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第八章

第八章 ~記憶の行方~


新之助のはからいにより、せいきちは青龍との戦いを避ける事ができ、傷を負う事もなくさらに上へと目指し走り抜けた。白虎の話によれば、この上に居るはずの朱雀は妖刀の使い手。いったい妖刀とはどんな力を秘め、またどんな戦いで攻めてくるのか検討もつかなかった。ただ、自分のするべき事はお菊殿の奪還のみ。ひたすら目標に向かって突き進むしかなかった。


せいきち 「はぁはぁはぁ…。なんだ?この静けさは…朱雀が居るとしたらこの辺りのはず。」


朱雀 「お待ちしておりました、せいきちさん!」


せいきち 「あんたが朱雀か?」


朱雀 「はい。(かしら)の命令により、せいきちさんの動向を阻止しろと仰せつかりました。ですが、私はあまり戦いを好みません。どうか、このままお引き取り願う訳にはいきませんか?」


せいきち 「ん?お菊殿を返してもらえれば帰りますよ。」


朱雀 「それは困ったなぁ…。頭は返す気はありませんよ。」


せいきち 「なら取り返すまでの事だ!」


朱雀 「…やはりそうなりますよね?でも…知りませんよ、死んじゃっても!」


せいきち 「やってみろよ!」


今までの忍や家臣とは違い、殺気も闘争心も全く感じさせない朱雀に俺は困惑していた。


朱雀 「では…行かせて頂きます!」


朱雀はうつむきながらそう答えると、そっと右手を柄に添えた。俺も朱雀の攻撃に備え、ソハヤノツルギに手を掛けた。


朱雀 『せいきちさん…、もう終わってますよ…』


俺の額から大粒の汗が流れ落ちた。朱雀はすでに後ろに回っており、俺の首筋には朱雀の刃が不気味に光を放っていた。


朱雀 「だから言ったじゃないですか、死にますよって…。これで分かったでしょう?無駄な戦いは止めて、軍配とやらを置いてお引き取り下さいませんか?」


せいきち 「・・・終わった?まだ、始まったばかりの間違いじゃないか?よく見ろよ!」


一瞬の出来事で朱雀の動きが全く見えなかった俺ではあったが、攻撃を仕掛ける時の僅な気の流れが変わった瞬間を、俺は見逃さなかった。そして、それと同時に俺は鞘から刀を抜き、後に居る朱雀の腹を目掛けて構えていたのである。


朱雀 「ふっ…凄いですね、せいきちさん!?まさかここまで腕の立つお方とは、少し見くびっていましたよ。やはり本気で行かないと失礼でしたね!?」


この朱雀の言葉に俺は恐怖さえ感じた。今の速さで本気ではないという事は、いったいこれ以上の本気の強さとは…。

朱雀はまた俺から離れ、仕切り直しといった状況だった。全くと言って良いほど表情を出さない朱雀の動きを読み取るのは至難の技である。俺は次の攻撃に備え刀を構えた。必ず反撃に出る好機はあるはず。それを見落とす事は死に直結すると言っても過言ではない。必ず隙があるはず…。


朱雀 「せいきちさん、行きますよ!」


朱雀は高く刀を構えると、その刀身は不気味に光輝いた。そして次の瞬間、俺の目の前の視界は赤くなり、朱雀の刀は瞬く間に虎となり、牙を剥き俺に襲い掛かってきたのだ。


せいきち 「うあぁぁぁっ!」


俺の着物はボロボロに破れ、まるで虎の爪に引き裂かれたように身体の表面は削られていた。俺は片膝を着き、何とか持ちこたえた。いったい何が起こったのか…、幻でも見ていたのか…。


せいきち (幻…?そうだ、やつは妖刀の使い手だ。)


