第11話:帰還
大広間では、まさに最後の引き金が引かれようとしていた。
倒れ伏すルークに向かって、二体の金剛石ゴーレムが巨大な足を振り上げていた。
それを踏み下ろせば、ルークの頭部は熟した果実のように潰れ、彼の命は完全に潰える。
「あ……あぁ……っ……」
ルークは血の泡を吹きながら、上空から振り下ろされる死の影を見上げていた。
「嫌だ……嫌だぁぁぁっ! 誰か……誰か助けてくれぇぇぇっ!!」
喉を潰さんばかりの悲鳴が聞こえる。
俺は通路を蹴り飛ばし、大広間へとなだれ込んだ。
ボカァァァァァァァァァンッッッ!!!!
広場全体が激しい大地震に見舞われたかのような衝撃波が駆け抜け、ルークの目の前に迫っていた金剛石ゴーレムの胴体は、跡形もなく吹っ飛んだ。
「……え?」
ルークが掠れた声を漏らし、自分の目を疑うように俺を見つめていた。
ゴーレムの胸から上が粉砕され、周囲に猛烈な風圧となって弾け飛ぶ。
俺は倒れているルークを一瞥することもなく、残ったもう一体のゴーレムへと向き直った。
残されたゴーレムが、未知の脅威を察知したのか、腕を巨大なハンマーに変形させて俺へと振り下ろしてくる。
しかし、その超重量のハンマーを避けることすらもしなかった。
ただ――左手で、ポンと受け止めた。
ドガァァァンッ!!
広場の床が円形に沈み込み、激しい土煙が舞う。
だが、俺の身体は一ミリたりとも動かない。
「……もう、終わりにしよう」
俺は静かに呟くと、右拳を軽く引き、ゴーレムの下腹部へと軽く触れるように叩き込んだ。
ズシャアアアアアアアアアンッッッ!!!!
金剛石の巨体が内側から幾重にも破裂を起こし、一瞬にして、ただの「黒い砂の山」へと姿を変えて崩れ落ちた。
完全な静寂が、広場を支配する。
俺は砕けたゴーレムの砂の山の上に立ち、ゆっくりと振り返った。
そこには、血まみれで倒れ伏し、ガチガチと歯を鳴らして震えているルーク、ライアン、クラリスの姿があった。
彼らの瞳の中にあったのは――もはや嫌悪や怒りではなかった。
ただ、俺に対する死以上の恐怖だった。
俺はその視線を静かに受け止め、争うこともなく、穏やかな声で告げた。
「みんな。もう敵はいない……帰ろう」
俺の言葉に答える者は、誰一人としていなかった。
♢
古代魔導遺跡『深淵の地下宮殿』から離れて、二日が経過した。
俺は彼らを地上まで無事に送り届けてから、少し離れて後をついていく形をとっていた。
近付くだけで彼らがパニックを起こしてしまうからだ。
都市ルグランの北門は、普段通り行商人の馬車や買い物客で賑わっている。
青空の下、活気ある声が飛び交うその中央広場に、彼らは辿り着いた。
「助け……誰か……誰か治療院を……っ!」
泣き叫ぶような声を上げながら、片足を引きずり、泥と汗にまみれて這うように歩いていたのはライアンだった。
自慢だったダガーは失われ、高級な皮革鎧はズタズタに引き裂かれ、太ももには血と膿が混ざり合った包帯が巻かれている。
そのすぐ後ろから、壊れた車輪の引き車を必死の形相で押していたのはリーダーのルーク。
あの眩いばかりに輝いていたミスリルのプレートアーマーは無惨に凹み、胸元には巨大な打撲痕。
引き車の上に横たえられているのは、エレノアとクラリス。
エレノアの右腕はあて木と包帯で固定されているものの、痛々しく歪んだまま動かない。
彼女の瞳は光を失い、焦点の定まらない泥のように濁っていた。
クラリスは高熱を出し、ルークの服の裾を握りしめたまま、「来ないで……化け物……助けて……」と、言葉を繰り返していた。
「おい、あれ『暁の光』じゃないか!? 王都から来たっていう……!」
「嘘だろ……あんなボロボロになって……何があったんだ!?」
広場を行き交う人々から、驚愕の視線が突き刺さる。
「退け……っ!退いてくれ……っ! 俺たちは……俺たちは王立アカデミーの……『暁の光』なんだぞ……っ!」
ルークは掠れた声で強がりを吐き捨てようとしたが、血の混じった咳き込みしか出なかった。
俺が手を出さずに見守る中、彼らは這うようにして、商業都市ルグランの冒険者ギルド本部へと向かっていった。




