第12話:アルテミアへ
ギルドの大広間へ流れ込んだルークたちは、床に崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。
「ギ、ギルドマスター……っ! 医者を……最高のヒーラーを呼んでくれ……っ! エレノアの腕が……クラリスの魔力が……っ!!」
ルークは必死に受付カウンターで叫ぶ。
ギルドの2階から、重々しい足音が響いて下りてきた。
ギルドマスターのバロルドさんだ。
バロルドさんは眼下に広がる『暁の光』の凄惨な状況を見つめ、
深いため息をつくと、静かに羊皮紙の書類を抱えたまま彼らの前で立ち止まった。
「……随分と悲惨なザマだな、王都の『天才』諸君」
バロルドさんの声には、同情の色は一切なかった。
「ぎ、ギルドマスター……っ! 聞いてくれ!」
ルークは血走った目をバロルドさんに向け、狂ったように責任をなすりつけ始めた。
「ハメられたんだ! あの『教育係』のイリスにだ!! あいつは……あいつは人間の皮をかぶった化け物だった! 罠を乱暴に刺激し、無駄に暴れ回って爆風を巻き起こし、エレノアの腕を破壊したんだ! あいつが……あいつが俺たちを殺そうとしたんだよ!!」
ライアンも泡を吹きながら同調する。
「そうだ……っ! こいつの言う通りだ! あいつは……あいつは味方のふりをした刺客だ! 今すぐイリスの冒険者ライセンスを剥奪し、国家指名手配にして死刑に処すべきだ!!」
ルークとライアンは、
自分たちの保身のために俺へすべての罪をなすりつけようと激しく叫び立てていた。
バロルドさんは彼らの醜悪な叫びを、冷ややかな眼差しで見下ろしているだけだった。
「言い終わったか?」
バロルドさんの低い声が、静かに広間に響いた。
「な……?」
「ルーク。お前たちは本当に、どこまでも救いようのない『お坊ちゃん』だな」
バロルドさんは抱えていた書類の中から、
一枚の羊皮紙を取り出し、
ルークの顔前へと叩きつけた。
「これは……?」
「イリスが提出した、探索の定期報告書……ではない。イリスから預かっていた『記録の魔導具』の映像ログだ」
バロルドさんが指先で小さな水晶に魔力を通すと、
広場の中央に立体的な光の映像が浮かび上がった。
そこに映し出されていたのは――
地下宮殿の中で繰り広げられた、隠しようのない「真実」だった。
疲労困憊のエレノアとクラリスを無視して強行を命令するルークの姿。
俺の「休憩しよう」「この先は危険だ」という正当な助言を、
「鬱陶しい」「指示を出すな」と激怒して振り払うルークの醜態。
焦りから足元の罠を踏み抜いたライアンの失策。
そして――
俺の制止を振り切ってキルゾーンになだれ込み、
全滅の危機に瀕した彼らの惨状。
「な……に……っ!?」
ルークの顔から、完全に血の気が引いた。
広場に集まっていたベテラン冒険者たちから、
激しい蔑みと呆れのブーイングが巻き起こった。
「なんだあれ……完璧に自業自得じゃねぇか!」
「イリスは何度も警告してくれてたじゃねぇか!」
「疲れて判断力が鈍ってるのにプライドだけで突っ込んで、罠踏んで全滅しかけた? ギャグかよ!」
「それを全部イリスさんのせいにして擦り付けようとしたのか? 最悪だな……!」
周囲からの容赦ない糾弾の声が、突き刺さる。
バロルドさんは腕を組み、冷酷なまでに「現実」を突きつけた。
「イリスの手加減を知らん暴走で巻き添えを食った、という点においてのみ、お前たちに同情の余地はある。……だがな、ルーク。そもそもお前たちがイリスの助言を聞き、体力を温存し、無理な侵入を避けていれば、あの罠が起動することも、イリスが力を振るう必要すらもなかったのだ」