朱雀 「さすがですね、せいきちさん。これでもまだ倒れませんか?では、また私から行かせて頂きますよ!」


今度は大きく刀を水平に構えると、また目の前の視界が赤く染まった。その瞬間、朱雀の刀は龍となり、鋭い爪で俺を狙ってきた。


せいきち 「うあぁぁぁっ!」


俺の体は龍の爪にえぐられたように遥か先まで弾き飛ばされてしまった。


せいきち (駄目だ…ぜんぜん分からねぇ…)


朱雀の攻撃に、全く歯が立たない状況に、俺の脳裏には"死"が過った。


朱雀 「やはり、せいきちさんは凄いや!ちゃんと刀で防御されているのですね!?でも、そろそろ限界じゃないですか…」


俺は朱雀の言っている意味が理解出来なかった。"刀で防御"とか言っていたが、俺はそんな事をしたつもりがないのだ。だが、確かにそう言われてみると、俺は致命的な攻撃はくらっていないようだ。身体中傷だらけではあるが、急所や刺し傷などはないという事は、やはりソハヤノツルギが俺を守ってくれたのかもしれない。それでも、もう俺は立てるかどうかの瀬戸際まで体力を削られていた。


せいきち 「マズいな…本当に、今回ばかりは殺られちまうかもな…」


朱雀 「次でお終いにしましょう。」


そして朱雀はまた天高く刀を構えた。辺りは赤い光に包まれ、朱雀の刃は大蛇となり、俺に向かって毒牙を剥いてきた!


『断ち切れ!己を信じ、斬り裂くのだ!』


俺の頭の中で誰かの声が響き渡った!


『襲い来る幻覚の恐怖を断ち切るのだ!』


『己を信じ、神の裁きを下すのだ!』


それはまさに、家康公の声であった。玄武を倒し成仏されたはずの家康様が俺を導いてくれたのだ!

俺は朱雀の放つ幻覚に怯え、その恐怖から目を反らしていたのだ。相手が虎であろうと龍であろうと、大蛇だろうと、その恐怖を断ち切らなくてはいけなかったのだ。


せいきち 「そうか…、怖がらず前に進むしかないんだーっ!」


俺は大蛇に向かって走り出した。


『雷神の裁き、雷公一刀斬!』


大蛇より遥か頭上の飛び上がり、雷神からの雷光は稲妻となり大蛇の脳天を真っ二つに斬り裂いた!


『ズバーンッ!!』


せいきち 「これでどうだっ!」


砂煙の向こう側には、片膝を着いた朱雀の姿があった。刀を杖代わりにし、うつむいたまま動こうとしなかった。


朱雀 「やっぱり…せいきちさんは強いや…」


せいきち 「だったら、素直に菊姫を返してくれ!俺だって無駄に血を流し合いたくはないんだ。」


朱雀 「ふ~、私も危ない所でした。でもまだ終わった訳じゃありませんよ。」


すると朱雀は刀を鞘に戻し、うつむいたまま、何やらぶつぶつと唱え始めた。


『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前…』


朱雀『ぬあぁぁぁっ!』


辺りの地面が振動し始め、空は黒い雲に覆われていった。朱雀はその後も唱え続け、不気味な空気に全てが包まれていく。そして気が付くと、俺の周りには何人もの僧侶が現れ囲まれてしまった。その僧侶たちも朱雀と同様に念仏を延々と唱えている。次第に俺の頭の中はぐるぐると天地がひっくり返ったように渦巻く世界に落ちていった。


せいきち 「うぅぅ…やめろーっ!やめてくれーっ!」


念仏は俺の頭の中を完全に支配し、いくら耳を塞いでいても、耐えられないほどの重圧に、俺は立っている事も出来ず、耳を塞ぎながら耐えもがき、今にも気が狂いそうであった。

