第15話:やらかし
「次! 受験番号四〇三番……イリス!」
「はい!」
俺は元気よく返事をし、ゆっくりと前へ進み出た。
俺の前方に立ちはだかるのは、
先ほどアルベルトが青い炎で溶かした標的と同型の、
高さ五メートルを超える巨大な『金剛魔導鋼』のブロックだ。
城門の装甲板にも使われる、
世界で最も硬度が高いとされる魔法金属の固まりである。
試験官の男は、
手元の書類と俺の姿を交互に見比べ、
怪訝そうに眉をひそめた。
「む……受験生イリス。お前の装備はどこだ? 杖も剣も所持していないようだが……魔法の媒介器はどうした?」
「あ、俺、魔法は使えないんです」
俺が素直に答えると、
会場全体がドッと静まり返り、
直後に大きな爆笑が巻き起こった。
「ハハハハハ! 魔法が使えないだって!?」
「何しに来たんだあいつ! ここは魔術学院だぞ!?」
「おいおい、素手であの金剛魔導鋼を叩くつもりかよ! 拳が粉々になるぞ!」
試験官も頭を抱え、呆れたように溜息を吐いた。
「ハァ……やれやれ。筆記免除の特例枠だというから期待してみれば……。良いか、イリス。ここは破壊力と制御力を測る場だ。魔法が使えんのなら、試験にならん」
「いえ、手法は問わないって聞いてます! 投擲でも良いんですよね?」
「投擲……? 投げるものなど持っておらんではないか」
俺は足元を見渡した。
演習場のグラウンドの端の方に、
建築の余りと思われる指先ほどの小さな小石が落ちていた。
俺はかがみ込み、その小石をそっと拾い上げた。
「これを使います」
「……は?」
試験官は自分の耳を疑った。
観客席からも、呆れを通り越して哀れむような視線が注がれる。
「小石……だと? お前、あの金剛魔導鋼に向かって、そんな小石を投げるつもりか?」
「はい! 特訓してきた最高の『手加減』で、あの標的に軽く当てて見せます!」
俺は至って真面目な顔で頷いた。
(よし……大丈夫だ。野原で六日間特訓した成果を見せる時だ。あの時成功した『ぽてん』投法……! ぽてんと標的にぶつかって地面に落ちるくらいの力加減で投げるんだ。あれなら誰も傷つけないし、物も壊さない!)
アルベルトは腹を抱えて笑っていた。
「ククク……ハハハ! 最高のコメディだな! おい野良犬、怪我をしないうちにその小石を置いて失せるが良い! 金剛魔導鋼に小石を投げたところで、跳ね返って自分の額に刺さるのがオチ――」
「いきます!」
俺は耳を貸さず、すっと足幅を広げた。
(落ち着け……身体の力を抜け。そっと、優しく放すんだ……)
俺は親指と人差し指で小石をつまみ、標的に向かってそっと腕を振った。
(いけ……!『ぽてん』投法――!!)
――だが、次の瞬間。
「あ……」
投げるために一歩を踏み込んだ瞬間、俺はハッとした。
特訓していた野原の「柔らかい土」とは違い、
ここはカチカチの「硬い石畳」だったのだ。
足裏に伝わる地面の踏み心地がいつもとまるで違うことに一瞬動揺してしまい、
指先から小石を放すタイミングと感覚が狂ってしまった。
ほんの少し力加減を間違えただけだった。
けれど、そのわずかなズレのせいで、
小石はそっと飛ぶどころか、
目にも留まらない猛烈なスピードで射出されてしまった。
(やばっ……失敗したぁぁぁっ!!)
「え?」
アルベルトの笑い声が途切れた。
試験官の表情が凍りついた。
観客席の教員たちが目を見開いたのと同時に、
俺の手から離れた小石は、
けた外れの勢いのまま標的に向かって一直線に飛んでいった。




