第17話:第2試験
「試験開始ぃぃぃっっ!!」
試験官の合図とともに、
数百のチームが一斉に『魔導原生林ダンジョン』の巨大な鉄門へと雪崩れ込んだ。
「ハハハッ! 一番乗りは俺たちがいただくぜ! 乗り遅れるなよ!」
先頭を走るのは、
威勢よく声を張り上げる大柄な男率いるチームだ。
調子よく笑いながら、勢いにまかせて森の奥へと飛び込んでいく。
――だが、次の瞬間。
「グオォォォォォンッッ!!」
頭上の大木から、巨大なクマ型の魔獣『アーマーベア』が突如として舞い降りた。
「ひっ、ひぃぁぁぁっ!?」
一番乗りをアピールしていた男は、
構える暇すらなく、
巨大な魔獣の口に頭からすっぽりと丸呑みにされてしまった。
足だけをバタバタとさせて暴れている。
「た、食べられたぁぁぁぁっ!?」
「助けてくれぇぇっ! リタイア! リタイアしますっ!!」
残されたチームメンバーたちは悲鳴を上げ、
慌てて救助用の信号弾を打ち上げた。
直後に救助隊の教員たちがなだれ込み、
救出と引き換えに『Aチーム失格』が告げられる。
開始わずか三分。
油断が命取りになるダンジョンの凄惨な現実に、
周囲の受験生たちの顔から一気に血の気が引いていった。
「な、なんて恐ろしい場所なの……」
メイビスが顔を青くして震え、
カインも「く、狂気の沙汰だ……」とメガネをカタカタと鳴らしている。
メルに至っては「たべられちゃうの……?」と俺の服の裾をぎゅっと掴んできた。
「大丈夫だよ、みんな」
俺はみんなの前に立ち、
優しく微笑みかけた。
「俺がみんなを守るから。ゆっくり、安全に行こう」
◇
魔導原生林ダンジョン――そこは、
学園都市の地下に広がる広大な広葉樹林の階層で、
凶暴な魔獣が生息し、夜間は急激に気温が低下する極限の環境だ。
試験の目的は、ダンジョン内に点在する「五つのチェックポイント」を巡り、
七十二時間後にゴール地点へ到達することだった。
慎重に進みながら、
開始から十二時間が経過した、最初の夜。
「ハァ……ハァ……もう無理……足が動かないわ……」
メイビスが太ももを押さえ、大木の根元に倒れ込んだ。
ツインテールはボサボサになり、
綺麗な法衣は泥だらけだ。
「フン……僕としたことが……足腰が限界を迎えるとはね……」
カインもメガネをずらしたまま地面に崩れ落ち、
メルに至っては「お腹空いて……目が回るぅ……」と目を回している。
それも無理はない。昼間のショックと慣れない山道、
いつ魔物が襲ってくるか分からない緊張感の中、
三人とも精神的にも肉体的にも限界を迎えていたのだ。
周囲の他のチームも同様だった。
あちこちで受験生たちが横たわり、
過酷な疲労と睡魔に耐えかねて脱落者のサインを掲げていた。
「おい、交代で不寝番を立てろ……」
「ダメだ、眠すぎて魔法の詠唱が頭に入らない……」
過酷な環境が、
受験生たちの体力を容赦なく削っていく。
だが――そんな極限状態の中で、
俺だけはケロッとした顔で立っていた。
「みんな, 大丈夫かい?」
俺は手際よくリュックサックから毛布を取り出し、
震えるメイビスの肩にそっと掛けた。
さらに水筒を渡し、
メルの口には保存食の干し肉を小さくちぎって含ませてあげた。
「イリス……アンタ、なんでそんなに平気なのよ……?」
メイビスが信じられないといった目で俺を見上げてくる。
十二時間以上、
俺はメルの荷物と全員分の予備装備が入った超巨大なリュックを一人で背負って歩き回っていたのだ。
肩の骨が砕けてもおかしくないほどの異常な重量のはずだった。
それなのに、俺の額には汗一つ浮かんでおらず、息乱れ一つない。
「あ、俺ですか? 俺、睡眠の貯金がありますから!」
俺は笑顔で答えた。