そして、俺はとうとう気を失ってしまった…

だが、そこは夢のような居心地の良さで、まるで母親に優しく抱かれた赤子のようであった。


【オギャー、オギャー。】


【おめでとうございます。元気な男の子ですよ。】


【ママ、良く頑張ったな。】


【あなた、私、男の子が産まれたら"聖也"って名前に決めてたの。】


【聖也かぁ、いい名前だね!】


【立派に育つんだぞ…聖也!】



【ほら!ぐずぐずしてないで早く食べなさい!幼稚園に遅れるでしょ!】


【聖也くん、ちゃんと並びなさい!列からはみ出さない!】


【あー、聖也くんがオシッコもらした!】



【また聖也くんは宿題忘れたの?何度、先生に言わせれば気が済むのよ!】


【こんな簡単な問題も分からないの?】


【おい聖也!お前、ムカつくんだよ!】


【聖也、食堂行ってパン買ってこいよ!】


【聖也、ちょっと金貸してくれねー?】



【あなたとはやっていけないわ…もう離婚よ!】


【お前と別れて清々するよ!】


【ちょっと待ってくれよ、父さん母さん!】



【もう、満員電車に乗りたくねぇよ!】


【こんな仕事もまともにできないのか!?】


【仕事の出来ない男って最低!別れましょ!】


【おい、待ってくれよ麻衣・・・】


【俺の人生って・・・もう生きててもしょうがないな・・・このまま死のう・・・】


夢か幻か、走馬灯のように俺の過去が浮かび上がって、自分の人生がいかにつまらないものだったのかを思い知らされた。こんか辛い人生なら戦うのは止めて、この気持ちの良いまま旅立とう。俺は自分に負けたんだ。もう、戦わないで…いいんだ…。


そして俺はそっと目を閉じ両手をお腹の上に組合わせた。


せいきち 『んっ?』


手のひらの下に硬い物があるのに気付いた。それは、お菊殿のために作った"簪"であった。


せいきち 『そうだ、お菊殿に渡すはずの簪だ。お菊殿、ごめん。もう渡せないや。』


俺は簪を握り締め、お菊殿の笑顔を思い出していた…。


玄武【お主、なかなか強かったぞ!】


八雲 【最後にお主と戦えて悔いはない!】


青雲 【せいきちには我ら兄弟とも感謝しておるぞ!】


水織 【頑張って、せいきちさん!】


清兵衛 【お主の神道一刀流は見事であった!】


兵衛門 【せいきち殿のお陰で村の民は救われました!】


市太郎 【父ちゃんの簪は日本一だけど、せいきち兄ちゃんは犬探しの日本一だね!】


甚八 【兄貴っ!俺だってやる時はやる男ですよ!兄貴に着いて行きます!】


新之助 【せいきちに出会って、俺は本当の武士とは何かを教えてもらったよ!】


せいきち (みんな・・・うぅぅぅ…)


俺はこの時代に来てたくさんの人と出会った。毎日、家と会社の往復だけの生活にうんざりして、何もかもが嫌になり自暴自棄になった事もある。だけど、この時代の人々は、毎日を精一杯に生きている。便利になった現代に比べたら、電気もガスも水道も無く苦労ばかりしているものだと思っていたが、みんなそれぞれに心の中には必ず"一筋の光"を持っていて誰もが生き生きとしていた。それは、忠誠心であったり、武士道だったり、愛であり、笑顔であり…。

俺にはいったい何があるのだろう?

俺にはいったい何が出来るのであろう?

俺が今、成すべき事とは・・・?


