共感する魔法
さて、勤めを終えて帰宅すると、家がなくなっていた。それ自体は特段驚くべきことではないので、不機嫌な顔で座り込む母を捕まえてみる。彼女は私を見たとたん、ヒキガエルでも踏みつぶしたような顔をした。
まあ、どうでもいい。いつものことだ。
「ただいま。今日はどこに泊まればいいの」
「駅前のゲーニッツホテル。
言っとくけど、あんたの部屋は用意されてないから」
「…これ、サラがやったの?」
「はあ、私がやったとでも思うの!?最低」
「台所には行かせるなと言ったのに」
「うるさい、うるさい!!!」
母は喧嘩をしたい気分なのだろうが、私は(たいてい、いつでも)そうではない。ここにサラがいないことで、何が起こったのかたいていの想像はつく。
「王宮で、お仕事が上手くいかなかったのね。可哀想に。
ねえ、ドラゴン退治をさせられたって話は本当なの?それではいくらサラでも、できるはずがないわ。怒ってもしょうがない」
「ふん、ドラゴンなんて…いるはずがないじゃない」
母はポケットからマッチを取り出した。やめて、と言う間もなく、その指先から炎が燃え上がる。
火はあっという間に家の残骸に燃え移った。周囲で見守っていたご近所さんたちから悲鳴があがるほどに、炎は強くなり、燃え上がる。人のパニックと哀しみを糧として「力」とする。
これが母の技だ。そして、ーサラの力。
「エマ、カス娘。才能もない、火のひとつもつけられないくせに」
「…誰か、水を!水を持って来てください!」
「水ですって?ハハハ、ベッキー、持って来てごらんよ」
家の裏に井戸のあるラムゼイの奥さんが、恐る恐る桶に水を運んできてくれた。燃え上がる火にかけようとするそれを、私は止める。
「ラムゼイさん、待って。
…その水は、私にかけてください」
「だ、だってエマちゃん」
「いいから!急いで」
「アハハ、バカでもそのくらいはわかるのね。
かけるのよ、その水!思い切りやんないと、消してあげないから!!」
「テイラーさん!」
「ラムゼイさん、いいから!早くしないと、火が燃え移ってしまいます」
辛そうな瞳の彼女が、私に思い切り冷えきった水をかけるのと、母が憎しみに満ちた瞳で私を罵り、殴るのは同時のことだった。いい子ぶって、とかそんなだから、とか聞こえた気がするが、もう、どうでもいい。私は一瞬で消えた火のことだけを考えて、秋の冷たい風に身を任せた。
「ラムゼイさん…ありがとう」
「エマちゃん」
「同情しないで。次はあなたが燃やされるかもしれない。
ご存知でしょう、母はそういう人で、だから魔法使いなんです…」
ミセス・ラムゼイと周囲の皆さんが、さっ、と私から離れるのが見える。どこか安心して、私はしゃがみ込んだ。私が冷えれば冷えるほど、この火は消える。
怒りと憎しみに顔を歪ませる母に、ご存知でしょう、と呟く。貴女が憎むほど、「力」は大きくなる。そして魔術は現実と共感する…




