りに出かける。
「おはようイリス!! 今日も狩りに行くのか!! ワハハハハハ」
「おはようございます、グリーヌさん! 今日も行ってきます」
「ケガするんじゃねーぞぉ!!」
「はーい」
グリーヌはこの村唯一の兵士、小さな村にとって頼れる人だ。
腰には大きな剣を携え、目元から頬にかけて古傷が見える。
昔、ブラックドラゴン討伐に参加した時に負った傷だと聞いた。
ブラックドラゴン――
冒険者と兵士たちが束になっても手も足も出ず、S級冒険者が集まってやっと倒せる存在らしい。
「よし!! これくらい狩れば十分だろう」
今日の収穫は、角ウサギに野生の猪。
毎日の鍛錬のおかげで、狩りもすっかり上達した。
(もう夕暮れだな、そろそろ帰らないとみんなが心配する)
「みなさん!! 帰りました」
「おかえり、イリス!! 今日もたくさん狩ってきたわね。さっそくご飯にしましょう」
♢♢ 夕飯
「ごちそうさまでした」
『『『みんな大変だ!! 山にブラックドラゴンが出たぁぁぁっ!!』』』
村の会議に出かけていたギルバードさんが、顔を真っ青にして走って戻ってきた。
広場から響き渡った悲鳴と叫び声に、食卓の空気が凍りつく。
セリシアさんの顔から血の気が引き、エレナは俺の顔を見つめた。
「そんな……あのブラックドラゴンが……!?」
エレナの震える声に、俺は自分の胸にそっと手を当てた。
心臓がドクドクと波打つ感覚はない。
けれど、何かが胸の奥で痛いほど熱く蠢いているのが分かった。
外から、ドシーン、ドシーンと、大地を揺らす巨大な足音が近づいてくる。
悲鳴、木々がへし折れる音、そして大気を引き裂くような猛烈な雄叫び。
「イリス!! セリシアとエレナを連れて裏の森へ逃げろ!」
「あなたは!?」
「元冒険者として、村人を逃がす時間を稼ぐ! イリス、二人を頼んだぞ!!」
ギルバードは壁に立てかけてあった古びた大剣を握りしめ、外へ飛び出していった。
「イリス、待って!! お父さんを一人で行かせないでぇ!」
俺はギルバードさんの言葉を守るため、追いかけようとするエレナの肩を止めた。
セリシアさんも不安で身体を震わせている。
「二人とも、俺にしっかり掴まっていてください!!」
「ちょっと待ってイリス!?」
ギルバードとの約束を守るために、
俺は二人を両腕で抱えると、足に力を込めた。
地面がバキバキと音を立ててひび割れる。
一気に蹴り飛ばした。
ビュッ――――ン!!
風を切り裂き、1分ほどで裏山へと二人を送り届けた。
「二人はここで身を潜めていてください!」
「イリスは!?」
「ギルバードさんたちを助けに行ってきます!」
俺は返事を待たずに跳び出し、村へと引き返す。
村の様子は惨状と化していた。
巨大な黒い影――
突如現れた凶悪なドラゴンが空を覆い、口から灼熱の火炎を吹き散らしている。
建物が燃え上がり、夜なのに昼間のように明るい。
巨大な翼がひと羽ばたきするたびに爆風が巻き起こっていた。
「逃げろ! 走れ!!」
グリーヌさんが必死に剣を振りかざし、逃げ遅れた村人たちを庇っている。
そこへ駆けつけたギルバードさんが大剣を構えた。
だが、迫り来る巨大な黒竜の圧迫感を前に、人間の存在はあまりにも小さすぎた。
「ガアアアアアアアアアアっ!!!」
ドラゴンの咆哮が轟く。
そして、圧倒的な質量を持つ巨大な前脚が、逃げ惑う村人たちと、
彼らを庇うギルバードさん、グリーヌさんに、
――容赦なく振り下ろされる。
「しまった……! みんな、逃げろぉぉぉっ!!」
ドラゴンの前足が降りぬかれると、ものすごい風が、村の建物まで吹き飛ばした。
「「ギルバードさん!!グリーヌさん!!」」
「イリス!俺たちは大丈夫だ」
二人ともギリギリのところで逃げることができたみたいだ。
(よかった……)
二人が無事だったことに、胸をなでおろすと、ブラックドラゴンは翼を大きく広げた。
「何をするつもりだ?」
翼を上下に勢いよく動かすと、
村の建物が四方八方に吹き飛び、
雨のように瓦礫が降り注ぐ。
(まずい!!)
瓦礫の雨によって、ギルバードも頭に傷を負った。
その血を見た直後。
俺の中にある、理性が完全に弾けた。
(やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉっ!! )
とにかく助けなきゃという一心で、ただ無我夢中に身体を突き動かす。
俺が立っていた地面が半径十メートルにわたって破裂し、
巨大なクレーターとなって崩落する。
ドォォォォォンッッ!!
