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第0話 / 記憶されし戦争 “Side.龍造暁翠”

 これは、醜い誇りが生んだとある狂った世界の話。

 そしてこれは、そのプロローグ。司令官が見た、戦争の一部である。

 「もう一度、我々人類を吸血鬼の脅威から守っていただけるのでしたら、我々は今後一切、あなた方への干渉を行わないと約束しましょう」


 そう、奴らは言った。かつて俺が過ごした祖国……大龍帝國を滅ぼし、そこに残してきた姪を殺した、到底信用できない奴ら……ニンゲンの言葉だった。

 信用する価値などどこにもない、この場で奴らを紅く、黒く染めてやりたいとも思う。


 だが、俺はそれを我慢する。ここで暴力に訴え出ても、俺が殺されるだけだ。

 それだけならまだ良い。だが、先人が残した“想い”を知ってしまったからには、俺は死ぬわけにはいかない。

 ましてや、その想いの結晶はもうすぐそこまで、手の届くところまできている。


 この選択肢を受け入れることは、はっきり言って賭けかもしれない。

 だが、この賭けを捨てるよりかはマシだ。

 カノジョたちが幸せに生きるためならば、俺は何だってする。この心臓だって差し出してやる。

 だから決めよう、覚悟を。


 「わかった。その提案を……受けよう―――」


 ※


 あの提案を受け入れてから数ヶ月。契約事項は守られ、事は順調に進んでいた。

 俺が要望したとおりの施設、鎮守府が建設された。それに加え、国際連合より鎮守府の範囲を大龍帝國の自治区として承認された。

 これにより、カノジョたちの命は()()()()保証されるようになった。


 だが、決して良いことだけではない。

 つい先日、国際連合の安全保障理事会と結んだ契約において、鎮守府に身を置く者……俺とカノジョたちの待遇については一定の変更を可能にしろとの要求を受けた。

 安保理はこちらの要求をおおよそ飲んでいるため、受け入れるしか道がなかった。


 それが後に、カノジョたちに不利益を与えないか、俺は心配でならない。今一度、協力関係に戻ったとは言え、奴らは奴ら、信用などできない。

 互いに利用し利用される関係。そう、互いに利害を盾にしているのだ。決して一致ではない。


 そんなことを考えていると、背後から肩を叩かれる。

 振り向くと、そこにはほのかな満月色の髪をした女……冥月が立っていた。彼女こそ、先人たちが残した想いの一欠片(ひとつ)である。


 「冥月、どうかしたのか?」

 「家具の搬送が終わりましたので、その報告を。他のみんなは命令どおり、食堂で待機しています」

 俺の問いに、冥月は微笑み、敬礼をしながら答えた。


 懐かしみのある敬礼に、うっかりと我を忘れてしまいそうになる。思い出にふけているわけにはいかない。

 「わかった。俺も今から向かう」

 「では、ご一緒に」


 彼女の笑顔は、とてもまぶしかった。先人たちが守ろうとしたものが、どれほど大切なものか分かった気がした。

 春。桜が咲き乱れ、散る季節だった。


 ※


 それから間髪入れず、戦争が始まった。

 彼女たちは世界各国に派遣され、最初に実行されたシチリア島強襲作戦を機に、占領された地域を破竹の勢いで解放していった。


 特に、制海権の奪還は早かった。水雷戦隊が主軸となり、対艦対地対空、そのすべてをこなした。

 時には石油タンカーの護衛を行ったりと、任務の幅は短期間で幅広く行われた。


 腐っても島国。海軍所属の兵器だった者たちは戦闘経験が豊富だ。ゆえに高い殲滅力を有する。それは、陸軍所属の者たちが認めるほどだ。

 しかしその一方で、陸軍は海軍より劣っているという劣等感が生まれた。そのため、士気が大きく低下してしまう問題が発生した。


 その原因は、海軍が陸軍以上の勢いで破竹の勝利を続けていたこと。また、制海権の奪還が、占領地解放よりも早く進んだことだ。

 最初の作戦であるシチリア島強襲作戦においても、陸軍は海軍の艦砲射撃の援護を受けていたこともあり、陸軍のみでは何もできないという考えが陸軍全体に共有されてしまった。


