サラの言い分を
突然、視界が暗転した。腹部に伝わる鈍い衝撃と、慣れた鈍痛。ああ、サラだ、と気づくのには数秒もかからなかったが、その名前を口に出すことはどうしてもできなかった。別に彼女に同情をしたからでも、遠慮でもない。ただ、最初の一撃でひどい嘔吐に至っただけ。
足が沈み込むような絨毯へ、噴水のように食べたものを吐き出す妹を、姉…サラはひどく冷たい瞳で見下ろしていた。いつもの、軽蔑に満ちた瞳。
そして今は、そこに深い、深い憎悪が加わっていた。見たことも無い姉の様子に、私は恐怖する。落ち着け。落ち着け。私は…魔法使いだ。今朝、それを証明したばかりじゃないか。何も恐れることはない。そう、それが例え『宮廷最高の魔法使い』とまで称されたサラであったとしても。
「ここが」
私に良く似た唇が動く。憎悪にまみれた表情は、何故か美しく見えた。
「ここが、魔法を禁じられている宮廷でなかったならば、あなたを殺しているところよ、エマ」
「理由、が、ないわ、サラ」
ハンカチで口元をぬぐいながら、私は言い返す。
「母さんを倒したことが、そんなに憎いの?それとも、ミス・ドラゴンに魔法使いとして選ばれたことが?
どちらにせよ、あなたには関係のないことのはず」
「反吐の中で黙ってなさいよ、クソ妹」
えづいていたところを蹴り飛ばされ、テーブルの下に倒れ込む。暴力には慣れている。私は深く呼吸をし、無表情を作ると、その場に立ち上がった。テーブルに転がっていた呼び鈴を、さっと手にとる。
「…何のつもりよ」
「これを鳴らせば、メイドが来て部屋を片付けてくれるわ」
「馬鹿にしているの?エマのくせに、助けでも呼ぶ気」
「呼ぼうと思えばミス・ドラゴンだって来てくれるでしょうね」
沈黙。サラの憎悪はなお増したように見えたが、何もしようとはしない。私は呼び鈴をそっとテーブルに置いた。
「サラ…あなたと話したかった」
「話すことなんてない」
「母さんをあんなに叩きのめしながら、あなたを憎むことがどうしてもできなかった」
「私はあんたが憎くてしょうがない」
「どうして欲しいの?」
「ここから出て行って」
サラは静かに、ドアを指差す。私は首を振る。
「仕事が残っているの。私は…あなたを超えなくちゃならない」
「仕事!仕事ですって?
あんた、何をしにここに呼ばれたのか、忘れてしまったの?」
「何って…」
「『ドラゴン退治』よ!」
あっ、と声が漏れる。サラのヒステリックな笑い声が部屋に響き、息ができなくなる。どうして忘れていられたのだろう?どうして今まで不思議に思わなかったのだろう?
ミス・ドラゴンの優しげな顔が浮かぶ。彼女はどうして、どうして、
「私はあの女を殺せなかった。だから代わりにあんたが呼ばれたのよ!
あの女を殺すのは、あんたなのよ!」
「そんな…」
「できる?できない?
できないと思うのなら、今すぐにここから出て行くのね、クズが!」
それが、サラと会話を交わした、最期だった。