お菊 【せいきちさん!せいきちさん!】


お菊 【またいつか、お会いできますよね?】


せいきち 「…お菊殿!そうだ、俺が今やるべき事は、お菊殿を救う事!お菊殿にこの簪を渡すまではまだ死ぬ訳にはいかないんだっ!」


俺は簪を強く握り締め、闘志を奮い立たせた。


せいきち 「うおぉぉぉっ!」


俺は立ち上がり、もう一度ソハヤノツルギを手にした。そして天高く構えると空から天光を浴びたソハヤノツルギが神々しく輝き、一面を覆っていた黒い雲を跳ね除け、青空へと戻っていった。陽の光を浴びた僧侶たちは溶けるように姿を消し、そこに残っていたのは朱雀ただ一人だけであった。


朱雀 「そ…そんな馬鹿な!?私の術が破られる訳がない!これは何かの間違いだ!」


せいきち 「おい朱雀!危うくお前の姦邪の術にハメられる所だったぜ!人の記憶に土足で踏み込んで、好き勝手に思い出まで書き換えてんじゃねーっ!」


術を破られた朱雀は焦っていた。初めてこの戦いにおいて感情を露にし、今こそが神道一刀流を繰り出す好機であった!


せいきち 「冗談じゃねーぞ、コノヤロー!」


『神道極一刀流 雷公一刀斬!!』


『ズババババッ!!』


朱雀 「ぬあぁぁぁ!」


けたたましく稲妻が鳴り響き、その神の怒りが刃となり、直撃した朱雀は人形のように成す術もなく軽々と弾き飛ばされていた。俺は仰向けに倒れている朱雀に近寄り、逆手に構えた刀を朱雀の心臓に狙いを付けた。


せいきち 「これでお終いだ…」


朱雀 「さぁ…止めを刺せ!」


俺は逆手に持った柄を両手で力一杯に握り締めた。お前を刺してこの戦いを終わらせなければならない…。


せいきち 「止めだ朱雀っ!」


朱雀 「・・・」


せいきち 「・・・やっぱりやめた・・・。もう、こんな悪さするなよ。後は好きにしろよ。悪いが俺は先に行かせてもらうよ!」


朱雀 「貴様っ!この期に及んで死に場所まで奪うつもりかっ!?早く止めを刺せ!」


せいきち 「俺は敗けを認めた奴を斬れねーよ。何も死ぬ事だけが敗けじゃねぇだろ?勝負は着いたんだ。お前、最初に言ってたじゃねぇか?私はあまり戦いを好まないってさ。もう勝負は着いて、今は戦う前の出発点に戻ったんだ。俺とお前はもう戦う必要はないって事だ。お前も忍であり武士であるならば、そんな変な術なんて使わずに、子供たちに剣術でも教え広めたらどうだ?泰平の世になるための正しい剣術をな!じゃあな!」


朱雀 「フッ…格好つけて…。だけど、その甘さが命取りになる事だってあるんですよ?」


せいきち 「俺はお菊殿を助けるまでは死ねない!このソハヤノツルギに誓ってな!」


朱雀 「さすがですね。やっぱ、神道一刀流には勝てない訳だ。完敗ですね。」


甚八 「せいきち兄貴~っ!」


せいきち 「おっ、甚八!それに新之助も!って事は青龍を倒したんだな!」


新之助 「あったりめーよ!ちょちょいのちょいってな!」


甚八 「また~、強がっちゃって。白虎さんが来てくれなかったら危うい所でしたよ。」


せいきち 「えっ!?白虎が来てくれたのか?」


新之助 「あぁ。刀を折られて戦う術を無くした俺に、白虎の小太刀を預けてくれたのだ。今日から拙者は"神道小太刀二刀流"って事だ!はっはっは~」


せいきち 「凄いじゃないか新之助!益々、強くなったな。」


せいきち (白虎…ありがとう!)


ギリギリの戦いではあったが、記憶の中で今までたくさんの出会った人たちから励まされ、無事に朱雀を倒す事が出来た。残すは大上ただ一人。どんな手で俺を待ち構えているのか分からないが、ひたすら前に進むしかないのであった。


新之助 「せいきち、後は大上だけだな。」


せいきち 「あぁ。お菊殿はもう目の前にいる!みんな、絶対に死ぬんじゃねーぞっ!」


せいきち・新之助・甚八 『おーっ!!』


第八章 ~記憶の行方~

終わり


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