ときに現実は悪夢より
夢を見ていた。あのトロい姉妹が、びいびい泣き叫んでいる夢。ただでさえ汚い顔を醜く歪めて、嫌だよう、嫌だよう、と泣き叫んでいる。はん、と鼻で笑ってやった。私だって嫌よ。でもしょうがないじゃない、お前が悪いのよ。
弱いから悪いのよ。泣いてるから悪いのよ。死んでしまってもしょうがないわ。…ほら、もう一撃が来る。やり返せないなら、避けなさいよ。
誰かを殴ることすら出来ないのなら、さっさと殺されてしまうがいい。ほら、せいぜい、みじめったらしくやられて私を楽しませなさい…
サラ、の名を叫んだような気がするが、客間に響いたのはベッドのきしむ音だけだった。上司であるオーウェン夫妻に騒音で迷惑をかけなかったことに安堵しながら、昨日乾かしてもらった服を着る。まだ六時だが、大丈夫だろうか。早起きで迷惑になることはないかしら?階下からメイドが歩く音がする、朝食など頂いてしまったらどうしよう。いや、それより昨日は疲れ果てていて何も考えられなかったけれど(だから私はダメなのだ)、この御恩をどうやって返せばいいのかしら…。
ああもう、やめ、やめ、と呟き、髪を梳く。こんなふうだから私には何もできないんだわ。オーウェン課長がいらっしゃるまでは、仕事だって、少し「力」のある連中に押し付けられてばかりだった。気を遣って、嫌われないようにすればするほど悪循環。
普通にしていなさいよ、と何度言われて、そうできたら、と何度思っただろう。…「力」が欲しいわけじゃあない。ただ、優しい人たちに囲まれて生きていたいだけ。逃げていたい、それだけ…。
魔法使い嫌いの奥様らしく、家に居るメイドは魔法が使えないとのことで、かわいそうに、朝から急がしそうに走り回っていた。かまどに火を入れたり、新聞を買って来たり、冷蔵庫の氷を買ったり。我が家ではサラが指一本で済ませてしまうことが、普通はどれほどの事なのかを思い知らせられるような気分だった。サラ、かわいそうに。今度からは宮廷魔術師らしく、家でも「力」のあるメイドを雇っておこう。どうせ私は苛められるのだろうけど、サラやお母さんのためだ。
オーウェン課長はおはようもそこそこに、さっき若い娘の一人が1ペンスで買って来させられた新聞を指差して笑った。
「…調べるまでもなかったみたいだよ。ここ、地方面に『宮廷魔術師の失態』だって」
「おはようございます。サラは、何を失敗したのでしょうか…」
「ドラゴン退治だよ」
「その演習、ですね。現実にドラゴンが現れるわけがないですもの」
「いや、…」
課長が言葉にする前に。奥様の優しく甲高い声が響き渡る。
「あなたぁ〜、急いで出勤の準備をして。
ポーリーン!何か汽車の中で食べられるようなもの、二人分包んで!
ああ、何をしてるのエマちゃん!ジェニー、エマちゃんを飾り立てて!黒を基調に、あのシルクの上品なマントあったでしょう?!あれ出してあげて。間違っても羽なんて使ってはだめよ、下品すぎるわ」
「あ、あの奥様…」
「何があったんだね?」
様式美、としか言いようのない言葉でも、言わずにいられない時がある。そいつが事実か信じられない時、つまり、今のことだ。
「たった今、宮廷の魔術管理課から電話が入りましてよ。あなたはすぐ出勤、エマちゃんは別命あるまで宮廷で待機しろって」
「そういうのは先に言うんだよ!」
やいのやいの言い合いながら上等なスーツを持ち出すふたりを尻目に、私はなんとか意図を掴むべく考えた。私が?サラじゃなく、このエマが?今まで一度も魔法を使えたことのない、弱気な妹のほうが、宮廷に呼び出されるですって?
疑問は多く残るが、最終的にはひとつに絞られる。…何のために?
私に魔術管理課へ行かせて、何をさせるつもりなの?
そばかすの女の子、恐らくジェニーに頭からマントをひっかぶせられて顔に化粧を塗りたくられる。不安と奇妙な符合の中、私はサラや母がいるはずの場所へ行くことを早くも恐怖していた。




