第10話:迷い
「ハァ……ハァ……っ! 『聖なる光よ……我らを……癒せ……』っ!!」
クラリスの必死の詠唱と共に、エレノアの右腕の出血がようやく止まった。
だが、それはただの応急処置(止血)に過ぎない。
骨は粉砕されたままであり、
エレノアの意識は激痛と失血によって途切れ途切れになっていた。
「ル……ルーク……っ……私……もう……魔法が……撃てない……」
エレノアが青ざめた唇を震わせ、
弱々しくルークの胸元を掴む。
「大丈夫だ、エレノア! 俺がついている! すぐに地上へ戻って、治療院へ連れて行ってやる!」
ルークは必死に声を張り上げたが、
その瞳には焦りと絶望が色濃く差していた。
ライアンも、太ももから針を何とか引き抜き、
クラリスの包帯をきつく巻き付けて立ち上がったが、
とてもまともに走れる状態ではなかった。足を引きずり、
一歩歩くごとに苦悶の表情を浮かべている。
「ルーク……どうするんだ……? 戻るにしても……俺たちの魔力も体力も……限界だぞ……っ」
ライアンの指摘は、残酷な現実だった。
彼らは俺を「邪魔者」として追い払った。
だが、俺がいなくなったからといって、
彼らの惨状が好転するわけではなかった。
むしろ、最悪の状況に陥っていた。
広場の四方の壁が開いたままであり、
先ほど俺が粉砕した金剛石ゴーレム以外の「残りの二体の巨大ゴーレム」が、
依然として彼らを殺戮対象としてロックオンしたまま、
じりじりと距離を詰めてきていたのだ。
ズズズ……ズズズ……!
巨体が重低音を響かせ、巨大な金剛石の拳を振り上げる。
「くそっ……! 近寄るな、化け物どもがぁっ!!」
ルークは奮い立ち、聖剣を構えて躍り出た。
「『聖剣・車輪斬り』!!」
眩い光を放つルークの必殺の一撃が、
ゴーレムの脚部に叩き込まれた!
ガキィィィィンッッ!!
けたたましい金属音が響き渡り、
激しい火花が散る。
しかし――
ゴーレムの金剛石の装甲には、
僅かな浅い擦り傷が一つ付いたのみだった。
「な……なにっ!?」
ルークは目を剥いた。
全力を込めた聖剣の斬撃を、軽々と弾き返したのだ。
「そんな……バカな……!? 俺の聖剣の威力が……通じないだと……!?」
ルークは知らなかった。
金剛石とは、
世界の物理金属の中で最高の硬度を誇る鉱物であり、
本来はAランク上位の広域消滅魔法か、
専用の超重量打撃武器でなければ傷一つつけられない代物だということを。
俺が手で粉砕できたのは、
俺の力が人より少し強すぎたからに他ならない。
ルークはその事実を理解できず、
ただ自分の剣が弾かれた現実に絶句した。
ヴォォォォォンッ!!
ゴーレムの丸太のような腕が、一閃。
「ルーク様っ!?」
ガカァァァンッ!!
ルークの胸元にゴーレムの鉄拳が直撃した。
ミスリルの甲冑が激しく凹み、
ルークの身体は鞠のように吹き飛ばされて壁に激しく激突した。
「ガハッ……! ぐ、あ……っ!?」
口から大量の鮮血を吐き出し、壁からずり落ちるルーク。
胸骨が数本折れ、肺を圧迫していた。
「ルーク様ぁぁぁっ!?」
クラリスが悲鳴を上げる。
「くそ……くそがぁっ!!」
ライアンが短剣を投げつけるが、
ゴーレムの装甲に当たって虚しく弾き返されるだけだった。
残された『暁の光』。
魔法使いエレノアは意識不明、
盗賊ライアンは片足不随、
ヒーラークラリスは魔力切れ、
そしてリーダーの勇者ルークは肋骨骨折。
完全なる詰み。
彼らが信じて疑わなかった「完璧な才能」と
「王都最高の連携」は、最悪の形で崩壊したのだった。
◇
地下五層の奥深くに座り込んでいた俺の耳に、
地鳴りのような衝撃音と、かすかな悲鳴が届いた。
ズズズン……ガカァンッ!
「……!」
俺は弾かれたように顔を上げた。
(あの音……ルークたちの声だ)
俺の耳は、大広間で起きている激しい戦闘の音を正確に拾い上げていた。
(やっぱり……ダメだったんだ)
彼らは俺を拒絶した。
「化け物」「来るな」「二度と面を見せるな」と罵倒し、追い出した。
普通なら、放っておけばいい。
彼らが自分たちの過信で招いた結果であり、
俺にはもう関係のない話のはずだった。
しかし、俺は自分の両手を見つめ、固く握りしめた。
(死んじゃったら、もう元には戻らない。怪我は治せるかもしれないけれど、命が消えたら、二度と笑うことも、やり直すこともできないんだ)
俺の中で、迷いが消えた。
嫌われてもいい。
罵られてもいい。
「化け物」と呼ばれて、
二度と会えなくなったとしても
――今、あそこにいるみんなを殺させるわけにはいかない。
俺は床を蹴った。
ドォンッ!!
通路の石畳が弾け飛び、俺の身体は大広間へと一気に引き返す!




