第四章
第四章 ~友情~
江戸から京都伏見までの道のりは遠く、急いでも五、六日くらいは掛かるであろう。幕府軍や馬を引き連れては目立ち過ぎ、相手にこちらの動きが読まれてしまう。そこで俺と新之助は歩いて向かう事に決めたのだ。上様より宿賃としての金子(きんす→お金)を頂いてはいたが、道中に何があるか分からないと、食事以外には使わずにいた。寝泊まりは人気を避け、関係のない一般人を争い事に巻き込まないよう、寺や使われていない納屋などに身を潜めた。
出発してから四日目の夜、古い小屋を見付けた俺たちは、そこを今夜の寝床にしようと決めた。ホコリだらけで今にも崩れてしまいそうな小屋だったが、男二人が体を休めるには十分な広さであった。
せいきち 「新之助、ろうそくを準備してくれるか?」
新之助 「あぁ。…あれ?ない!ろうそくも火打ち石もない!前に泊まった寺に忘れてきてしまったようだ…参ったなぁ。」
せいきち 「勘弁してくれよ~新之助。さすがに夜は冷えるぞ…。何か火を起こすには…そうだ!」
俺と新之助は急いで枯れた木や草を拾い集めてきた。俺が子供の頃、学校行事でキャンプに行った際に、火起こし体験をした事を思い出したのだ。昔の記憶を辿り、集めてきた木片を擦り合わせ、枯れた草に火種を着きやすくし準備は万端であった。
新之助 「おぉ!それなら知っておるぞ。どれ、俺が火を起こしてやる。任せておけ!」
新之助は力一杯に木片を擦り合わせた。しかし、少しずつ煙が上がってきたものの、なかなか火種とはならず、そのうち新之助は力尽きてしまった。
新之助 「痛てて…ダメだぁ。もう手の平が限界だ!」
せいきち 「情けないなぁ、どれ、今度は俺がやってみるよ。」
『ガサッガサッガッガッガッ!』
せいきち 「ダメだぁ。ちくしょう、あと少しなのに…」
新之助 「もう今夜は諦めて、早めに眠るとしようではないか?」
せいきち 「いや、まだ手はある!」
俺は小屋の隅々を見渡し、ある物を探した。
せいきち 「あった!」
俺が探していた物は"麻紐"だった。先ほどの細長い木片ともう一つの細長い木片を紐を絡ませて繋ぎ、弓矢のような形を作った。後はこの弓を勢い良く前後に押し引きすれば・・・
新之助 『うおぉ!火が着いたぞっ!これで寒さが凌げるな!』
せいきち 「まさか、キャンプでの知識がこんな所で役に立つとはなぁ。」
新之助 「!?きゃんぷ?それは舶来語か何かか?」
せいきち 「あ…あぁ、そんなところだ…」
どうにか難を逃れた俺たちは、焚き火を囲み休む事が出来たのであった。
新之助 「なぁ、せいきち。今まであまり聞いてこなかったが、お前の生きる未来とやらは、どんな所なのだ?」
せいきち 「なんて言えばいいのかなぁ…。俺は今から400年以上後の日本に産まれて育ったんだ。今の日本からは想像も出来ないほど生活は豊かになってるよ。この400年の間には良い事も悪い事もあった。日本の中だけではなく、外国との戦もあって、たくさんの人々の命が失われた。その悲しみや苦しみを乗り越え、日本という国は繁栄し平和な暮しが出来るようになった。男も女も平等に働き、子供には豊かな教育が行われ、医学などの勉学も発展していった。信じられないだろうが、山ほどの高い家屋だってあるんだぞ!「マンション」と言ってな、たくさんの人が暮らせるようになっている。新之助を俺の時代に連れて行ってら腰を抜かすぞ!ん?聞いてるのか?」
新之助 「すぅ…すぅ…」
せいきち 「って、人に聞いといて寝てるのかよっ!はぁ・・・俺は元の世界に帰れるのかなぁ・・・。」
板壁の隙間から見える星空を見ながら一人思い更けていると、いつの間にか俺も眠りに落ちていたのだった。
翌朝、焚き火からは一筋の煙がうっすらと立ち上る中で、目覚めと同時に妙な胸騒ぎを感じていた。考えたくもないが、水織殿やお菊殿に何かあったのか…、しかし、小屋から表に出るとその答えがすぐに分かった。俺たちは何者かに囲まれていたのだ!
