第2話 / 再開
彼女……澪月は鋭い眼差しで私を見つめている。まるで、獲物を狙う狼のように。
だが、その本心は表情とは裏腹に、とても穏やかなものだった。その証拠に、
「水月さんが復活してくれて助かりました。これで鎮守府は安泰です」
と、安堵している様子が見られる。声色を確認しても、私に何かしらの不満を抱いているようではなさそうだ。
まあ、私が考えているような心配事は無いだろう。なぜならば……彼女は私の目の前でくつろぎながらお茶を飲んでいるからだ。
いや、そもそもとしてここはどこ。彼女に言われるまま着いてきたけど、ここに来るまでの道のりを全く覚えていない。
「ここがどこか分かっていない感じですか?」
また、思考を読まれた。これはどういうことなのだろう? 脳にマイクロチップ的なものを埋め込まれているのだろうか?
「いや、さすがに思考までは読めませんよ」
「だったらどうして……」
「勘ですよ、勘」
なんだ、ただの勘だったようだ。
って、いやいやいや、私の疑問を的確に読み過ぎでは。勘だと思えないほど正確に的中しているのだけど。
「まあ、もう少し待っていてください。水月さんが復活されたことは、既に私の姉妹に共有済みです。もう少しすれば、全員こちらに来ますので」
……彼女は用意周到だった。どのタイミングで姉妹に情報を共有したのか、私には一切分からなかった。
この子、相当優秀なのでは?
※
どれだけ時間が経ったのだろうか。私と澪月の間には沈黙だけが流れている。この空気が、とても気まずい。
こちらから話しかけようにも、何から話せばよいのかわからない。そもそも、私がどうして人間の身体を動かせているのかすらわからないのだ。
何よりも、記憶があやふやだ。今の身体ではなく、兵器の身体だった頃の記憶をあまり思い出せない。
……澪月なら、何かわかるだろうか。私が人間の身体を動かせている理由について。
勝手な予想だが、彼女は人間の身体を得てから時間が経っているように感じられる。だから、もしかしたら……などと、思ってしまった。
聞いてみよう。何か手がかりくらいは掴めるかもしれない。
「澪月……。あの……」
「水月さんは、どこまで記憶がありますか? 兵器の身体だった頃の」
私の言葉を遮り、澪月はそう言った。
その問いに、私は答えられない。思い出せないのだ。鋼鉄の身体を持っていた頃の記憶が。
「……ごめんなさい。それが、全く思い出せないの」
「やはりそうでしたか」
澪月はこのことを予想していたかのように言った。
私は困惑を隠せなかったが、彼女の言葉は何かを知っているようだ。私の探し求めている答えを。
澪月は手に持っていたティーカップを皿の上に置いた。そして、座っていた椅子から立ち上がり、部屋の扉の前まで移動した。
「ご安心を。あなたのことを知っている者がいます。あなたにとって、大切な人が」
「まって、それはどういう……」
澪月は私の言葉を待たず、部屋の扉を開けた。
それは、私の視線に衝撃をもたらす。
入口に立っていたのは、私が着用している軍服と全く同じものを着た、満月色の髪の女が立っていた。
だが、それが誰なのか、私はすぐに理解した。
「冥月……。冥月よね……?」
私は自然と女……いや、目に入れても痛くない妹の名を呼んでいた。
私が間違えるはずない。鋼鉄の身体を持っていたころ、この目で、何度も妹を見てきた。
だから、本当であって―――
「水月姉さん!!」
そう、彼女は叫んだ。そして、彼女は一目散に私に抱きついてきた。私はその勢いに負け、ソファーに押し倒されてしまった。
ああ、この温もりとあどけなさ。間違いない、私の妹だ。とても可愛い、私の妹だ。
「冥月……良かった。あなたに会えて」
私は冥月を優しく抱きしめる。その感触は、とても軟らかかった。ちょっとでも力を強めたら壊れてしまいそうな、そんな感じだった。
ふと、冥月の顔を見てみる。
冥月は涙を流していた。先ほどよりも、私を強く抱きしめてくる。
えっと……これ、どうすればいいの?
