Le Ressentiment.―1
ニーチェに関する独自解釈が含まれます。ご注意ください。
「ミス・エマ。あなたはルサンチマン、という概念を知っている?
…存じ上げないというお顔ね。そう、一言で説明するのは難しいわ…」
第二王子の命令により取り急ぎ向かった宮廷で、案内されたのは静かな部屋だった。「女史」と言っていいような年齢と風格の女性が、マホガニーの椅子に腰を下ろしている。ガヴァネス(教師)か何かだろうか?少なくとも、いつも蒼褪めていらついているサラのような魔法使いには見えなかった。
彼女は私を椅子に誘い、少しお話をしましょう、と言った。
「ルサンチマンとはね、ある国の哲学者が提唱した概念なのよ。簡単に『怨恨』と訳されることもあるわ」
「怨恨…恨み、ですか」
「そうよ。かれはそれを『奴隷の道徳』と呼んだの」
意味が…わからないのだろうか、これは。するりと入ってくる言葉は、この優しい口調のせいだろうか。どこかで誰かが囁いている、本当に邪悪な人間とは…。
「失礼だけど。あなた、年齢は?おいくつ」
「24歳です」
「ごめんなさいね、見た目から年齢を推測するのが苦手なものだから…
ならば、僧侶コジマの名は聞いたことがあるわね?ちょうどあなたが産まれたのと同じ年にお亡くなりになって、翌年列聖された聖人」
もちろん、知っている。私は控えめに頷き、彼女から目を逸らした。
「母は、かれが亡くなった日に私たち…私とサラが産まれたのだと言っています。だからサラは、聖コジマの生まれ変わりなんだそうです」
「面白いことを言うお母様ね。あなたは?」
「?私は…信じてはいませんが、そのような与太話」
「違うわ。ミス・サラが聖コジマの生まれ変わりならば、あなたは何の生まれ変わりなの?」
恥ずかしい話だが…私はそのとき、ぽかんと口を開いて彼女を見つめてしまった。何を言っているの?あの素晴らしい魔法使いであるサラがそう呼ばれるならばともかく、私などが何の生まれ変わりだというのだ?
「…考えたこともありませんでした」
「そうでしょうね。あなたは虐げられてきた。知らず知らず、産まれたときから」
違う、などとは言えなかった。彼女は沈黙する。私はその高貴な姿を見ることができず、机と冷めていくだけのお茶を見つめ続ける。低い音が出るような沈黙が、私たちの部屋を…いや、私を包み込む。
「ルサンチマンとはね…虐げられ、否定された人間が抱え込む反感と嫉妬、フラストレーションの総称。
ところであなた、ご存知?魔法使いにはね、壮絶な虐待を受けた経験のある者が多いのよ」
「嘘!?」
「本当よ。あなたの姉、ミス・サラも同じ。
サマーヴィルの森で、彼女が最初に殺した『赤毛のアビー』。彼女が性的倒錯者で、実は先にサラを殺そうとして…いえ、もっと酷い目に遭わせていた、という話、あなたには初耳でしょうね?」
「はい…でも、言われてみれば」
男嫌いの…いや、人嫌いのサラ。あの子はあの日から、魔法が使えるようになったのだった。
「彼女はね、もう子供を産めない身体にされてしまったの。
…そして、そのルサンチマン…虐げられた恨みが、彼女を現状最強の魔法使いに仕立て上げている」
女史の真っ白い手が、音を立てずにお茶をとる。私は何も言えずに、ただ呆然とするしかなかった。




