第三章
第三章 ~極み~
俺は、新之助が師匠と呼ぶ"神道一刀流"の使い手の元へ訪れた。江戸の町から少し離れた静かな田畑の広がる、何処にでもある農家であった。こんな所に家康様と同じ神道一刀流を使う元武士が住んでいるのかと疑わずにはいられなかった。
家に隣接している畑の中に、その男の姿はあった。首から手拭いをぶら下げ、鍬を持ち畑を耕している姿は、とても武士どころか、神道一刀流を習得した者とは思えないほどであった。
新之助 「ここだここだ!師匠っ!新之助でございます。」
白髪で髭を蓄えたその男は、新之助の呼び掛けにも動じず黙々と畑を耕している。新之助の苦笑いからは「こういう人なんだ」と伺えた。こんな寡黙な男から本当に神道一刀流を学べるのか…不安になってきた。
新之助 「師匠!お忙しい所にかたじけない。今日は師匠と同じ神道一刀流を使う友人をお連れ申した。是非ともお顔合わせ願いたい。」
すると、ゆっくりと顔を上げ、俺の顔を確かめるように見つめてきた。顔つきは確かにご老体ではあったが、その鋭い瞳の深さはまるで現役の武士のようであり、俺の心の中までもを見透かされているかのようだった。
新之助 「こちらは拙者の師匠である"山ノ内清兵衛様"だ。」
清兵衛 「お主、名を何と申す?」
せいきち 「"せいきち"にございます。」
清兵衛 「して、せいきち殿。何処で神道一刀流を学ばれたのじゃ?」
せいきち 「・・・。それは…。」
清兵衛 「まあ、よい。お主の太刀筋を見れば分かる事。ちょうどそこに人の形に模した板がある。何でもいいからお主の神道一刀流を見せてはくれんかのぉ。話しはそれからじゃ。」
せいきち 「はい…、分かりました。」
俺は板の前に立ち呼吸を整え、そっと目を閉じた。そして弓矢を引くように刀を構え、一直線に刃を突き放ったのだった。
『ズバーンッ!!』
新之助 「はっ、早い!早すぎて…まったく見えなかった…」
清兵衛 「良かろう。せいきちとやら、何故に家康公から引き継いだのじゃ?」
せいきち 「!?。なぜ家康様からだとお分かりになられたのですか?」
清兵衛 「お主の持つ刀じゃ。それは家康公の愛刀、ソハヤノツルギであろう。家康公が亡くなった後、行方知れずと聞いておったが、お主が持っていたとはのう。その刀を持っているという事は、さぞかし信頼されていたのであろう。」
せいきち 「・・・」
清兵衛 「それともう一つ。お主の型は確かに儂と同じ神道一刀流だが、決定的に違う所がある。それはお主が狙いを定め貫いた場所じゃ!」
せいきち 「えっ?」
俺はさきほど自分が貫いた人形の板をじっと見つめた。板は真っ二つに割れ、その衝撃は見るからに破壊力を兼ね備えた流派に違いはなかった。
清兵衛 「家康公は天下分け目の大戦に勝利し、征夷大将軍とまで登り詰めた。だがそれは、家康公が武力だけで強かった訳ではないのだ。ではなぜ、家康公が戦に勝てたのか…。それは"人柄"じゃ。」
せいきち・新之助 『人柄っ?』
清兵衛 「本来、武士たる者、常に生死の狭間で戦っておる。だが家康公は、神道一刀流を屠る(殺す)流儀としなかった。相手が誰であれ留めを刺す事はせずに許したのじゃ。勿論、生かされた者の中には武士として負けを認め自ら命を絶つ者もおったが、家康公が最期まで手を下す事はなかった。つまり、家康公の神道一刀流は"人を生かす剣"なのだ。そんな人柄だからこそ、家来も泰平の世を信じて忠誠を共にしてきたのであろうなぁ。せいきちよ、お主が無意識に貫いたのはどこじゃ?」