「冥月、ごめんなさい。ちょっと苦しい」
そう、冥月に伝えるも、冥月はその言葉に気づかず、声を上げて泣いているばかりだ。
正直なところ、冥月の体重と抱きしめによる締めつけの両方を受けているので、冗談抜きで苦しいと感じる。
だが、どこかで喜んでしまっている私がいるのも事実。妹がこうして抱きついてくれるだけで、私が人間の身体を得た意味があるのだと思う。
「どうやら、お取り込み中のようだな」
低い声がした。それは女の声ではなく、男の声。
まさか、この場に誰か乗り込んできたのか? それならば、一刻も早く追い出さなければ。
視線を部屋の入り口に向ける。そこには、1人の男と3人の女が立っていた。
男が何者なのかわからない。だから、警戒する必要がある。
だが、背後にいるのはおそらく宏月の姉妹だ。これを見る限りでは、男を信用できるのかもしれない。
何にせよ、確かめる必要がある。
「体勢が悪くてすいません。お名前をお伺いしても?」
「問題ない。むしろ、突然割り込んで申し訳なかった」
男が謝罪した。謝罪された理由はわかるのだが、わざわざ謝るほどのことだっただろうか。
しかし、今は男の言葉を聞こう。それが最優先だ。
「俺の名前は龍造暁翠。旧大龍帝國13代元首脳であり、この鎮守府の管理を務めている」
男の名に、私は驚愕する。
“龍造”の名は、大龍帝國の指導者を務める一族のみ名乗ることを許された性だ。一般の者がその名を名乗れば、斬首では済まない。
だが、目の前の男はその名を平然と言った。これは、首脳一族と見て間違いない。
「申し訳ございません。とんだご無礼を……」
「いや、気にするな。俺のことは好きに呼べばいいし、批判的な意見をしてもかまわない。名目上、俺とお前たちは上官と部下の関係だが、俺はなるべく対等な立場で話し合いたいと思っている」
なんという男だ。誇り高き一族の肩書を持ちながら、私たち兵器と対等に話し合いたいと言うのか……。
彼のことを誤解していたらしい。
すると、先ほどまで扉の前に立っていた澪月が私の顔を覗き込んできた。相変わらず冷たい視線を向けられているが、まあいいか。
「水月さん、元帥の言うことに素直に甘えたほうがいいですよ。元帥は、私たちが再生したときから世話をやいてくれています」
澪月はそう言った。その表情には、自然と微笑みが浮かんでいた。冷たい視線も、いつの間にか消えていた。
「わかったわ。じゃあ、彼のことは今後、“元帥”と呼んだ方がいいのかしら?」
私がそう澪月に問いかけたとき、扉のほうから何かがぶつかる音がした。
見てみると、元帥が扉の角に頭をぶつけていた。鉄製の扉なので、痛いでは済まないと思う。
「元帥、大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫だ……」
元帥はそう言うが、ダメージが大きいようやな見える。その証拠に、今発した言葉は、先ほどの威厳ある声ではなかった。
ふと、元帥の背後に控える澪月の姉妹が目に入る。笑いをこらえるのに必死なようで、内2人は壁をたたいている。
「私、何かおかしなことを言ったかしら?」
「だって……。元帥が「“さん”づけでもいいから、今度こそ名前で呼んでもららえたら嬉しいんだがな」って、期待してたから……。その結果、結局名前で呼んでもらえなくてショックで……頭を壁に……」
私の問いに答えた女は、そこまで言って腹を抱え、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
まさか私、相当まずいことをしてしまったのでは?
改めて元帥を見てみる。司令官として平然を装うとしているようだが、瞳が泳いでいるので効果がない。ように見える。
「えっと……。すいません……“暁翠さん”」
「いや、無理に言わなくていい。階級呼びびでかまん……」
……元帥の心が大破しかけている。どうやら、私は相当な打撃を入れてしまったようだ。
元帥には申し訳ないことをした。何か機会があるのであれば、償いをしたいと思う。
というか……
「冥月、いつまで私に抱きついているの! 分かったからそろそろ離れてちょうだい!」
そう、未だに私に抱きつく冥月に言った。さすがに、いつまでも元帥の前で、こんな醜態を晒すわけにはかない。
すると、先ほどまでとは違って冥月はすんなりと私から離れてくれた。あれかな、少し強くいいすぎたかもしれない。
その証拠に、冥月はしょんぼりとした表情を浮かべている。後で甘えさせてあげよう。
さて……。落ち込んだ冥月は一旦さておき、ここからが本題だ。
私はソファーから立ち上がる。
ここでしっかりとした回答を、元帥からいただく必要がある。
「元帥、失礼ですがお伺いしたいことがあります」
「何でも聞いてくれ。遠慮はいらん」
「では、率直にお伺いします……。なぜ、私がこのような形で存在するかの意味を……教えてください」




