第8話 お嬢様の教育が厳しすぎる
午前中の休み時間。
この日は、早朝から足場を組む音が鳴り響いていた。
生徒達は窓の外に足場が組まれていく様子が物珍しいのか、休み時間には窓に張り付いて作業を見ている者も結構な人数になっていた。
「しかし、何で今外装工事なんだ? 春休みにやっておけばよかったのに……」
陸が誰に言うとでもなく呟くと、その声を聞きつけた詩織が傍に寄ってくる。
「ふふふ。知りたいですか?」
「え? まあ、気になる程度には……」
「それはですね、卒業式と入学式が関係するのですよ」
「……なんで?」
「うちの学校には結構お偉いさんのOBやOGがいるんで、そういう人達がいらっしゃったときに校舎が工事中だと、見栄えが良くないという事で……新学期が始まってしまえば、来賓のいらっしゃる行事も少なくなりますからね」
「おうふ……凄く理解した……やっぱり、この学校少しおかしいよ」
「あらあらあら。では、何でそんな『おかしい学校』に入学したんですか?」
詩織は興味津々といった顔で、陸の顔を覗き込む。
「大した理由じゃないよ。『鳳城学園』っていうのに興味があったのと、ダメもとで記念受験しただけだよ」
「でも、合格したんですよね。ウチの編入試験とか、入学試験、結構難しいんですよぉ?」
「へえ、そうなんだ。確かに難しかったけど……。しかし、入学してみたらびっくりする事の連続だよ」
「びっくりする事って?」
「初日から変なお嬢様に掴まって、鞄持ちにされたり……自己紹介失敗してボッチが確定したりしてさ……」
「その『変なお嬢様』って、わたくしの事かしら?」
陸が機嫌よく詩織と話していると、急に背後から別の声が割って入ってきた。
陸の首が、ギギギと人形のように振り向く。
其処には腕を組んで、陸を見下ろす麗華の姿があった。
「わたくしの事を『変なお嬢様』呼ばわりするとは……失礼ですわねっ」
「い、いや、それは言葉のあやというか……」
陸は視線だけを動かして、詩織に助けを求める。
しかし、さっきまで其処に居た筈の詩織は、別な友人たちと談笑していた。
「(い、いつの間に……)」
「何処を見ていらっしゃるのっ? 人とお話するときは相手の目を見ろと教わらなかったのですか?」
「あ、はい。仰る通りで……」
「朝も言いましたけど……貴方、少し女性にだらしがないのでは?」
「そ、そんな事無いよ?」
その瞬間、麗華の顔が陸にギュッと近づいてきた。
「……あまり鼻の下を伸ばしている殿方は、好感を得られません事よ」
「は、はい……以後、気をつけます」
陸はそう言って頭を下げる。
「(とほほ……なんか、このお嬢様には勝てる気がしない……)」
そんな二人の様子を、詩織は離れた場所から観察する。
「(やっぱり麗華ちゃんと佐伯君の組み合わせって面白いわぁ)」
そう呟く詩織の目は、狩りをする猫の目だった。
◆
昼休み。
授業が終わった瞬間、陸は廊下に飛び出す。
そして一路食堂に向かって走り出す。
「(昼休みまでお嬢様に掴まったら、俺の自由時間が無くなる。それに今行けば、配膳の窓口も空いているだろうし)」
しかし、陸が食堂に到着した時、既に配膳の窓口にはたくさんの生徒が並んでいた。
「(俺、授業が終わってすぐに来たのに……みんなフライングしてんじゃね?)」
陸は諦めて、メニューの表示されているディスプレイを見る。
「(どれどれ……今日はこれかな……チキンの照り焼きステーキ……サラダとスープ……ライスかパン付き……か)」
陸はメニューを決めると、配膳の列に並ぶ。
すると不意に後ろから肩を叩かれた。
「んっ?」
振り返ると、其処には少し恥ずかしそうにしているエレナの姿があった。
「リク、こんにちは」
「おう、こんにちは、エレナ」
「リク、これからも食堂使うの?」
「ああ、そのつもり。弁当なんて作る余裕ないし、購買のパンじゃ味気ないしね」
「そうなんだ……じゃあ、あたしも食堂にしようかな」
「食堂以外の選択肢なんてあるの?」
「うん。留学生は意外と食の制限があるからね。宗教とか習慣とかで。そういう人向けに専用のお弁当が用意されているの」
「ああ、なるほど。大変だな」
「まあね。でも、あたしは何でも食べられるから」
「そうか。よかったら一緒に食べるかい?」
「……いいの?」
「勿論。俺もボッチで食べるの寂しいし……エレナが嫌じゃなければ」
「嫌じゃないよ」
そう言って少しはにかむ姿が可愛いと思ってしまう陸。
そんな事をしているうちに陸たちの順番になる。
陸はライスを、エレナはパンを選んで、トレイに乗せる。
カトラリーも忘れずにトレイに乗せて、照り焼きの乗った皿と、スープ、そしてサラダを持って移動する。
窓際の隅っこが空いていたので、二人で向かい合って座る。
エレナは結構日本語が上手なので、陸が会話に困る事は無かった。
料理の話や勉強の話をキャッチボールのようにやり取りするだけの、穏やかな会話。
陸は久しぶりに、学園生活を楽しいと感じる事が出来たのだった。
◆
「麗華ちゃん……ご機嫌悪い?」
「悪くありませんわよ」
「そう……そうなら良いんだけど……」
二人は今、生徒会室でお昼を食べている。
麗華専用のお弁当が、昼休みの前に生徒会室に運び込まれる。
こんなサービスを受けられるのはごく一部の生徒だけなのだが……。
ちなみに詩織は自宅で作ってもらったお弁当を持参している。
「しかし、いつ見ても麗華ちゃんのお弁当は豪華だねぇ」
「そうかしら……料理人に任せているので、良く分かりませんわ」
「(……うーん。そういう所だけは、早く気付いて欲しいなあ……)」
詩織は箸でおかずを掴み、口に運ぶ。
「うん。今日も美味しい……お母さん、ありがとー」
詩織が手を組んでそんな事を言う。
「ねえ……あいつは今頃、何を食べているのかしら……」
「『あいつ』って、佐伯君の事?」
「……そ、そうですわ」
何故か麗華がワタワタしている。
詩織はそれに気づかないふりをして、会話を続ける。
「多分、食堂かなぁ……結構、がっつり食べるタイプみたいだったしぃ」
「そ、そうでしたか? 気づきませんでしたわ」
「運動部の子達は手っ取り早く購買のパンで済ませたりするけど……佐伯君は多分食堂かな……」
「でも、食堂ってみなさんがワイワイとお話しながらご飯を食べていますわよね?」
「そうだね」
「アイツ……一緒にご飯食べる人がいるのかしら?」
「いるんじゃない?」
詩織があっさりと答えると、麗華がびっくりしたような表情を浮かべる。
「えっ……そうなんですの?」
「うん。まあ、自己紹介は失敗したけど、それで佐伯君の事を嫌っているのは、一部の男子生徒だけだよ。女子は皆同情的だよ……なんて言っても外部生だし……みんな機会があればお友達になりたがっているよ?」
「えっ……」
何故か麗華の動きが止まる。
「(麗華ちゃん、リアクションが超面白いんだけど……うふふふ)」
詩織は動きが固まった麗華をおかずに、お弁当を食べるのだった。




