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第6話 / 人の群れ

 外界。それは、鎮守府の管轄が及ばない範囲。簡単に言うのならば、鎮守府の領域外を指すものだ。

 そこに広がるのは、平穏に潜んだ殺意。鎮守府で生活する者たち、もとい転生した兵器や龍族には生きる権利が存在しないと、殺そうとする者たちが大勢いる。


 だが、所詮は人間が己の都合のために作った法。転生した兵器や龍族に何をしようと、もっと言うのであれば殺したとしえも実行犯が罪に問われることは決してない。

 最も、その行動にはそれなりの責任が伴うのだが―――


 「嬢ちゃんら、一回だけでいいから死んでくれねえか?」

 下卑た男の声が平穏を破壊する。その声は一人の女と二人の少女に向けられている。

 彼女たちは旧大龍帝國所属の者たち。それも、海軍の巡洋艦級の者たちだ。その手には、食糧が詰まった鞄を握られている。

 対して男は金属バットを手に持ち、手下と思われる者を数人連れている。明らかに、一般の者とはかけ離れた存在であった。


 少女たちは目を合わせる。そして、手提げ鞄を先頭に立っていた女に向かって突きだした。

 「紀龍さん、ここは私たちが」

 「そういうことなので食糧を頼みます」

 少女たちの言葉に、紀龍は一瞬困惑する。が、ここは彼女たちの成長機会になると考え、考えをまとめる。

 「分かった。ただし、危険であるようなら介入する」

 「「了解しました」」


 紀龍の承諾を得た二人は、食材の入った買い物鞄を紀龍に預け、男たちの前に立ちはだかる。

 少女たちは武器を持たない。そして、男たちな武器を持っている。普通に考えたなら、少女たちのほうが不利であるだろう。

 だが、そこに立つ相手が悪すぎた。そして、男たちは知らないのだ。龍族や転生した兵器は、身を守るための自衛権を放棄していないということを。


 ※


 「―――で、複数人の男を殴り飛ばしたと」

 「はい、そうです」

 「特に問題は無いかと」

 「大有りだ!」


 場所は鎮守府の執務室。少女たちは鎮守府の主、もとい暁翠の前に立たされていた。

 あれから少女たちは男たちを殴り飛ばし、警察に引き渡して鎮守府に戻った。法的拘束力の範囲外であるため、これは正当なものである。

 が、一つだけ問題があった。


 「お前たち、今日が何の日か分かるか?」

 「「イエス・キリストの誕生を祝う日です」」

 「日本では?」

 「「恋人や家族と過ごす日です」」

 「分かってるならどうしてそうなった!?」


 暁翠がここまで頭を抱える理由。それは、今日という日がクリスマス当日であることだった。

 欧州ではイエス・キリストの誕生を祝う日とされているが、日本では家族や恋人と過ごす日として知られている。

 無論、街は人で溢れかえっているわけで、そんな中で暴力沙汰が発生した。なおかつ、そこに旧大龍帝國の者が関わっている。

 当然、新聞社がこのようなネタを見捨てるはずがない。よって、鎮守府の門前に集まるのは必然的だと言える。


 しかし、それこそ二次被害だ。電話はひっきりなしにに鳴り響き、数人がかりで対応に追われている。

 門前では新聞記者が押し寄せ、門番を任された者が対応に追われる。物理的に多対一になるため、その労力は計り知れない。

 これらより、暁翠は呆れと怒りと擁護が混ざり合った複雑な感情を抱いていた。本音を必死に我慢して。


 「というか、紀龍はなぜ止めなかった? 近くに逃走経路はあっただろうに」

 暁翠は少女たちの背後に控える紀龍に目を向ける。紀龍はその目に宿る感情を知ってか知らずか、笑みを浮かべて言う。

 「たまには見せしめが必要でしょう?」

 「時と場合を考えてくれ……」

 暁翠は額を手で押さえ、椅子に深く腰をかける。そのまま視線を天井に向け、深くため息をつく。


 それと同時に、外の様子が気になった。どうにも、マスコミが騒いでいるようだ。

 暁翠は立ち上がり、外の様子を見てみる。そこには、門番を任されている二人と追加で一人、陸軍の者がマスコミを抑えている光景が広がった。

 門がそろそろ突破されそうで、危ない状況にあった。


 (困ったな……。ここは、睡眠ガスでも発生させるしか……)

 暁翠が睡眠ガスの使用を検討した瞬間だった。その瞳が、あり得ないものを捉えた。

 「おい、ちょっと待て! お前にはまだ早すぎる!」

 暁翠は慌てた様子を見せ、その場で叱責していた二人をよそに、一目散に執務室を飛び出した。

 暁翠が再び執務室に戻ってきたのは、それから三十分後のことである―――


 ※


 鎮守府の門前には、大勢の……いや、人間の大群ができていた。それらの人間はどこからか派遣された新聞記者で、約一時間ほど前に起こった暴力沙汰について、取材と言う名の横暴に訪れていた。