せいきち 「肩で…ございます…」
清兵衛 「それこそが、家康公から引き継いだという確かな証拠なのじゃよ。儂の神道一刀流なら間違いなく急所を狙うはずじゃ…」
せいきち 「清兵衛様の仰る通り、私は家康様からこの流派を受け継ぎました…。それと、今までの戦いでは確かに相手の動きを封じる攻撃はしても、人を殺める攻撃はしていません…」
そして俺は、信じてもらえるかどうかは分からないが、全ての経緯を清兵衛に話した。俺がこの時代の人間ではない事。お菊との出会い。新之助との出会い。豊臣家末裔との戦い。全ては家康様の亡くなっても尚、切に願う魂から始まったという事を。普通ならそんな馬鹿げた話しに聞く耳を持つ者などいないはずだが、清兵衛は全てを受け入れてくれたのだ。
清兵衛 「家康公も厄介な仕事を頼んだもんじゃなぁ。確かに娘のお菊が心配で成仏できなかった気持ちも分からんもないが…、何も400年後のせいきちに頼まんでも良いものだが。まぁ、家康公の魂の通ずる者が、400年待った甲斐あって、せいきちを呼び寄せたと言ったほうが正しいのかもなぁ。」
せいきち 「そうかもしれませんね…」
清兵衛 「だが、せいきち!?この戦の失敗は許されんぞ!もし、せいきちの話しが本当の事なら、お主の結果次第では未来とやらが変わってしまう事に成りかねん。儂は未来がどうなっているのかは知らないが、お主がこの時代に来たせいで、戦いに勝てばこれからも徳川家が幕府を運営していくのであろう。しかし、負ければ豊臣家末裔が幕府を乗っ取る事も有り得る。」
せいきち (そうか…今までそんな事は考えてもみなかった…。俺は目の前の出来事に流されて今日までやってきた。このままでは、未来が変わっちまうかもしれない…。何より教科書で習った事も、下手したらせいきちという俺の名前まで載っちゃうかもしれない!?いやもしかしたら、未来が変われば俺の存在自体も失くなってしまうかも…それはマズいよ!)
せいきち 「清兵衛様。私はどうしたらよいのでしょうか…?」
清兵衛 「勝つ事じゃな。勝って菊姫を連れて帰る事じゃ。さすれば、せいきちがこの時代に来る前と変わらんのじゃろ?」
せいきち 「しかし、今の私に勝ち目はあるのでしょうか?」
清兵衛 「・・・分からん。ただ一つ言えるのは、お主の神道一刀流は完璧ではない。神道一刀流は神を司る流派。神の裁きを受け生かす事もある。しかし、神の逆鱗に触れ天罰を下す事も出来るのだ。この両方の流儀を習得してこそ、本当の神道一刀流と言えるであろう。家康公から引き継いだのであれば、それはただの神道一刀流。そしてこれから儂がお主に伝授しなくてはならないのは天の裁き『神道極一刀流』である!」
せいきち・新之助 『神道極一刀流っ!?』
清兵衛 「そうじゃ!天の裁き・・・儂の言いたい事は分かるな?。お主にそれができるか?」
せいきち 「分かりません…。でも、水織殿の仇、そしてお菊殿の命の為なら、俺は何でもやります!ですから、俺に神道極一刀流を御伝授下さいっ!」
清兵衛 「よし、分かった。では時間も少ない、今すぐに用意をしなさい。始めるぞ!」
それからは、俺と新之助は体のあらゆる所に重りを付けながら畑仕事や薪割り、水汲みなど、筋力を付ける為の動きに加え、真剣での実践修行と平行しながら一日を過ごした。
数週間後、上様からの伝言を預かったという家来が訪れた。その内容は"大上歳善の居所が判明した"との事だった。しかしながら、未だ水織殿の容態は変わらず意識が戻らないままだと言う。鬱念の思いであるが、今は一刻も早くお菊殿を救い出す事。その日の夜、俺は清兵衛様に一日も早く出発したい旨を伝えた。