せいきち 「新之助!起きろ!」
揺すり起こした新之助は、眠け眼のまま呑気に起き上がった。
せいきち 「外を見ろ!俺たちは完全に囲まれちまってるぞ!」
新之助 「なにっ・・・、見るからに、俺たちを歓迎してくれてるようではないな。大上の刺客か?」
せいきち 「分からない。ただ、刺客ではなさそうだ。誰一人として刀を持っている奴はいない。手にしているのは"鎌や鍬"だ。しかしながらマズい状況だな。」
小屋の中から外の様子を伺っていた次の瞬間、一斉に"たいまつ"がこちらに向かって放たれたのだった。
俺と新之助は、同時に裏の板壁を突き破り外へと逃げ出した。しかし、外に出た所で緊迫した状況は変わらなかった。俺と新之助は背中合わせに相手の出方を伺っていた。すると、
謎の男 「お主らはよそ者だな!何しにこの村へきたのじゃ?」
新之助 「旅の途中にござる!訳あって宿に泊まれず、こちらの小屋を一晩だけ拝借させて頂き申した。勝手に使った事でご立腹されているのであれば、誠に申し訳なかった。すまん!」
謎の男 「嘘を付くでない!最近、この辺りで刀を振り回す輩が悪事をしておると、もっぱらの噂じゃ。この村へは一歩たりとも入れさせん。引き返すがいいっ!」
新之助 「ちょっと待ってくれ。俺は怪しい者ではござらん。それに、この村を通らなくては京都へ行けんのだ。頼む。村のどこにも立ち寄らんから通らせてはくれまいか?」
謎の男 「駄目なもの駄目じゃ!どうしてもと言うのなら、こちらも容赦はせんぞ!」
新之助 「参ったなぁ。どうする、せいきち?」
せいきち 「引き返す余裕なんてないなぁ。しかし、この人たちはどう見ても村人だし、戦って斬る訳にもいかないだろう…もう一度、頼んでみようか?」
新之助 「なぁ、俺たちは本当に怪しい者ではないんだ。ただ通らせてくれればそれでいい。頼むよ!」
謎の男 「分からん奴だ…構わぬ!皆の者、あの二人を追い返すのだ!」
鎌や鍬などを手にした村人たちは、一斉に俺たちを威嚇するように襲い掛かってきたのだ。
新之助 「どうする、せいきち!もう仕方あるまい。このままでは目的を果たせずここでやられちまうぞ。戦うか?」
せいきち 「・・・、そうだ!一か八かの手がある。」
俺は子供の頃に見た時代劇を思い出したのだ。確か、頂いた金子の包み布に三つ葉葵の家紋が刺繍されていたのだ。
せいきち 「皆さん!私たちは怪しい者ではないんだ。どうかこれを見て下さい!」
俺は家紋が入った包み布を高々と掲げた。そう、俺が思い出した時代劇とは"水戸黄門"である。あの名台詞とともに印籠を見せる事により一瞬で静まり返る、あのシーンと同じ事をして見せたのだ!
