源
「まずは怒りを持ちなさい」
ミス・ドラゴンが言う。私は頷くが…よくわからない。姉や母の所業に、なにか怒りを覚えたことなどあっただろうか?またか、こういう人たちだから仕方が無い。こればかり考えてきたというのが本音だ。
「ひとつ、ひとつ思い出すのよ。あなたがされてきた所業を。
さあ、思い出してごらんなさい。あなたが姉にされた中で、一番辛かったことはなに?」
「辛かったこと…よく、わかりません」
サラのすることは、サラのすることだ。考えたこともなかった。感じることを止めていた…
ミス・ドラゴンがため息をつく。私は恥ずかしくなってうつむいた。
「…時間が必要なようね。あなたは、サラに…いえ、家族に関して麻痺しているのよ。何をされても、辛いとか痛いとか、そういったことを感じることができないの」
「そんなことがあるんですか」
「『家族』というグループの中ではね、そんなことが起こることもあるわ。
現にあなたは、家族ではない同僚たちの所業には怒りを持つことができた。怒りを持ち、彼らを超えようとする意思を持つこと…そうすれば何でもできるわ。超えることだって、簡単にできる」
宮廷の離れ、魔法使いたちの見えない場所。私とミス・ドラゴンはふたり、魔法を使う特訓と称して会話をしていた。職場での一件で、私が魔法使いとして覚醒したことは第二王子の耳にも入っただろう。…あとは、サラを超えること。それがミス・ドラゴンの願いだったのだが…
…自分の情けなさに嫌気がさす。こんなことで、サラに立ち向かうことなどできるのか。
「正直なところ、あなたに期待をしていなかった…と言えば、嘘になるわ」
「当然だと思います」
即答する。そもそも、私が期待されたことなどあっただろうか?姉が宮廷魔術師であることを隠して受けた公務員試験は補欠合格だった。仕事はできない方ではなかった、と自分では思っていたが、客観的に見てどうだったろうか…あんなに人に「なめられる」人間が、期待などされるわけがないではないか。
だから、当然なのだ。当然、私は人に期待されない。人に立ち向かえない。人に…愛されない。
ミス・ドラゴンの表情が曇り、私は羞恥に俯くふりをした。何も恥ずかしいことなんかじゃない、もう飲み込んでしまっていることなのだ…私はこういう人間。ただ、「独りで立てないこと」それは恥ずかしいことだ、と周りに思わせておかないと排除される世界だ、ということを、私は知っている。
こんなときにまで他人の顔色を伺うのか。自然と浮かび上がったのは、嘲笑だった。
「何を笑うの?ミス・エマ」
「いえ…自分の情けなさに、です。申し訳ありません、こんな時に…」
「それはよい兆候だわ。あなたは自分をよく知っている。自分のしていることの愚かしさと、虚しさをね…。
では、レッスンに戻るわよ。質問を変えるわね」
「はい、ミス・ドラゴン」
「あなたがこんなふうな人間になってしまったのは、一体誰が原因だと思う?」
「な…」
何が。誰が、どうして。
ドアの向こうで泣きじゃくる醜い女、その名前を私はよく知っている。
心のどこかで同情していたサラ。愛していた姉。かわいそうなサラ。
「母さん…」
重たいドアが、ゆっくりと開く。母は両脇を近侍に抱えられ、いつものひっつめ髪を振り乱し、いつもより醜い顔でこちらを睨んでいた。




