第14話:試験
老人――ボゼル(と名乗らない教員)と共に街道を進むこと数日。
俺は道中、老人から様々な話を聞いた。
魔法の基礎理論、世界の歴史、そして学術都市アルテミアに集まる若者たちの様子。老人の話はどれも興味深く、世間に疎い俺にとって、喉の渇きを潤す水のようにぐんぐんと頭に入っていった。
そして、ついに目指す目的地がその姿を現した。
「おお……すげえ……!!」
丘の頂上から眼下を見下ろした俺は、思わず感嘆の声を上げた。
そこに広がる景色は、商業都市ルグランをも遥かに凌ぐ規模を誇る、
巨大な白亜の学術都市『アルテミア』だった。
都市の中央には、天を突くような高さを誇るいくつもの尖塔と、
巨大なドーム状の建造物がそびえ立っている。
それが世界最高の魔法教育機関『アルテミア魔術学院』だ。
その周囲を取り囲むように美しい白石で出来た街並みが広がり、
空中には魔導船や大きな伝書鳥たちが飛び交っている。
「あれが学術都市アルテミアじゃ。街全体が魔術学院を中心に回っておる、知識と若者たちの都よ」
老人はパイプの煙をくゆらせながら、自慢げに胸を張った。
「世界中から、自身の才能を試そうと毎年数千人の若者が押し寄せる。……イリスよ、おぬしもあの学院の『選抜試験』を受けるつもりか?」
「選抜試験……? 俺みたいな魔法が使えない人間でも、受けられるんですか?」
「ほっほっほ! アルテミア魔術学院は懐が深くてな。『手法は問わない』のが伝統じゃ。魔術師であれ、剣士であれ、あるいはまったく新しい異能の持ち主であれ……志と実績、そして何より『人間性』があれば誰でも門戸は開かれておる」
老人は俺の肩をポンと叩いた。
「受付は今日までじゃ。さあ、行くが良い。おぬしの『手加減』が、あの堅物な試験官どもにどう評価されるか、楽しみにさせてもらうぞ」
「教員さん、色々ありがとうございました! 試験、頑張ってみます!」
俺は老人に深く頭を下げると、
元気に坂道を駆け下りていった。
老人は俺の背中を見送りながら、
パイプを口から外し、ふっと目を細めた。
「……ふむ。魔力反応は皆無。だが、体内に秘められたあの高密度の生命エネルギー……一体どんな存在なんじゃ、あの子は……」
老人は自らの白ヒゲを愛おしそうに撫でた。
「そして何より素晴らしいのは、あの温かい心じゃ。圧倒的な力を持ちながら、誰よりも人間らしくあろうと苦悩し、優しさを求め続ける……。ほっほっほ! 今年の新入生選抜は、近年稀に見る大化け物が揃いそうじゃわい!」
老人の身体が、一瞬で青い光の粒子となってかき消えた。
◇
学術都市アルテミアの正門をくぐると、
街の中は受験生たちとその保護者、
そして観光客たちでごった返していた。
華やかな高級貴族の衣装を身に纏った高慢そうな若者。
地方の村から一攫千金を狙ってやってきた野心溢れる若者。
怪しげな黒ローブを羽織った異端の魔導士。
「おい、見たか? 今年の筆記試験、トップ成績を出したっていうあの女の子」
「ああ……エレナ・グレインハットだろ? 地方の農村出身らしいが、古代魔導理論の筆記テストで満点を叩き出したらしいぜ」
「マジかよ! 特例でAクラス確定だって噂だぞ!」
すれ違う受験生たちの会話が、俺の耳に飛び込んできた。
(え……?)
俺の足が、ピタリと止まった。
(いま……エレナって言ったか……!?)
胸の奥が、ドクンと激しく跳ね上がった。
エレナ・グレインハット。
あの村で、俺を温かく迎え入れてくれた大切な女の子。
(エレナが……ここにいるのか……!?)
俺は街の雑踏を見回した。
だが、溢れかえる人波の中で、彼女の姿を見つけることはできなかった。
(そうか……エレナも、勉強するためにここへ来たんだ……! 筆記試験で満点なんて、本当にエレナはすごいな……!)
俺の胸に、溢れんばかりの歓喜と、温かい感情が込み上げてきた。
だが、同時に固い決心も芽生えた。
(俺も……受からなきゃダメだ! エレナと同じ学校に入って、胸を張って『俺も頑張ってるよ』って言えるようになりたい!)