 もちろん、海軍は陸軍が弱いなどと考えていない。だが、現にこうなってしまったため、何かしら対策を練らなければならなかった。

 そのため、俺は執務室に籠って解決策を考えていた。いや、執務室に籠っているのは元からなのだが、いつも以上に籠る時間が長くなったと言いたかった。


 ※


 問題が発生してから3日ほどが経過した。解決策は未だに見つかっていない。そしてこの間に、彼女たちの距離はさらに広がってしまった。

 どうしようか考えれば考えるだけ、沼の奥底に足を踏み入れている気がする。というか、ほぼ確実と言っていいだろう。

 そんな時だった。あいつら執務室に現れたのたは。


 陸海共同軍。

 陸軍が設計、海軍が運用した超兵器によって構成された少数部隊。ここに属する者は皆、()()()と呼ばれている。

 俺の補佐役を務めている冥月も、陸海共同軍所属の超戦車だ。


 その彼女たちが何を申し出たのか。それは、陸海と海軍の中継ぎだった。

 最初こそ、下手に行動すると板挟みにされるからと却下しようとした。が、彼女たちが言うように、この方法こそが最適解だった。


 なによりも、彼女たちはその気になればどちらにも属することができる。ゆえに、冷え切った両陣営の中継ぎをするのに最適であった。

 それらを踏まえ、俺は彼女たちに中継ぎを任せることにした。


 結果、数日で陸海軍のギクシャクは緩和された。

 あまりにも早すぎると疑ったが、冥月の報告では嘘偽りを感じることはできない。

 そのため、現場で話を聞いてみたりもしたが、結果は同じだった。俺の望んだ結果だけがあった。


 なぜ、彼女たちがいともたやすく両軍の仲を緩和したのか。俺はそれが気になってしかたなかった。

 そのため、俺は反射的に聞いていた。報告のため執務室を訪れた陸海共同軍所属の女……宏月に。


 彼女に聞いたのは気まぐれではない。現場において「宏月が取り合ってくれた」との言葉を複数耳にしているからだ。

 だから、彼女がどんな人物なのか、単純に気になったのだ。


 「宏月、お前の評判は聞いている。いい働きをしたんだな」

 俺の言葉に、宏月はきょとんとした表情を浮かべる。その表情には困惑も含まれていた。


 「対象者を私の自室に呼び出して、そこで少し、軽くお話しただけですよ?」

 宏月の言葉は疑問形だった。本当に、自分のしたことの重要性が分かっていないようだった。

 こいつは、少し恐ろしい性質を持っているのかもしれないと思った。


 「いや、お前のおかげでみんな助かったんだ。俺も助けられた」

 「そんな、私は何も……」

 宏月はそこまで言いかけて、言葉を止めた。何か悩んだようにしているが、その表情は少し軟らかい。


 「どうした?」

 「いえ……ただ、少しでも元帥の助けになれたのなら、良かったです」

 宏月は微笑みながら言った。

 その微笑みは、未だ自分がもたらした事の重要性を理解していない者とは思えなかった。


 だが、それと同時に再度認識させられた。先人たちが守ろうとしたものが何なのかを。

 冥月がそうであったように、彼女も変わらない。戦争とは関係のない、少女の微笑みがそこにあった。

 このような微笑みがいつまでも続けばいいと、心の底から思った。

 そう、思うだけなら簡単だった。


 ※


 彼女が再び俺の前に現れた時、彼女は体中に管が巻きつけ、酸素マスクを装着した状態だった。

 陸海軍が実施した過去最大規模の反攻作戦。それは、過去最大の敗北で幕を閉じた。


 予測できなかった。

 敵が航空戦力を手に入れたこと。

 化学兵器を運用段階に持ち込んでいたこと。

 上位の戦艦、航空母艦の復活が始まっていたこと。

 上陸しようとした南西諸島の無人島が、高度な要塞化が施されていたこと。


 いや、それは違う。予測できたはずだ。これは戦争で、敵も生き残るためにありとあらゆる手を使っている。

 しかし、俺は予測できなかった。いや、可能性すら視野に入れていなかった。こいつらなら大丈夫だと、高をくくっていた。


 その結果がこれだ。

 なんてありさまだ。俺のせいで、宏月が死ぬかもしれない。彼女を慕う妹たちから、大切な姉を奪ってしまうかもしれない。

 最低だ。俺は。


 ※


 宏月が意識を失ってから数日が経過した夜。彼女のことを近場で見守ってきた者が執務室を訪れた。

 彼女の名は氷龍。鎮守府の医療をたった1人で統括している潜水艦だ。薬の調合から手術まで、その技術の幅は広い。

 そんな彼女が“報告”のために執務室を訪れたのだ。嫌な予感しかしない。


 「……報告とは何だ?」

 「宏月さんについてです」

 「……続けてくれ」

 「先ほど実施した精密検査で、体内に毒を打ち込まれていることが判明しました。残念ですが、今日が山場になりそうです……」


 最悪の言葉が彼女から放たれる。

 これは悪い夢だ。そう、強く現実を否定する。

 だが、やはり目の前は現実と言う名の檻で、けして覆らない事実だけがそこある。


 「そうか……。澪月たちには伝えたのか?」

 「はい。今朝、お伝えしました」

 氷龍は淡々と言う。まるで機械が診断を下すように。

 だが、その手は拳を作っていた。そして、その拳は紅く染まっていた。それは拳に留まらず、床のカーペットをも侵食した。


 俺も、覚悟を決めなければならない。

 彼女たちが現実を直視しているのに、俺のみが目を背けていいはずがない。

 行こう。彼女の元へ。


 ※


 療養室には、既に宏月の妹たちが集まっていた。彼女たちは姉を取り囲むようにして集まっていた。

 そのうち3人は眠ってしまっている。起きているのは次女の澪月だけのようだ。


 澪月は冷たい視線をこちらに向ける。

 無理もない。俺が、彼女の姉を死の淵に追い詰めたに等しいのだから。これくらいの罰では―――

 「澪月、やめなさい。元帥は最善を尽くされたのよ」


 電気が消され、月の光のみが頼りとなった療養室。

 窓から差し込んだ月光は、声の主の顔を捉えていた。

 「宏……月……」


 あまりの衝撃に言葉が出なかった。目の前の現実が信じられなくて、何度も目を擦った。

 だな、間違いなかった。彼女……宏月は目を覚ましていた。

 月明かりに照らされたその顔は、とても穏やかな表情をしていた。それは、酸素マスクを装着している格好にふさわしくなかった。

 