 門番を担当していた陸軍所属の重戦車である幻月と城月は、門を無理やりにでもこじ開けようとする新聞記者を追い払おうと必死だった。


 しかし、結局は二人で十数人の記者の横暴を止めきることはできず、隙を見て増援を要請する羽目になっていた。

 だが、増援に来たのは同じ重戦車の蔵月だけだった。

 海軍の者が増援に来てくれることを望んだのだが、それは叶わなかったようだ。


 だが

 「海軍所属の者が来たところでどうにもならない」

 と、三人は一致した考えを持っていた。

 海龍姉妹は爆雷回避の訓練中。

 神龍姉妹は夜間警備を終え、今は就寝している。

 風龍姉妹は出撃のため出払っている。

 斬龍姉妹は下手をすれば人間を殺しかねない。

 紀龍姉妹は電話の対応を任されているであろう。

 そして、それ以上の階級……戦艦や航空母艦の者は未だに復活していない。頼りになる者も、帰投していない。

 適任が、どこにもいない。


 必死にマスコミの波を防いでいる三人であるが、食い止めるのはそろそろ限界に近づいていた。

 ついには、門をよじ登って鎮守府に侵入しようとする者まで現れている。このままでは、本当に殺戮が起きかねない。


 (どうする……。寄月たち駆逐戦車の増援か? いや、それだけじゃ足りない……。せめて、鳳月がここにいてくれたら……)

 幻月は必死に考える。今こそ亡き仲間がここにいてくれたら、どれほど心強かったかと考える。

 しかし、答えは見つからない。圧倒的に時間が、足りない。

 もう、終わりだと思った。


 「静かにしろ!!」

 突如として、音割れした言葉が響いた。それは耳を劈き、敵味方関係なく平等に、ひどい耳鳴りを発生させた。

 耳鳴りが収まるのを待ってから、門番も、マスコミも、皆揃って声のする方向を向いた。

 門番の者たちは、この声に聞き覚えがあった。なにせ、一番気にかけていたものの声だ。嫌でも覚える。


 「日月……」

 幻月が言葉を零した。

 その視線の先には、鎮守府を囲うフェンスの上に立つ、療養服を身に纏ったままの日月の姿があった。


 門番たちはその場で困惑した。彼女は数日前、人間に怪我を負わされてから療養室で寝かされていたはずだ。今この瞬間も、ベッドの上にいなければおかしい。

 にも関わらず、彼女はこの場にいる。それも、足場の狭いフェンスの上に立って。 


 日月はフェンスから飛び降りると、華麗にその場に着地する。穿たれた脇腹をいたがる素振りすら見せず、表情一つ変えていない。

 そんな彼女を、重戦車三人衆は恐ろしく感じた。

 怪我のことだけが理由ではない。その瞳の奥に見える黒い炎が、さらに勢いを増しているように見えたのだ。


 日月は拡声器を捨てた。目を閉じて深く息を吸い、拳を強く握りしめる。腕が小刻みに揺れ、こみ上げてくる何かを必死に抑える。

 そして、彼女は目を見開いた。獣すら凍りつかせるような瞳で、眼前にいる害悪どもに向け、これまで抑えてきた怒りを爆発させる。

 「随分とお高く留まったものだな。死が隣り合わせな私たちと違って、お前たちは明日のことを考えながら温かい飯を食べている。にも関わらず、その安全を作ってる奴らを殺すのか?」