「睡眠の貯金だぁ!?」
「はい! 俺、何日眠らなくても全然平気な体質なんです! お腹はしっかり減りますけど……疲れは全然感じないんです! だから、みんなは安心して寝てください。夜間の警備は俺が全部やりますから!」
「な……なに言ってるのよ! 七十二時間不眠不休なんて、できるわけないでしょ! アンタ死んじゃうわよ!?」
メイビスが驚いて叫ぶけれど、俺は優しく首を振った。
「大丈夫です。俺の体は……そういう風にできてるみたいなんです。だから、みんなの体が元気になるまで、俺に任せてください」
俺は周囲の倒木を集めると、
そっと力を整えて静かに薪のサイズに折り揃え、音を立てずに焚き火を起こした。
温かい火の光が、冷え切った暗闇を照らし出す。
「さあ、横になってください。魔物が来たら、俺が絶対に近づけさせませんから」
俺は笑みを浮かべ、
焚き火の傍らで静かに立ち上がった。
疲れ果てた三人組は、俺の隣で泥のように深い眠りへと落ちていった。
◇
闇が深く重くなる深夜。
原生林の闇の中から、赤く輝く無数の眼光が浮かんできた。
夜行性の魔獣――
『シャドウウルフ』の群れだ。鋭い牙と爪を持ち、
集団で襲いかかって獲物を食い殺す危険な魔物である。
「ルゥゥゥ……ガァッ!」
十数頭のシャドウウルフが、
眠っているメイビスたちに向かって一斉に跳びかかってきた。
普通なら、大惨事となる局面。
だが――。
シュッ……。
俺は、跳びかかってきたシャドウウルフの前に立ちふさがった。
そして、一切の音を立てずにその巨大な胴体を「そっと」両手で受け止めた。
(丁寧に……丁寧にやるんだぞイリス……! 力任せに押したら大変なことになるから、猫を抱っこするように……そっと……!)
俺はシャドウウルフの首根っこを優しくつまむと、
そのままクルリと旋回し、そっと放り投げた。
ぽいっ。
「ふぎゃんっ!?」
投げ飛ばされたシャドウウルフは、
別のシャドウウルフと重なり、茂みの中へと転がり込んでいく。
「グルルッ!」
群れのボスと思われる巨大なウルフが、
猛然と俺の喉元へと噛み付いてきた。
ガチィィィンッッ!!
鋼鉄を噛んだような、鈍い金属音が響く。
俺の喉元の皮膚には傷一つついていない。
シャドウウルフの鋭い牙の方が、ポロポロと砕け散っていった。
「ギャンッ!? ギャンギャンッ!?」
俺は痛がるウルフの頭を、よしよしと優しく撫でてやった。
「ごめんね、俺の体、硬いんだ。ほら、みんなが寝てるから、あっちへ行きな」
俺が静かに、
だが圧をかけすぎないように気をつけて前へ一歩踏み出すと、
シャドウウルフの群れは恐怖に尻尾を巻き上げ、
悲鳴を上げながら闇の奥へと逃げ出していった。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
(よかった……誰も傷つけずに追い払えた……。力の調整、少しずつコツが掴めてきたぞ……!)
――ザザッ。
その時、背後の深い茂みから、かすかな葉擦れの音が聞こえた。
(……ん? まだウルフが残ってたのかな?)
俺はそっと音のした草むらへ歩み寄り、
茂みをかき分けて中を覗き込んだ。
「……誰も、いないな」
月明かりに照らされた茂みの奥には、
ただ冷たい夜風が吹き抜けているだけだった。
足跡も、気配すらも残っていない。
ただ、気のせいにしては、
何かにずっと“見られていた”ような感覚が、
肌の表面にうっすらと残っていた。
(……風の音だったのかな)
首をかしげながら、俺は焚き火の場所へと戻った。
焚き火の温かな火の粉が、夜空へと静かに舞い上がっていく。
すやすやと寝息を立てる三人を見つめながら、俺は朝が来るまで静かに不寝番を続けるのだった。




