宮廷の朝
サラへの憎しみは何も書き出せなかったのに、母へのそれは驚くほど簡単にできた。ミス・ドラゴンの助言どおり、まずは「手紙」の形で書き出すことから始めたのだが、私は夜を徹してそれを進めた。書けば書くほど、確信が高まってゆく。私は母に、サンドラ・テイラーに苦しめ続けられてきたのだ、と…。
母は檻に入れられ、まるで動物園の猿のようだった。時折、私を憎しみの目で見つめては魔法を放とうとする。手元には何も無い(魔法を使うには媒介が必要だ)ので、檻や床を引っ掻いては私を傷つけようとする。その度にミス・ドラゴンがその攻撃を跳ね返すのだが、はっきり言ってきりがない。結局、近侍たちの判断で私は夜半に別の部屋へ移された。ミス・ドラゴンもいない部屋…ひとり。母親への憎しみを書き連ねる娘。
最近流行のホラー小説みたいだ、と、思ったら、眠っていた。
「おはよう、ミス・エマ・テイラー。母親への手紙は書けた?」
失礼、ミス・ドラゴン。と言おうとして、声が男性のものであることに気づく。驚いて机から跳ね起きると、オーウェン課長が楽しげに笑っていた。
「君と朝食をと思ってね、運ばせたよ。食欲はある?」
「…いただきます」
瞬く間に銀の食器が並べられ、バターにトースト、サラダ、ベーコンエッグとお茶のセットが広げられる。我が家では全て、私の仕事だった風景だ。
「貴族様にでもなったみたい。食事が決まった時間に銀食器で出て来るなんて、我が家では考えられません」
「メイドがいないのか。と、すると顔についたインクを指摘してくれる人もいなかったわけだ」
「やだ!…すぐ落としてきます」
「冗談だよ。食事をしてからにしよう、お腹が空いているだろう?
…一晩かけて、大変な仕事をやりとげたわけだからね」
トーストにバターを塗る手が止まる。課長はお天気の話でもするかのように、大事なことを言うので有名だった。
「聞いているんですね。私の、母のこと…」
「君の母上は、ミス・サラに殺されかけたんだよ。八つ当たりでね」
「八つ当たり…?」
「自分が任務を失敗して、君がドラゴン女史に大抜擢されたんだ。八つ当たりもしたくなるさ。
それで、なだめようとした母上を殺そうとした。母上はミス・サラではなく、君を恨んだ。と、こういうわけみたいだ」
「八つ当たりの連鎖ですね」
「他人事だなあ。昨日、君は母上に殺されそうだったって聞いたぜ。
いつも思っていたけれど、失礼ながら君は喜怒哀楽が薄いみたいだね」
肩をすくめる課長に、愛想笑いをする元気は無い。私はただ首を振り、もういいんです、と言った。
「母への怒りは…ここまでにしないと。姉を超えられない」
「よくわからないなあ。魔法使いたちはみんな、怒りたいときにキレてるよ?君だって一介の魔法使いだ、そのくらいの権利はあると思うがね」
「目的は、怒ることではなくて『超えること』とミス・ドラゴンは言っていました。
あ!課長、ミス・ドラゴンにお会いしましたか?さぞかし驚かれたでしょう」
「しょんべんちびったよ」
サラダを口一杯に頬張って、そんなことを言う。私は久しぶりに、笑った気がした。