謎の男・村人 「はっ!?あの家紋は…三つ葉葵!」
村人たちは武器を捨て、皆その場でひれ伏せたのだった。どうやら俺の作戦はうまくいったようだ。
せいきち 「皆さん、どうか頭をお上げ下さい。私たちが怪しい者ではない事さえ分かって頂ければそれでいいのです。」
謎の男 「公儀(こうぎ→幕府の使い)のお方とは、知らなかったとはいえ申し訳けございませんでした。どうかお許しを!」
新之助 「おぉ、一瞬で戦わずに済む方法を見出だすとは、さすがせいきちだなぁ。」
せいきち 「いやぁ、昔見たテレビを思い出しただけだよ!」
新之助 「て…れ…び?何でござるかそれは?」
せいきち 「あっ!ごめん。こっちの話し。」
謎の男 「私はこの村の長であります"兵衛門"と申します。公儀の方と申して頂ければ、質素な村でございますが、宿代わりになる寝床くらいはご用意致しましたのに…何故あんな古小屋にお泊まりに?」
せいきち 「いえ、公儀と言っても少々危険が伴う仕事なので、万が一を考えると、あまり人との接触は避けたいのです。こちらも誤解を招くような振る舞いをしてすみませんでした。」
新之助 「誤解は解けたとはいえ、何故そこまで警戒しているのですか?」
兵衛門 「…それは…この村では女がいなくなるという不可解な事が起こっておるのです。半年前からすでに十人も行き方知れず。お大名様や奉行所へ相談しに行ったのですが、話すら聞いてもらえず門前払い。仕方なく自分たちの身は自分で守るため、男衆が一致団結しているという訳です。」
新之助 「ひどい話しだな…」
兵衛門 「この村だけではございません。近隣の村でも同様の騒動が起きているとの話しです。嫁や娘を失った気持ち案ずる日々でございます。」
せいきち 「何か手掛かりはないのですか?」
兵衛門 「前に刀を差した天狗を見たと逃げ帰ってきた子供がおります。」
せいきち 「天狗っ!?」
新之助 「まさか天狗が人さらいやかどわかしをしたと言うのか?」
兵衛門 「それは分かりません…」
せいきち 「家族や村人の気持ちを察すると無視する訳にはいきませんね!」
新之助 「だけど、俺らにも急いでやらなきゃなんねぇ事があるだろう?寄り道してる場合か?」
せいきち 「大上にとって、お菊殿はきっかけに過ぎない最終手段。言っていただろう…軍配を取り戻す事が忠誠心だと!それまでは大上もお菊殿の命を奪う事はしないはずだ。何より、目の前にいる人を救えないで、お菊殿を救えるか?」
新之助 「分かったよ。でもどうやってその天狗を探すのだ?」
せいきち 「探すんじゃないよ。向こうから来てもらうんだよ!」
新之助 「ん?どういう事だ?」
せいきち 「まぁ、やってみようぜ。」
兵衛門から村の女がいなくなった場所が、少し離れた河原だと聞くと、俺と新之助はその場所まで行ってみる事にしたのだった。
新之助 「・・・、まさかこれが天狗を誘き出す手なのか・・・!」
せいきち 「あれ?気付いちゃった!」
新之助 「勘弁してくれよっ!なんで俺がこんな女の格好をしなきゃならないんだ~!」
せいきち 「我慢してくれ。村の女に囮になってもらう訳にはいかないだろう。それに…意外と女装も似合っているぞ!お新ちゃん!」
新之助 「そ、そうかなぁ…って、ふざけた事を抜かすなっ!本気で怒るぞ!」
せいきち 「悪かったよ~。謝るから協力してくれよ!さぁ、静かに洗濯しているふりをしてくれ。後は人さらいの天狗っていうのが現れてくれればいいのだが…」
しばらくの間、俺と新之助は女装しながら洗濯をしているふりや、野菜を洗うふりなどを繰返し、天狗が現れるのをひたすら待ち続けた。しかし、なかなか天狗は姿を現さず、時はすでに陽が落ち、夕焼け空にはカラスが巣に戻ろうと鳴きながら飛んでいた。夕景に染まった河原で諦めて帰ろうとしていた時、突然その時はやったきたのだった。天狗の面を付けた三人組が藪の中から飛び出してきたのだ!俺たちは、拐われるギリギリの所まで奴等を引き付け、その瞬間を待った。
『バサッ!』
俺と新之助は女装していた服を脱ぎ捨てた!
新之助 「待っていたぞ!外道ども!連れ去った女たちを返してもらうぞ!」
天狗の面 「貴様ら!謀りおったな!仕方あるまい、始末してくれよう!やれっ!」
天狗どもは刀を抜き襲い掛かってきたのだった。
『ガキーン!』
俺と新之助は相手の攻撃力を見極めるため、あえて防御戦を試みていた。
新之助 「ん!?ちょっと待てよ…」
せいきち 「まさかとは思うが…」
新之助 「だよなぁ。」
せいきち 「弱いぞ!」
天狗の面を付けた男は、刀こそ振り回しているものの、決して武士とは言えるような太刀筋ではなかったのだ。俺は持ち手を返して峰打ちで相手の面を叩き割った。新之助ももう一人の相手を小手打ちにし、刀をを弾き落とした。
天狗の面 「うわっ!ちょ、ちょっと 待ってくれ!俺らは雇われただけなんだ。もう悪さはしないから勘弁してくれ!後はそこにいる男に聞いてくれ!」
そう言うと、二人の男は走り去ってしまったのだ。残るはただ一人。俺も新之助も、拐われた村の女を返してもらうまでは容赦することはできない。一歩ずつ最後の天狗へと詰め寄っていった。天狗の男は、詰め寄る俺たちに動じる様子もなく、ただそこに立ち尽くしていた。
新之助 (…こっちの出方を読んでいるのか…)
じわじわと間合いを詰め、俺は新之助に目で合図を送った。
せいきち (俺が行く!任せろっ!)