「あ……あ……っ」
「イリスはお前たちを助けるために、あの化け物じみた力を使ったのだ。彼がいなければ、お前たちは地下五層で全員ゴーレムの足蹴にされて、骨も残らず潰されていた。……それが分からんほど、お前たちの頭は腐っているのか?」
バロルドさんの喝破に、ルークは返す言葉を失い、ガタガタと震えるしかなかった。
「エレノアの右腕の骨折は重度だ。ルグラン最高の治療院へ運ばせるが、元通りに魔法の杖を握れるようになるかは分からん。ライアンの足も同様だ。……そして何より」
バロルドさんは冷たく告げた。
「『暁の光』。お前たちのAランク遺跡攻略失敗、および重大な判断ミスによるパーティ崩壊の事実は、王都の冒険者ギルド本部へすべて報告させてもらう。お前たちのBランク評価は即座に凍結、降格処分だ。……二度と『天才』などと名乗るな」
「そんな……っ! 嫌だ……嫌だぁぁぁっ! 俺の……俺の栄光が……っ!!」
ルークは床に頭を擦り付け、
惨めに涙を流して発狂するように叫んでいた。
だが、彼を助けようとする者も、
同情の視線を送る者も、この街には誰一人として存在しなかった。
◇
ルークたちが医療班によって引きずられていった後。
少し遅れて追っていた俺は、静かにギルドの扉を開けた。
傷一つ負わず、いつも通り安物の胸当てを着け、
手ぶらでリュックを背負った俺が入っていくと、
広場にいたベテラン冒険者たちが一斉に俺へ視線を向けた。
だが、そこにはルークたちへ向けられたような蔑みは一切なかった。
「あ……イリスさん……!」
受付の女性職員が駆け寄ってくる。
俺は少し申し訳なさそうに、頭を下げた。
「バロルドさん……すみませんでした。俺……みんなを上手に守れませんでした。エレノアの腕を壊しちゃって、ライアンの足にも怪我をさせて……。みんなを怖がらせてしまいました」
俺の言葉は、自分に対する後悔と至らなさでいっぱいだった。
ルークたちに罵倒されたことも、
罪を擦り付けられそうになったことも、
俺は全く怒っていない。
ただ「自分の力の加減が上手くいかず、人を傷つけてしまった」という自分の未熟さを、本気で悔いていた。
バロルドさんは階段を下りてくると、
俺の肩を力強くポーンと叩いた。
「バカ野郎。反省するのはお前じゃない」
「え……?」
「あの映像を見させてもらった。お前はよくやったよ、イリス。あんな聞く耳を持たん愚か者どもを見捨てず、命を救って連れ帰ってきたんだ。冒険者として……いや、人間として満点の働きだ。まぁ~力加減は覚えるべきだったが……」
「でも……俺、みんなに『化け物』って言われました」
俺は自分の手を見つめ、寂しそうに呟いた。
「俺の力は……やっぱり大きすぎるみたいです。人間と一緒にいたら、俺はいつか誰かを壊してしまうかもしれない……」
すると、広場にいたベテラン冒険者の一人が、酒瓶を片手に歩み寄ってきた。
「へっ! 何言ってんだ、イリス!!」
「え……?」
「俺たちは知ってるぜ! お前がこの街で暴れ馬を素手で止めたり、崩れた石垣を一人で支えて子供を助けてくれたことをな!」
「そうだぞ! 力が強すぎるなら、俺たちが扱い方を教えてやるよ!」
「イリスを『化け物』なんて言う奴は、このルグランには一人もいねぇ! 俺たちの最高の仲間だ!」
「「「そうだそうだ!!」」」
ギルド全体から、温かい歓声と笑い声が巻き起こった。
ルークたち王都のエリートは、
俺の力を「恐怖」としてしか受け取れなかった。
でも、この叩き上げの街の冒険者たちは、
俺の力ではなく「心」を見てくれていたんだ。
俺は目を丸くし、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(ああ……俺を……受け入れてくれる人たちもいるんだ)