空気が破裂する音すら置き去りにして、俺はドラゴンの足元へと滑り込んでいた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
右拳を限界まで握り締め、下から上へと必死の力で突き上げる。
ドドドドドカンッッッッ!!!!
天を突くような爆音。
重さ数十トンはあるドラゴンの巨躯が、
まるでただの小石のように、真上へ向かって数十メートルも打ち上げられた。
(えっ……!?)
自分の叩き出した衝撃の凄まじさに戸惑う間もなく、
俺は勢いのまま空中に向けて跳躍していた。
上昇するドラゴンの背後に回り込むと、
夢中で両手を組み、その背中へ力任せに叩き落とした。
バゴォォォォンッ!!
衝撃波が一気に吹き荒れ、村を包んでいた火災の炎が吹き飛んで鎮火する。
ドラゴンは離れた山の斜面へと叩きつけられ、
山ごと砕け散ってピクリとも動かなくなった。
静寂が訪れる。
「い……いま、何が起きたんだ……?」
「急に凄まじい突風が吹いて……ドラゴンが吹き飛んだ……!?」
あまりのスピードに誰の目にも俺の姿は見えていなかった。
俺は肩で激しく息をつき、自分の両拳を見つめた。
(なに……いまの……? 俺、一体ナニをしたんだ……?)
自分の中に潜む桁外れの力に自分自身で恐怖すら覚えながら、
倒れ伏した黒竜の死骸へと近寄った。
崩れた土煙が徐々に晴れていき、月明かりの下でその巨躯が露わになる。
頭部の独特なツノの形、黒い姿……。
(……あ。)
その姿に見覚えがあった。
(こいつ……前に、俺がエレナを助けた時に倒した……あの時の怪物じゃないか!?)
生きていたのか、それとも別の個体なのかは分からない。
戸惑いながらも、俺はすぐに振り返り、土煙をかき分けて家族のもとへ走り寄った。
「ギルバードさん!! 大丈夫ですか!?」
「イリス……今の、お前がやったのか……? 俺たちを……助けてくれたのか……?」
ギルバードさんが声を震わせる。
「え、あ……はい! 夢中だったから自分でもよく分からないですけど……大事にならなそうでよかった……っ!」
俺が安堵で膝から崩れ落ちそうになると、エレナが真っ先に駆け寄って抱きついてきた。
「イリス! イリスぅぅぅっ! 怖かった……怖かったよぉっ! 助けてくれてありがとう……! ありがとう!!」
セリシアさんも涙を流しながら俺を優しく抱きしめ、
ギルバードさんとグリーヌさんも俺の肩を強く叩いた。
「イリス!!お前が倒したのか、すごいぞ!! 村の英雄だ!!」
「まさか、あのブラックドラゴンを倒してしまうなんて……!」
村人たちからも歓声が上がり、俺は温かい拍手と感謝の言葉に包まれた。
誰一人、死ななかった。
自分でもよく分からない凄まじい力だったけれど、
大切な人たちを全員守り切ることができた。
襲撃から数日が経過した。
村の被害は大きかったが、
村人たちが力を合わせることで、
復興はあっという間に進んでいった。
だが、あの夜に必死で力を解き放ったことで、俺は確信していた。
自分の中に眠る圧倒的な「異質さ」
制御しきれないこの規格外の力と、
なぜ自分には記憶がないのかという疑問。
(俺は元々どんな人間で、なんでこんな力を持っているんだ――?)
その答えを知るために、
俺はここを出て、
自分が何者なのかを確かめる旅に出なければならない。
俺はその決意を、ギルバードさん、セリシアさん、そしてエレナに打ち明けた。
「そうか……行くんだな、イリス」
夕暮れ時、家の前でギルバードさんが寂しそうに、だが力強く頷いた。
「止めはしないよ。お前にはお前の人生と、探すべきルーツがあるんだからな。
……だが覚えておけ。お前がどこに行こうと、お前は俺たちの自慢の息子だ。いつでも帰ってきていいんだからな」
「イリス、これを持っていきなさい。途中で着替えるための新しい服よ。……身体に気をつけて?」
セリシアさんは優しく微笑み、丁寧に縫い上げてくれた服の包みを手渡してくれた。
その目には温かい涙が浮かんでいた。
「イリス……!」
エレナがぎゅっと俺の体を握りしめた。
「絶対に、元気でね! 自分のことをちゃんと突き止めたら、一番に私たちに教えに来てね! 約束だよ!」
「うん! みんな、本当にありがとう……!」
村の入口には、話をどこからか聞いたのか、グリーヌさんをはじめとする村人たちも大勢集まってくれていた。
「気をつけてな、イリスー!」
「いつでも戻っておいでよー!」
「元気でね――っ!」
温かい見送りの歓声と拍手の中、
俺は皆に何度も手を振りながら、歩みを進めた。
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