そして俺は相手の懐を目掛け飛び出して行った!
天狗の男 「ちょっと待ったーっ!!」
せいきち・新之助 『えーっ???』
新之助 「いったい何なんだ?」
天狗の男 「ちょっ、ちょっと待ってくれ!正直に話す…。なっ、だからちょっと待ってくれよ…俺は・・・本当は弱い!拐った女の居場所も教える!なっ、だから…見逃してくれっ!」
新之助 「はぁぁぁ?何を言い出すかと思えば、ふざけた事を抜かしおって!笑止千万!叩き斬ってやる!うおぉぉぉっ!!」
せいきち 「待てっ!やめるんだ新之助!」
新之助 「せいきち、何故に止める?こんなふざけた野郎は、少しくらい痛めつけて凝らしめないとだろう。」
せいきち 「いや、こいつには聞かなきゃならない事がある。まずは村の女の居場所を吐かせないとだろ?」
新之助 「ちっ!仕方あるまい…。おい、お前!まずはその面を外して素顔を見せろ!話しはそれからだ。」
天狗の男 「わ、分かったよ。」
慌てて天狗の面を外した男は、詫びるように頭を下げた。
せいきち 「名は何と申す?」
天狗の男 「甚八と言います。」
せいきち 「甚八さん。何故に村の女を拐ったりしたんだ?」
甚八 「話せば長くなるのですが、私は気ままに旅をしている風来坊でした。ある日のこと、この村の近くを通り掛かったところ、どこかの御武家様に声を掛けられたのです。私は安く見られるのが嫌だったので、風来坊ではありましたが脇に刀を差していたのが悪かったのでしょう。御武家様からは素浪人に見えたらしく、働く気はないかと訪ねてきました。ちょうど持ち金も底を着いてきたので、少しの間ならと了承してしまったのです。しかし、いざやらされる仕事は女を拐ってくる事。断ったら間違いなく殺されると思い、不本意ながら人さらいをしていました。先に逃げた奴らも私と同様に雇われた身です。」
せいきち 「それで、拐った者どもはどこへ?」
甚八 「はい、ここから少し離れた四方を山に囲まれた場所です。私はそこへ拐った女を送り届けるのが役目でした。そこには武家の家臣たちがいて、拐ってきた女を働かせているようです。」
新之助 「働かせている?そんな山奥でか…?」
甚八 「はい。確かか分かりませんが、そこでは"金"が採れるとかで。何やらそこで採れた金は、またそこから少し離れた城へと献上されているようです。」
せいきち 「城?まさかその城は伏見にある城か?」
甚八 「そこまでは分かりません。」
新之助 「よし。これからその場所へ案内してもらおう。逃げ出そうなんて甘い考えはするなよ。」
甚八 「逃げ出すなんて滅相もない。私もこんな仕事だと分かっていたらやらなかった。罪滅ぼしのためにもあなた方の助けが必要なのです…」
俺らは一旦村に戻り、兵衛門へ拐われた女たちを救いに行く旨を伝えた。甚八も悪気がなかったとはいえ、村人たちに謝罪し救出に力を貸すという条件でその場を収めた。
お菊殿の救出も急がなくてはならない所だが、今は目の前の苦しむ人々の為にも一刻も早い村人の救出へと向かった。甚八は悪党の真似事をしていたが、根は単なる風来坊の男。俺たちを騙している様子もなく、着々と目的地へと案内させた。
しばらく歩き進むと、山に囲まれた人目に付きにくい場所へと辿り着いた。小さな川が流れ、その周りには幾つかの作業小屋らしき物が見える。辺りを柵で囲まれ、数人の家来らしき番人が見張りをしていた。様子を伺いながら出来る限り近くまで忍び寄り、救出の機会を待つ事にした。一際大きな小屋からは、掘られてきたと思われる砂利が運び出されている。それを各小屋へと振り分けているのが分かった。
せいきち 「きっと、あの小屋の中で採掘した砂利から金を選別しているのだろう。甚八、女たちがいるのはここで間違いないか?」
