Der Wille zur Macht−1
ニーチェに関する独自解釈が含まれます。ご注意ください。
「ミス・ドラゴン…」
「どうしたの、ミス・エマ・テイラー。こんな夜半に、そんな格好で…」
「失礼は承知です…お聞きしたいことがあるのです」
どうしても、聞かなければならないこと。私のために?サラのために?
それとも、私たちの「力」への意思のために。
あのとき、サラの隣を抜け出して向かったのはオーウェン課長の家だった。どうしても、どうしても確認したいことがあったのだ…私にはその権利があると思った。真実なんて洒落たものではない、ただの事実を。
『私は第二王子に可愛がられていたからね』
『サラを憎みなさい』
『今すぐここから出て行って!』
夜、深夜といってもいい時間だ。ためらいつつノッカーを鳴らすと、不機嫌な顔のドアマンが客間へ通してくれた。嘔吐のあと、着替えてもいないシャツにスカート。借り物のマントは置いてきてしまった。寒い。失礼と思いながら暖炉の側で手足を温めてさせてもらっている間に、待っていた人が居間のドアより現れる。
「お待たせして悪かったね、ミス・エマ。今お茶を出させるよ」
「いいえ、こちらこそこんな時間に失礼しました、オーウェン課長。お茶は遠慮させてください」
「なぜ?我が家のダージリンはお気に召さなかったかな?フレーバードティーがよければそちらを出させるよ」
「からかわないでください…。人払いを、お願いします」
リン、と鋭いベルが鳴り、先ほどのドアマンが静かに入室する。私のときとは打って変わった神妙な表情で主人の命令を聞くと、小声で承知致しました、とだけ言って、下がった。
「彼は我が家の執事なんだ。若いだろう?あれで使える男だ。
それで、君の聞きたいことについてだが、想像はついているつもりだ。当たっているよ」
「では、やはり…」
「そう。ミス・サラ・テイラーは、『ルサンチマンを持てない状態にある』
…つまり、第二王子と恋仲であるのさ」
「サラは、あなたを殺せなかった…それは、あなたが強かったからではなく…そうではなく」
「ええ、そうです。彼女は弱くなってしまった。
ミス・サラ・テイラー、彼女を強力な魔法使いたらしめていたもの…それはあの日、赤毛のアビーに植え付けられたトラウマ、そして母親と…あなたの歪んだ愛。
新しい愛は、その総てを受け止めるに足るものだったのでしょう。だから私は退治されずに済んだ」
ほんとうに、ほんとうに他人事のように、ミス・ドラゴンは淡々と話した。私は…何を思っていいのかわからない。サラに対してではない。この、人間ならざる生き物に対して…
「今、初めて…あなたが『ドラゴン』に見えました…」
「私は私よ。最初から、あなたの知るとおりのドラゴン」
「魔法で、私をマインド・コントロールしていましたね?家庭を壊すことに罪悪感を持たせないように…当初の目的を悟られないように。
…自分を殺させるための特訓だと、知られないために」
沈黙が、闇夜を包み込む。私たちは対峙していた。言い伝えどおりのグリーンの瞳に黒い髪、喪服と見まがうような黒い服。紫色の部屋には鏡が無い。これも言い伝えどおりだ…
「私は…わかりません。この気持ちが…」
「人間は面倒ね」
「ええ。あなたが私の家庭を壊した…母をあんなにしてしまった。サラは苦しんでいる。
わかりません、ミス・ドラゴン。この気持ちを、憎悪と呼んでよいものでしょうか」
「Nein」
ぴしゃりと、聞き分けの悪い生徒に叩き付けるように彼女は否定する。
「教えたでしょう。それが『ルサンチマン』
…ミス・エマ・テイラー。あなたはルサンチマンを超えて、誰にも負けぬ魔法使いになりなさい」