 「元帥、お見舞いに来てくれたのですか」

 「ああ……そうだ……」

 俺は情けない声を出す。その言葉に、宏月はクスクスと笑った。

 「そうですか。ですが、私はもう長くありません。少し、お話をしましょう」

 宏月はそう言い、近くに寄るよう俺に手招きした。


 俺は、彼女の枕元近くの椅子に座った。そして、穏やかな彼女の瞳をそっと見つめこむ。

 「話とは何だ?」

 俺は宏月に話の内容を問う。

 すると、宏月はまたもやクスクスと笑った。


 「そんな真剣なことではありません。ただ1つ……お願いしたいことがあります」

 「言ってみてくれ」

 「妹たちを……よろしくお願いします」


 たった一言、宏月はそう言った。

 己の死を理解しての言葉。時間が残されていないからこそ、彼女は簡潔に言ったのだろう。


 「姉さん、その言葉はあんまりです。まるで自分がこれから死ぬみたいに……」

 澪月がそこまで言ったところで、宏月は唇にそっと人差し指を立てた。澪月は姉の行動を見て、葉を食いしばる仕草を見せた。


 「賢いあなたならわかるでしょう。私が致命傷だってことを」

 宏月は何の躊躇もなく言った。その言動に、澪月はまたもや表情を歪めた。


 宏月は、我が体に抱きつきながら眠る妹を見た。今の彼女なスヤスヤと眠ってしまっている。

 そんな妹を見て何を思ったのか、宏月は彼女の頭を優しく撫でた。髪がはねないよう、ゆっくり、優しく撫でる。


 そして、宏月は再び俺の瞳を見る。

 彼女の瞳の奥が、ゆっくりと黒く染まっていくのがわかる。もう、タイムリミットがすぐそこまで迫っていた。


 しかし、彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。そして、俺に向かって言った。「元帥ならば、みんなを導けます」と。

 あまりにも突然の言葉に、俺は反応することができなかった。言葉を返そうとしたとき、宏月はまた別の言葉をかけにきていた。


 「元帥、元帥はこれからも、沢山の仲間の死を見ることになると思います。ですが、それは割り切ってください」

 彼女はそう言う。だが、それと同時に俺の中の何かに火がついた。抑えられない何かが、言葉となって溢れ出てしまった。


 「割り切れるはず……ないだろ……。俺はこれ以上、俺のせいで誰かが死ぬなんてごめんだ!」

 そう、怒りを孕んだ声で言っていた。

 ……幻滅されただろうな。こんな弱いところを見せてしまう司令官なんて、どうかしている。


 だが、宏月は笑っていた。俺に言い返すことも、幻滅することもなく、ただ、笑っていた。

 「宏月……」

 彼女の名を呼ぼうとした。しかし、彼女はそれを止めた。そして、はっきりとした声で言った。

 「その言葉が聞きたかった」


 わけがわからなかった。なぜ、彼女がこの言葉を望んだのか。ましてや、俺がそう言うように仕向けたメリットが。

 「元帥がそう願うなら、大丈夫です。きっと、彼女が……」

 宏月はそこまで言って、言葉を止めた。そして、続くはずだった言葉を、微笑みで代用した。


 彼女は微笑んだまま、ベッドに体を倒す。

 そのまま、すっと深く息を吸った。

 吸った息を、彼女は体の中にしまった。


 理解せざる得なかった。

 彼女が今、息を引き取ったことを―――


 ※


 気づいたとき、俺たちは華月を安置所に運び終えていた。それにも関わらず、華月を安置所に運んだ手の感覚は残ったままだった。


 あの時、彼女は何を言おうとしたのだろうか。

 彼女は、俺に何を望んだのだろうか。

 そして、口にした“彼女”とは誰のことなのか。

 今となっては、知る術はない。


 だが、1つだけ彼女に約束しよう。

 これ以上、犠牲者を出さないと。

 せめて、彼女が安らかに眠れるようにと、願いを込めて。


 それから1カ月ほど経った後だった。

 仲間が2人、ニンゲンによって殺されたのは。

小説家になろうに来ていただいただけでなか、本作品をお読みいただき、誠にありがとうございます。

本作品は2023年より投稿を開始した小説の改訂版となっております。

前作と比べ、なるべく改善を行ったつもりですが、自分自身、まだ納得できていないところが多数あります。

それを含め、今後、改善できていければと考えております。

改めて、今後とも本作品をよろしくお願いします。

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