甚八 「そうです。採掘しているのは他の村から連れて来られた男たちです。小屋の中での細かい作業を女たちが担当しています。」
新之助 「…って事は、採掘場の男たちも救出しなけりゃならないって訳だな?」
せいきち 「そうなるな…。甚八、家来や番人は全員でどのくらいいるのだ?」
甚八 「詳しくは分かりませんが、凡そ二十人ほどかと思います。しかし、中には剣の立つ者もいるとか…。せいきちさんと新之助さんの二人で大丈夫なのですか?」
新之助 「余計な心配はするな!俺らがやらなきゃ誰が助けるというのだ!元はお前の責任でもあるのだぞ!」
甚八 「す…すみません。」
せいきち 「喧嘩してる場合じゃないだろう。それより、どうやって侵入すかだ。一気に攻め込めば奴らも反撃に徹するだろう…。最悪、村人を人質に取られてしまっては身動きが取れなくなる。ここは、一人ずつ潰していくのが良案じゃないか?」
新之助 「ちっ!面倒だが村人の命が最優先だからな。仕方あるまい。」
甚八 「ならば、私があの入り口の番人を引き付けましょう。その間に侵入して下さい。私は顔が割れてますから、番人も怪しまないはずです!」
新之助 「なら頼むぞ甚八。お前はその役目を終えたら帰っていいぞ。もう悪さはするんじゃねえぞ。よし!行くぞ、せいきち!」
甚八は番人に話し掛け、俺と新之助は後ろからそっと忍び寄り相手を気絶させた。近くの草むらに番人役を寝かせ隠し、俺たちは堂々と正面から侵入する事に成功した。各小屋の前には家来が見張り役として構えている。物陰伝えに身を潜めながら少しずつ間合いを詰めて行く。そして、見張り役を一人また一人と気絶させると、小屋の中の様子を伺い、中に村人しかいない事を確認すると"必ず助ける"からと、しばらくおとなしくして待つようにと伝えて回った。
残す所は採掘場ともなっている小屋の中であった。家来どもが複数人確認ができているが、中の状況はなかなか掴めない。俺と新之助は二手に別れ好機を伺っていた。
『うわぁぁっ!』
小屋の中から響きわたる叫び声が、無理矢理に労働させられている事を物語っていた。俺も新之助も早く救出しなければと焦りを感じずにはいられなかった。
少しすると、小屋の中から台車に砂利を乗せ運び出そうとしている村人が出てきた。満足に食事も与えられていないのか、その身体は痩せ細り、疲労困憊でいつ倒れてもおかしくない状況を目の当たりにした俺は、怒りで今にも飛び出して行きたい気持ちであった。むろん、新之助も同じ気持ちである事に違いない…。それでも残酷に家来は竹棒をしならせながら村人の男を叩き付ける。案の定、その男は倒れ込んでしまった。
『何をしておるっ!早く運べっ!!』
俺は昔の日本でこんな事が起きていたという事実に、怒りと悲しみを感じ憤りに満ちていた。
せいきち (早く助けなきゃ…)
そう思っていた瞬間、我慢の限界を越えた新之助が家来を斬り掛か っていた。
『ぬあぁぁっ!』
新之助 「許せぬっ!罪無き人間に何たる所業…」
斬られた家来の叫び声に異変に気付いた仲間どもが集まり出していた。俺は倒れていた村の男を避難させ、すぐさま新之助とともに戦いに転じた。
新之助 「せいきち!俺はもう我慢できん。こやつらを殲滅しなければ気が済まなくなった!」
せいきち 「俺もちょうどそう思っていたよ…。さあ、皆を助けに行こう!」
『ガキーン!ズバッ!』
採掘小屋からは、次から次へと家来たちが現れた。一人斬り、また一人斬りと激戦を繰り広げ、最後の一人と思われる家来を倒す事ができた。
せいきち 「はぁはぁはぁ…。もう出てくるんじゃねーぞ。新之助、そっちは大丈夫か?」
新之助 「あぁ何とかな!さあ、村人を全員連れだそうじゃないか!」
小屋の中には洞窟が掘られ、薄暗い中で何人もの村人が強制労働をさせられていた全員に外に逃げるように指示を出し避難させたのであった。
