謎の「ドラゴン」
「ドラゴン」
かつて存在したと言われる、強大な魔力を持つ生物。教会などに行くと、大きな羽の生えたトカゲのような姿のタペストリーが下がっているが、実際は知性のある犬のような生物だったそうだ。人と会話し、人を殺し、人を守ったと言われている。
しかし、「だったそうだ」というのは他でもない。現状、彼らが姿を現すことはまずありえないのだ。食事を摂らず、排泄をせず、生物と関わらない。強大な魔力があるから、人間に出会う用件もない。噂では、アーラト山の頂きの樹海で、性格の悪い魔法使いたちにぶっ壊されて、死にに来た人間たちを眺めて楽しんでいるとか。
ゆえに、サラへの依頼が「本物のドラゴン退治」であるわけがない。第二王子は彼女の力を見たいだけか、あるいは野犬でも吹っ飛ばして欲しいのか、どちらかだろう…と、思っていた。
公費で宿泊できるみたいだが、サラと母のいるゲーニッツホテルに行く勇気はなく、結局職場に戻ってきてしまった。
そこで残業中のオーウェン課長に出会い、家に招待して頂いて今に至る。ビショビショで汽車に乗った私に、彼はいたく同情したようだった。
課長の奥様であるミセス・オーウェンはこちらが恐縮してしまうくらい優しく接してくれ、温かいご飯と服を貸してくれた。何度もお礼を言おうとしたが、彼女は気にしないで、と繰り返すだけだった。
「私の従兄も、魔法使いだったのよ…何度もひどい目に遭わされたわ。こんな寒い日に、池に突き落とされて全身を凍らされそうになったこともあるの。
ああ、ごめんなさい。あなたの家族の悪口を言う気はないのだけれど、どうしても、ね…私は『力』を持つ連中は…嫌いだわ」
「そういうご意見もあることは承知しています。
でも、家族ですから。昔からのことですし、こんな日は仕方ないです」
「こんな日、ねえ」
黙ったままだった課長が、パイプの煙を吹き出し呟く。奥様が何よ、と囁くと、いやあ、と二人は視線をかわす。そこには夫婦特有の親密さがあり、私は恥ずかしくなってしまって目を逸らした。
「どうした?ミス・エマ」
「い、いえ。何があったのかは、結局わからなかったなあ、と…
姉が第二王子に呼ばれたのはドラゴンの話ではなかった、という事実だけしか、わかりませんでした」
「それだけで結構。明日、調べてみてあげるよ。何、第二王子のすることなんて筒抜けなんだ。
実はだいたい想像もついているし、ね」
「夫」の中にひそむ、総務課長の笑顔。彼は仕事のできる人だ。私はミセス・オーウェンの勧めるままに、客間の布団に潜り込む。今日は酷い日だったか?そうでもない。宮廷魔術師とその母と一緒に住んで、とりあえず生き延びることができたのだから。
しかし…サラはどうしているのだろうか。
今まで、彼女が「仕事」をこなせなかったことはなかった、と思う。それほどまでに彼女の力と性格は強烈で、輝かしいものだったのに…。




