Der Wille zur Macht−2
ニーチェに関する独自解釈が含まれます。ご注意ください。
漂泊者よ。
打たれ続けてきた奴隷よ、立ち上がるのだ。
今こそ食らい尽くせ、叩きのめせ、奪い犯し、自らのものとしろ。
漂泊者よ。
強きルサンチマンを秘めた者よ。
弱き者を我がものとせよ。何故ならばそれが、生の本質だからだ。
いつか見た夢のアフォリズムは私を煽り続ける。眠れない夜になるはずだった一晩はあっという間に過ぎ、私は身支度をしていた。白いシャツに紫のスカート、白いタイツ。髪をまとめ、襟をきゅっ、と音が出るほど強く締める。
ひとつの決意をして呼び鈴を鳴らそうとしたその時に、ノックが鳴った。
「朝食をお持ち致しました」
無言でドアを開ける。もう、メイドの扱いにも慣れた。準備を始めようとする彼女を止め、お願いがあるの、と言う。
「朝食は、母ととりたいの。いけないかしら」
「っ、お母様と…ですか?あの…」
「そう、昨日打ちのめしたお母様とよ。
あなたが聞けないようなら、私が直接聞くわ。母と食事を…いえ、話をさせて」
「まさか、あの恩知らず娘から食事の誘いがあるなんて、思いもしなかった」
「それで思わず、イエスと言ってしまった?」
母は何も答えず、トーストにバターを塗ってこちらに差し出した。ありがとう、と受け取りお茶を渡す。
「オレンジペコが好きだったわよね。頼んでみたら出てきたわ。さすが宮廷。
お母さん、昔はこういうの、よくうちでも出してくれたわよね。もう飽きちゃったの?」
「…頂き物ばかりだっただけよ」
ぶっきらぼうながら、ソーサーとカップは受け取られた。しばらくの間、食器のぶつかりあう音だけが場を満たす。
静かな時間だった。まるで、昨日のことなどなかったことのような。
母は音を立てずに茶を飲みながら、ふと、火ぶたを切った。
「あなた、私を貶めに来たの?」
空気がしん、と冷えるように感じられる。昨日一身に感じたサラの憎悪が甦るような気がして、私はぞくり、と身を震わせた。サラと母は、母娘だ…しかし、私と彼女もまた、母娘なのだ。
首を振る必要は無い、彼女は分かっているはず。
「お母さんに、聞きたいことがあったの」
「何も答えないわ」
「…サラや、お母さんは、私のことを間抜けだと思っていたわよね。グズで、いつも人に踏みつけにされる馬鹿だって。搾取されても笑ってる白痴だって。弱者だって。
じゃあ、二人に…お母さんにとって、生きることって、成長することって何だったの?何かを自分のものにすること?誰かを笑うこと?踏みつけること?
最期に、母として…教えて欲しい。お母さん、生きることは闘うことでしかないの?」
真っ直ぐな目、強い口調。
暗示をかけるように、私は母をもう一度追い込む。
ややあって、母はゆっくりと、口を開いた。
それが、母と話した最期の会話になった。