他の小屋で待機していた村人にも安心して外に出るように声を掛け、一斉にこの場から逃げようと出口へと向かったのだ。しかし、出口には先ほど倒した家来とは異なる出で立ちの男が道を塞いでいた。その眼光からは殺戮を好む残虐ささえ感じられた。
せいきち 「マズいな…。こいつはいままでの相手とは違う…。下手に手出しできないぞ。」
新之助 「邪魔だっ!そこをどけ!邪魔するなら容赦はせぬぞ!」
大男は怯む様子もなく、それどころか手にしていた槍をこちらに向けてきたのだ。相当、手練れた槍の使い手と戦いは初めてだった俺は、如何なる攻撃をしてくるのか出方を伺っていた。しかし、激高している新之助は習得したばかりの神道一刀流で攻撃を仕掛けたのだった。
以前とは見違えるほどの素早さで大男との間合い詰めた新之助は、一瞬にして抜刀し相手の懐を目掛けて斬り掛かった。
『キーンッ!』
新之助 「なにっ!?」
大男は新之助の素早い太刀を、いとも簡単に槍の先端で躱し避けたのだった!さらに大男はその槍を大きく振り上げて一直線に新之助を目掛けて振り落としたのだ。
『ズバーンッ!!』
せいきち 「新之助ーっ!」
槍の先端は地面をえぐり、まるで砲弾でも落ちてきたような破壊力であった。立ち上る煙のような噴石で新之助の姿がまったく確認できなかったほどだ。
新之助 「ふぅ、間一髪だったぜ。なかなかやるなぁ大将…。気に入ったぜ…、名は何て言うんだ?」
大男 「我が名は坂田青雲。頭の指示により、何人足りともここを通す訳にはいかん!」
新之助 「坂田…青雲?」
青雲 「お前らが覚えていなくとも、ここで恨みを晴らさせてもらうぞ。さあ、我が槍の餌食にしてくれようぞ!うらぁぁぁっ!」
槍の使い手である坂田青雲は、偉躯(いく→大きい体)ながらも俊敏な槍捌きで攻撃を仕掛けてくる。豪腕でありながら俊敏な動きに、新之助も俺もなかなか反撃に転じる事が出来なかった。
せいきち (坂田…青雲…?どこかで聞いた名前だなぁ…)
新之助 「せいきちっ!何をぼやっとしておる。逃げてばかりでは先に進めんぞ!」
せいきち 「あぁ、すまぬ…。しかし、奴の長槍では、下手に斬り掛かるのは危険だ…。」
新之助 「せいきちっ!危ないっ!!」
『ドカッッ!!』
せいきち 「うぁぁ!」
青雲の凪払いは躱したものの、持ち手の柄を使った連撃に俺は弾き飛ばされてしまった。
槍を自由自在に操る攻撃は、間合いまで近寄る事すら困難な状況であった。例え瞬足の神道一刀流で間合いに入れたとしても、どちらも痛手を追う事は明白。
せいきち (きっとどこかに隙があるはずだ…その時までは何としても!)
青雲 「大蛇乱舞!(おろちらんぶ)」
今度は新之助に向かい、新たな攻撃を仕掛けた!素早い槍の突きを幾度も繰り返し、まるで無数の大蛇が牙を剥き出しに襲い掛かってくるかのようだった。
青雲 「おりゃおりゃおりゃーっ!串刺しにしてくれわっ!」
新之助もギリギリの所で躱してはいるが、もう後がない。
せいきち (マズい…どうにかして助けなければ…)
俺は呼吸を整え、一か八かで刀を構えた。
せいきち 『神道一刀流…神道突牙斬!』
地面を蹴り、真っ直ぐ青雲へと突進していった。
青雲 「ふっ、甘い!そうくると思っていたわ!」
『ズガーン!!』
せいきち 「ぐはっ!」
新之助への攻撃を緩める事なく、槍の柄で俺はまたしても弾き飛ばされてしまった。青雲は後ろからの攻撃を、むしろ待っていたかのように嘲笑い見せたのだ。新之助は迫りくる槍の刃を避けながら、少しずつ壁際へと追いやられている。そして、ついに下がり切れなくなり、防御の限界に達した時だった。
樹上(木の上)から黒い影が青雲の顔を目掛けて飛び付いたのだ!