 静かで淡々と続く言葉。一見すれば、彼女は怒っているように見えない。問いを投げかけているだけに見える。

 だが、彼女の瞳にははっきりと映っていた。眼前の人間に向けられた、明確で濃い、殺意の炎が。


 ただならぬ威圧感に、本来なら制止する立場にある重戦車三人衆はその場から動けなかった。

 記者たちも彼女の口から吐き出される言葉の威圧に押され、いつもの理不尽極まりない反論すらできなくなっていた。


 「私の腹は人間に穿たれた。それも、国を担うはずの若者に。私の同期は人間に殺れた。そして、苛烈な暴力の末に死んだ」

 日月は拳を握る力を強くする。

 「だが、お前たちの国の司法は奴に罰則を課さなかった。そして、元帥に多大な負荷をかけた。金銭面でも、精神的にも」


 日月の瞳に宿るものが、さらに勢いを増した。

 「これ以上まずい」と、一番近くにいた蔵月が彼女を制止しようとする。

 しかし、それよりも前に日月の瞳が動いた。小さくなったトパーズ色の瞳が、蔵月を強く睨みつける。

 「邪魔をするなら、仲間であろうと殺す」

 そう、瞳は警告していた。

 彼女より立場が上である三人は、この威圧に負けてしまった。


 日月の殺気は、再び人間へと向いた。

 「二〇〇年。その空白の間に、お前たちは忘れたのか? 戦争が生み出すものを」

 彼女は問う。二〇〇年前、第二次世界大戦が、大東亜戦争が日本に何をもたらしたのかを。

 その問いに答える者はいない……かのように思われた。


 「多くの人が犠牲になった。軍人も、民間人も、敵も味方も関係なく、多くの命が失われた」

 そう答えたのは、年季の入った男だった。ほうれい線がはっきりとしており、髪も白くなっているところあら見て、この中では最も年配の記者なのだろう。

 だが、日月にとってそんなことは関係ない。問うべきことを、この男に問う。


 「そうね。戦争は何も生まない。残すのは、いつも深い爪痕だけ。その人々は、犠牲者や英霊と呼ばれている。だが、龍國はどうだ? この現状を、お前はどう見ている?」

 「……俺には何とも言えない。この戦争が、どこまで正しいのか……分からないんだ」


 男の言葉に、日月は表情を少し和らげた。求めていた答えを、男は的確に拾っていた。


 「……でもさ、ただが三人死んだだけで大げさじゃない?」

 若い女の声がした。それは、眼前の人間の誰かが言った。

 「そうだ、ただが三人で大げさだ。これは私たちのために必要な犠牲だ!」

 「人間でもないやつが、人間様に楯突くな!」


 若い女の言葉を皮切りに、最初の男を除く人間が様々な声を上げ始めた。それらは全て、鎮守府の者たちを“モノ”として扱う言葉だった。


 年配の男は気づいていた。日月だけではなく、門番を任せられている三人も、殺意に満ちた瞳をしていることに。このままでは、この場にいる全員が殺されると理解した。

 「待て、お前たち! これ以上は……」


 男は若き記者を止めようとする。

 しかし、龍國の者たちは既に攻撃態勢に入っていた。腰に携えていた光物を抜き、眼前の外道を斬り刻もうとする。


 しかし次の瞬間、突如として上から何かが振ってきた。それは、的確に日月の背後に降り立った。

 それと同時に、降り立った何かは日月をその場に押さえつけた。眼前の記者たちに襲いかからぬよう、腕や頭を押さえつけた。


 門番の三人も例外ではなかった。地面に押さえつけられなかったものの、首元に刃や砲口が向けられていた。動くことは、自殺に近しいものであった。


 男は、四人を静止した……いや、静止させた者たちに驚愕していた。

 病院服の女を押さえつけたのは、純白の軍服を身に纏った男―――この鎮守府の主だった。

 もう一人は、ここ最近配属されたと噂の超戦車だった。かつて、日本に寄港した際に見た重厚感はどこにもなく、一見すると可憐な女性のようだ。


 鎮守府の主は、女を押さえつけたまま、唯一まともな男に話しかける。

 「陸軍が迷惑をかけたようだな。こいつらには後でしっかり言い聞かせておく」

 「いえ、こちらが全て悪いのです。彼女たち仲間を守ろうとしただけです」


 男は鎮守府の主に頭を下げる。

 あまりにも意外だったのか、鎮守府の主は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。だが、それは僅かな苦い微笑みに変わる。


 「今日のところはそいつらを連れて帰れ。話が聞きたいなら後日来い。お前だけなら通してやる」

 鎮守府の主の言葉に、男は驚愕する。

 「よろしいのですか? 我々人間は、そちらのお嬢さんの同期二人の命を奪っています。それに、私は後輩への教育ができていませんでした。どんな顔をして対面してよいか……」


 男は下を向く。顔向けできないからだ。

 ここにいる記者は、男の後輩ばかりだ。彼らが行った行動や言動を止められなかったことに、男は責任を感じていた。

 また、鎮守府で出た死者の内、二人は人間によって殺された。その事実は、永遠に変わらないのだ。


 しかし、鎮守府の主は女を抱え上げながら言った。

 「その心があるなら大丈夫だ。いつでも歓迎する」


 その言葉が、男の胸をスッと横切った。心にあった何かが、少しだけ軽くなったような気がした。

 鎮守府の主が何を考えているのかは分からない。だが、せめて鎮守府主の言葉に応えようと思った。


 「お前たち、帰るぞ。帰ったら、このことについて緊急集会を開く。分かったら帰った帰った」

 男はそう言い、後輩たちを率いて本社に戻り始めた。

 ふと、振り返って鎮守府の門を見る。そこにはもう、誰もいなかった。負傷者も、門番も、純白の軍服を着た男も、そこから消えていた。

ここまで読み進めてくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。

ここまでの話はどうでしたでしょうか? 少しでもお楽しみいただければ幸いです。

大変図々しくございますが、星を一つでもつけていただけるとモチベーションが上がりますので、少しだけでも「面白い」「続きを読みたいと」思っていただけましたら、星での評価や感想など、よろしくお願いします。

さて、少し話は変わりますが、私の現状について報告させていただきます。

現在、私のリアルがとても忙しいため、投稿頻度が大きく低下することが予想されます。一カ月に二話ほど投稿できれば良い方だと思っていただければ幸いです。

また、この忙しい時期がどこまで続くかは未定であるため、長い目で見守っていただければ幸いです。

では、これにて後書きを終わりたいと思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

(記載日:2026年2月19日 深瀬凪波より)

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