俺は受験票を受け取るため、特設された巨大な試験会場『第一演習場』へと急いだ。
演習場の中は、すり鉢状の観客席に囲まれた巨大な闘技場のような作りになっていた。
中央のグラウンドには、数百人の受験生たちが固まり、緊張した面持ちで試験開始の合図を待っている。
「これより、アルテミア魔術学院・第一特例選抜試験『実技・標的破壊テスト』を開始する!!」
宙に浮く魔導スピーカーから、厳格な試験官の声が響き渡った。
「課題は至ってシンプルである! 手法は問わない! 魔法、剣技、あるいは投擲……どのような手段であれ、目の前の標的に向かって自身の全力を叩きつけ、その破壊力と魔力制御の精度を提示せよ!」
グラウンドの最前列には、特殊な魔導合金で作られた巨大な「標的」が十数個、並べられていた。
試験官の宣言に、受験生たちがざわめいた。
「全力を見せればいいんだな!」
「俺の超火炎魔法を見せてやるぜ!」
俺は隊列の後ろの方で、自分の指先をそっと見つめた。
(全力を叩きつけろ……か。そんなことをしたら、この街ごと消し飛んじゃうよ……)
俺は苦笑いしながら、野原で特訓したあの『ぽてん』という手加減投球の感覚を頭の中で反芻した。
(大丈夫。俺は手加減を覚えたんだ。……あの特訓通り、ごく普通の人間に見えるくらいの『手加減』で、あの標的に当ててみせる!)
俺の順番が、刻一刻と近づいていた。
◇
『アルテミア魔術学院』第一演習場。
巨大なドーム状の天井からは、
日差しを模した魔導光が燦々と降り注ぎ、
すり鉢状の観客席には多くの教員や上級生、
そして関係者たちが詰めかけていた。
「次! 受験番号四〇二番、アルベルト・フォン・ローゼンバーグ!」
試験官の声が響き渡ると、観客席から歓声が上がった。
銀刺繍の施された豪華な高級シルクの法衣を纏った金髪の青年が、
悠然とした足取りで前へと進み出る。
名門貴族の出身であり、筆記試験でも上位の成績を収めた期待の新人だ。
アルベルトは手に持った純銀の魔導杖を高く掲げ、朗々と詠唱を開始した。
「吹き荒れよ、青き猛炎! 敵を焼き尽くす審判の槌となれ――『青炎爆裂破』!」
杖の先端から放たれた青い炎の濁流が、
空気すらも歪めながら一直線に特設ターゲット
――高圧で圧縮された『金剛魔導鋼』の巨大標的――へと叩きつけられた。
ドカァァァンッッ!!
激しい爆音と共に、青い炎が爆ぜる。標的の表面はドロドロに溶け落ち、周囲に熱風が吹き荒れた。
「おおおっ! すばらしい! 溶融度八十パーセント! 素晴らしい魔力密度だ!」
試験官たちが興奮気味に採点板へ筆を走らせる。
アルベルトはフッと不敵な笑みを浮かべ、
後方の受験生たちを誇らしげに見下ろした。
「フン、所詮はこの程度の標的か。我がローゼンバーグ家の秘伝魔術の前には、紙切れも同然だな」
受験生たちからは溜息と感嘆の声が漏れる。
「すごい……さすがローゼンバーグ家だ……」
「今年のトップ合格候補の一人だけはあるな……」
そんな喧騒の最果て、
列の最後尾で、俺は一人ぽつんと佇んでいた。
背中には年季の入ったリュックサック。
身につけているのは、ルグランの街で買った至って普通の布服。
魔導杖も持っていなければ、剣すら腰に下げていない。
(みんな、すごいなぁ……手に持った杖から炎や氷を出すなんて、本当に魔法って不思議だ)
俺は純粋な感嘆の眼差しで他の受験生たちを見つめていた。
自分には魔法の魔の字も分からない。
体内に『魔力』というエネルギーが存在しないため、
魔法を発動させる回路そのものが存在しないのだ。
「おい、見ろよあいつ。杖も武器も持ってねぇぞ」
「装備なしで実技試験に来たのか? バカじゃないのか?」
「筆記試験の免除枠で滑り込んだ地方の力バカだろ。どうせ魔力ゼロで落とされるさ」
周りの受験生たちから、
容赦ない嘲笑とヒソヒソ話が聞こえてくる。
アルベルトも俺の身なりと無装備な姿に気づくと、
露骨に見下すような鼻笑いを漏らした。
「ハッ、失笑ものだな。魔法学校の門を叩きながら、手ぶらで立つとは。身の程を知らん野良犬が紛れ込んだものだ」
だが、俺はそんな周囲の侮蔑の視線など全く気にしていなかった。
俺の頭の中を占めていたのは、ただ一つ。
(野原での特訓を思い出せ……。あの時出来た『ぽてん』だ。あの奇跡の手加減を、もう一度ここで再現するんだ……!)
俺は自分の右手を持ち上げ、指先をまじまじと見つめた。
力加減を間違えれば、大変なことになってしまう。
「次! 受験番号四〇三番……イリス!」
試験官の声が、演習場に響いた。