せいきち 「あ…あれは!?」
甚八 「うわぁぁぁっ!」
なんと、甚八が間一髪の所で青雲に飛び付き動きを止めてくれたのだ。新之助もその隙に槍からの攻撃を逃れ、無事に回避する事ができた。しかし、甚八は青雲に首根っこを捕まれ苦し踠いている。
甚八 「ぐぅぅっ!」
青雲 「なんだ貴様っ!邪魔しおって。まずはお前からあの世に送ってやる!死ね・・・」
『ズバっ!』
新之助 「神道一刀流…風伯一刀斬!」
この一瞬の隙に、新之助の刃は青雲の脇腹を斬ったのだ。青雲が腹を押さえ跪いている間に新之助は甚八を救出する事が出来た。
新之助 「何故戻ってきたのだ?危うくお前も死ぬ所であったぞ!」
甚八 「…遠くから二人が戦っているのを見て、私にも何か出来ないか、何か罪滅ぼしが出来ないかという気持ちになりました。元はと言えば私にも責任があります。村人の為にも、お二人の為にも何かしなければと考えていたら…、気付いた時にはもう私はあの男に飛び付いていました。」
新之助 「ふっ、無茶しやがって…。でもお前のお陰で助かったよ。ありがとうな!せいきち立てるかっ!」
せいきち 「あぁ、大丈夫だ!」
新之助 「甚八のお陰で好機到来だっ!今こそ俺たちの力を発揮するだ!行くぞっ!」
新之助 「神道極一刀流…神道突牙斬!」
せいきち 「神道極一刀流…雷公一刀斬!」
『ズガーンッ!!!』
青雲 「ぬうぁぁぁっ!」
甚八の助けが無ければ、今頃、俺たちは青雲に殺られていたかもしれなかった。俺も新之助もあえて急所は外していた。それは、青雲の"恨み"がなんだったのかを確かめなければならなかったからだ。
青雲 「うぅぅぅ。」
せいきち 「一つ聞かせてくれ。俺たちに対する恨みとは…まさか、坂田八雲の事ではないか?」
青雲 「・・・あぁ、その通りだ。お前らに殺された坂田八雲は俺の弟だ。その恨みを晴らさんべく、お前たちを待ち構えていたのだ。しかし、邪魔者がもう一人いたとは…不覚…」
せいきち 「確かに俺たちは八雲も戦った。しかし、あいつは最後、自ら炎に飛び込んで命を絶ったのだ。武士として敗けを認め、最後は潔くな…」
青雲 「嘘を付くでないっ!八雲はお主らの騙し討ちによって命を果てたのだ!」
新之助 「騙し討ち?ふざけるなっ!俺は八雲と正々堂々と勝負をしたのだっ。…初めは大上最善に操られていると思っていたが、戦っているうちにあいつの目は間違いなく武士としての真剣勝負の眼差しであった。あの時、俺も八雲も、互いに武士として死を覚悟の上であった!皮肉なもので、互いに幕府の護衛用人として働きつつも良き競争相手として共に剣の腕を磨いてきたのに…まさか大上最善の手先だったとはなぁ。」
青雲 「大上最善の手先だと!?」
新之助 「あぁ、きっと役職か何かを餌に反幕府の大上に付いたのであろう。しかし八雲が俺たち敗れたと知ると、今度は人質を取って雲隠れしてしまった。手下であった八雲を弔いもせずにだっ!。だから俺たちはその大上最善を追ってここまで来たのだ!」
青雲 「お主は…八雲と共に職務を全うしていたと言うのか…?」
新之助 「俺と八雲は江戸城警護役として働いていた。決して気の合う仲間とは言えんが、剣の腕では武士道を貫いてきた者同士だ!なのに…、どこで歯車が狂ってしまったのか…」
新之助の話しを聞いた青雲は、どことなく悲しげな表情を浮かべていた。それは弟の本当の最期を知り、単純に弟思いの兄の顔へと戻ったのだと感じた。
青雲 「俺はなんて間抜けな男なんだ…。俺たち兄弟は幼い頃に両親を亡くし、育ての親から厳しく剣の道を教えられてきた。そしていつぞや、武士として陽の目を見る事を夢見て邁進してきたのだ。弟はその夢を叶え始めていたのいうのに…」
せいきち・新之助 「・・・」
青雲 「お前たちの目指す大上最善の居場所はここからさほど遠くはない山中にある。麓に古びた神社があるから目印になるだろう。さぁ、早く行けっ!」
俺たちは村人たちを集め、各村へと連れて帰った。