清兵衛 「明日の朝、お主らの成長ぶりを見てやろう。そして、儂の目に叶ったのなら出発を認めてしんぜよ。」
せいきち 「…分かりました!よろしくお願いいたします。」
新之助 「明日かぁ。とうとう自分の力量を試す時が来たのだな…。」
俺と新之助は、一緒に床に付き、ぼんやりと天井を眺めていた。きっと考えている事は一緒だったのだと思う。何か言葉を交わす事もなく、ただただ互いの進むべき道を見つめていたのであった。
翌朝、俺と新之助は陽が昇る前から着替え最後の稽古をしていた。短い間ではあったが、神道極一刀流を学び、そしてそれを試す時が来たのだ。二人とも交わす言葉はなく、清兵衛様が来るのを待ちわびていた。
清兵衛 「遅くなってすまんな。では始めるとするか。準備はよろしいかな?」
せいきち・新之助 『はい!』
清兵衛 「良かろう。まずは、今まで身に付けていた重しを外すがよい。では、新之助から参ろう。あそこに人形が置いてある。得意とする型で仕留めてみよ。」
新之助 「はい!」
目を閉じ呼吸を整えた新之助は、地面を蹴り人形に向かっていった。凄ましい早さで懐に入り水平斬りを繰り出したかと思うと、そのまま相手の背後に回り力強い一太刀を叩き入れたのだった!
新之助 「はぁはぁ。す、すごい!俺にあんな早さがあるなんて…。信じられん!」
清兵衛 「続いて、せいきち。」
せいきち 「はい!」
新之助の快挙に背中を押されるように、俺もそっと目を閉じ刀を構えた。
せいきち (自分を信じるんだ…。俺は必ずお菊殿を助けるんだ!行くぞっ!)
俺は人形に向かい走り始めた。そして…
新之助 「えっ?せいきちが消えた!」
俺は天高く飛び上がり、稲妻の如く叩き斬った!
『ドカーンッ!』
人形は木っ端微塵に吹き飛び、支えていた木注は割れ、地面までもがえぐり取られていた!まさに、天の怒りが落雷となり打ち滅ぼしたのだ!
新之助 「す、すごい…。これが真の神道極一刀流なのか…」
せいきち 「はぁはぁはぁ…」
清兵衛 「二人ともご苦労であった。」
新之助 「師匠…、我々の成果はいかがでしたか?」
清兵衛 「二人ともなかなかのもんじゃ。最初に見せてもらった新之助の技は風の神の型、"風伯一刀斬"じゃな。なかなかの早さで見事であった。」
新之助 「えっ!?名前があったのですか?」
清兵衛 「当たり前じゃ!せいきちが初めて見せた弓矢を構えた様な構えから繰り出した突きの攻撃は"神道突牙斬"じゃな。」
新之助 「知らなかったぁ。最初に教えて下さいよ師匠!」
清兵衛 「すまんかった。あまりにもお主らの技が良かったのでなぁ、思い出させてもらったわ。そして、せいきち。お主の放った技は雷の神の型、"雷公一刀斬"じゃな。早さといい、破壊力といい、申し分無い仕上がりじゃ!二人とも短い期間でよくぞ成長した。まだまだ教え足りん所だが、もはや一刻の猶予もあるまい。二人で力を合わせ菊姫を助け出すのじゃ!」
せいきち・新之助 『はい!』
清兵衛 「そしてせいきち…。これだけは覚えておくのじゃ。武士として相手に止めを指すのも情けであり、また、もののふとしての定めと知り心得ておくのじゃぞ。」
せいきち 「・・・」
俺と新之助は一旦城に戻り、上様より大上の居所は京都にある伏見城近くの山中だと教えてもらった。俺たちも急いで旅支度をし、お菊殿を救うため京都伏見へと出発したのだった。
第三章 ~極み~
終わり