「ありがとう……みんな」
俺は深く、深く頭を下げた。
♢
その夜、俺はルグランの街外れにある小さな丘の上に立っていた。
眼下に広がる商業都市の灯りは、
まるで地上に降りた星空のように美しくきらめいていた。
「ここにいたか、イリス」
背後から声がした。
ギルドマスターのバロルドさんだ。
バロルドさんは手にした革袋から、
ずっしりと重い金貨の袋を取り出し、俺へと手渡した。
「今回の依頼料だ。『暁の光』の護衛と、指名手配級魔導遺跡の調査報酬。余るほどあるぞ」
「こんなに……いりませんよ」
「受け取れ。お前が正当に得た報酬だ。それに……お前はもう、この街を出るんだろう?」
バロルドさんの言葉に、俺は驚くこともなく、静かに頷いた。
「……はい。ルグランの街はすごく楽しかったです。バロルドさんも、みんなも親切にしてくれた。……でも、俺はもっと世界を知りたいんです」
俺は自分の手を見つめた。
「俺の力で、怪我をする人が出ないように……どうすれば力をコントロールできるのか、どうすればみんなと上手に一緒に生きていけるのか。もっとたくさんの場所に行って、いろんな人に出会って……勉強したいんです」
今回の『暁の光』との出来事は、
俺にとって苦しい経験となったと同時に、
大きな「学び」でもあった。
俺が一歩踏み出す決意を固めていると、
バロルドさんは不敵に笑い、髭を撫で回した。
「ふっ……良い顔になったな。……なら、次の目的地を教えてやる」
バロルドさんは懐から一枚の羊皮紙の地図を取り出し、
ルグランからさらに西へ進んだ場所を指差した。
「西にある学術都市『アルテミア』だ。そこには世界中の知識が集まる大図書館と、世界最高峰の魔術師たちが集う『魔術学院』がある。……お前のような力について、何かしらの知恵を持っている奴がいるかもしれん」
「学術都市……アルテミア」
俺はその言葉を口の中で転がした。
「ああ。ついでに、あの街には旨い酒と、美味い肉料理があるぞ」
「本当ですか!? 行きます!」
俺の顔に、いつもの笑顔が戻った。
◇
翌朝、東の空が白み始める頃。
俺は誰にも告げずに、
商業都市ルグランの西門へと向かっていた。
大騒ぎして見送られるのは、どこか気恥ずかしかったからだ。
だが――西門の前に、人影があった。
「……やっぱり、ここを通ると思ったよ」
ギルバードさんと、俺に果物をくれた露店のおばちゃんたちが、
大きな包みを抱えて立っていた。
「ギルバードさん……みんな……どうして?」
「バロルドから聞いたんだよ。『イリスが今朝旅立つ』ってな」
ギルバードさんは苦笑しながら、
大きな特製のリュックサックを俺の肩に担がせた。
「これは旅用の特製保存食だ。特製の燻製肉と、干し果物がたっぷり入っているぞ」
「こっちは新しい靴と、頑丈な服だよ! イリスちゃん、どこへ行っても元気でね!」
街の人々が、次々と俺へ温かい差し入れと笑顔を贈ってくれた。
「みんな……ありがとうございます」
俺は胸がいっぱいになり、深々と頭を下げた。
「行っておいで、イリス。お前はどこへ行っても、俺たちの自慢の冒険者だ!」
「はい! 行ってきます!」
俺は街の人々に手を振り、
朝もやがかかる西への街道へと足を踏み出した。
朝日に照らされる一本道。
背中のリュックは少し重くなったけれど、
俺の心は風のように軽かった。
『暁の光』のみんなを守りきれなかった悔しさや、
力に対する迷いはまだ消えたわけじゃない。
けれど、俺の「人間を知るための旅」は、
学術都市アルテミアという新たな舞台へと続いていくのだった。