そして、兵衛門たちが暮らす村へと帰ってくると、村人たちは一斉に俺たちを出迎えてくれた。俺たちの後ろからは、拐われた村人たちが次々と村に向かって手を振っている。中には走り出して、この日をどれだけ待ちわびていたか、喜びの涙で抱き締め合う者もいた。
兵衛門 「よくぞご無事に戻られた。何より、村の仲間を救って下さり、心より感謝致します。どうか今夜は宴をご用意致します。ゆっくりとなさって下さい。」
せいきち 「その前に…ほらっ、甚八。お前から言うべき事があるだろう。」
甚八 「ご、ごめんなさい!天狗の正体は私です。本当にごめんなさい!」
兵衛門 「これはどういう事でございますか?」
新之助 「こいつも脅されて仕方なく人さらいをさせられてたって訳だ。反省もしているし、救出にも協力してくれた。だから俺らに免じて勘弁してくれまいか?」
兵衛門 「時に、人は欲や恐怖に負けてしまう事があります。村人も無事に帰ってこれたし、これからの生き方で、悔いは改められるのではないでしょうかのぉ?」
せいきち 「なら、許してもらえるのですね?良かったな甚八!村長や皆に感謝しろよっ!」
甚八 「ありがとうございます!」
その日の夜、村は久し振りの家族の再会に、いつまでも歓喜の声が響き渡っていた。
ひとまずは村人を救い出す事ができ安堵していた俺たちであったが、決して本来の目的を忘れている訳ではなかった。喜ぶ村人たちを横目に、青雲が最後に教えてくれた大上最善の居場所が分かった以上、一刻も早く村を出発したかったのである。しかし何故、青雲が大上の居場所を知っていたのか…そして何故、俺たちに居場所を教えてくれたかは分からなかったが、俺と新之助は宴を途中で切り上げ、早く床に着き早朝に村を出る事にした。
翌朝、まだ陽が昇る前の薄暗い時、出発の準備を整え村人に気付かれぬよう、こっそりと村を出たのであった。
新之助 「皆、喜んでいたなぁ。俺は武士になってこれ程嬉しい事はないぞ!」
せいきち 「そうだな。やはり剣は平和のためにあるんだよ。俺は武士と呼べる器じゃないけど、ソハヤノツルギを手にして家康公にそう教わった気がするよ。なんて、ちょっと格好つけすぎかな!」
『おーい!おーい!』
新之助 「ん?なんだ?誰か呼んでいるぞ!」
『兄貴~っ!待って下さいよ~!』
せいきち 「あっ!あれは甚八だっ!」
甚八 「はぁはぁはぁ。私を置いていくなんてひどいじゃないですかぁ?」
せいきち 「置いていくも何も、むしろ何しに来たんだ?まさか…一緒に着いていくなんて言わないだろうな?」
甚八 「あれっ?分かっちゃいました?」
新之助 「本気で言ってるのかっ!?俺たちはこれから生きるか死ぬかの戦いに行くのだぞ!お前みたいな弱い奴は足手まといなんだよ。さぁ帰れ!」
甚八 「確かに私は兄貴たちのように剣の腕も無ければ殴り合いの喧嘩もした事がありません。でも、何かしらのお手伝いくらいは出来ると思うのです。だから私もお供させて下さい!お願いします!」
新之助 「馬鹿な事を抜かすな!これは戦なんだ!お前の手伝いは無用だ。早死にしたくなければ大人しく引き返すのだ。」
甚八 「現に、青雲との戦いの時、間一髪の所で新之助兄貴を救ったじゃないですか!私もやる時はやる男なんですよ!」
新之助 「…あの時は…ちょっと油断してただけだ…」
せいきち 「新之助、甚八に一本取られたなぁ!」
甚八 「ほら、せいきち兄貴もそう言ってる事だし、これからは一緒に戦いますよ。」
新之助 「つーか、その"兄貴"って何なんだよ?俺はお前の兄貴分になった覚えはないぞ!」
甚八 「じゃあ、何てお呼びしたらいいですか?」
せいきち 「"さん"呼びでいいよ!」
甚八 「分かりました!せいきちさん、新之助さん!宜しくお願いします!」
まったく予期せぬ出会いから始まった新しい仲間の甚八を加え、俺たち三人は大上最善を討ち、お菊殿の救出のために新たな旅が始まったのである。
第四章 ~友情~
終わり




