閑話 お嬢様はまだ恋を知らない
その日の朝、麗華はいつもより念入りに髪を整えていた。
「お嬢様、そろそろ学園に向かう御時間です」
ドアの外から早乙女の声が掛かる。
「(あら、もうそんな時間ですの……少し髪に時間を掛け過ぎましたわ)」
麗華は鏡台の椅子から立ち上がる。
部屋の片隅にある姿見の前に移動すると、くるっと回って全身の身だしなみを確認する。
「これで良いわね」
麗華は鏡の中の自分にそう言うと、自室の扉を開けるのだった。
◆
学園に向かう車内。
後部座席に座る麗華は、ルームミラー越しに運転手の早乙女に尋ねる。
「ねえ、早乙女。あの鞄持ちの事なんだけど……あの男を手配したのは誰かしら?」
「……お嬢様。我々は誰も手配しておりません」
「……えっ? そうなの?」
麗華は大きな目をパチパチとさせる。
「じゃあ、何でアイツは鞄を持ってくれたのかしら?」
「……申し訳ありませんが、分かりかねます」
「そうよね……でも、だったらはっきり仰れば良いのに……」
麗華の呟きは早乙女には聞こえなかった。
暫くの沈黙が続き、車は学園の傍までやってきた。
「(誰も彼を手配していないなら、わたくしを待っている訳がありませんわね……)」
麗華はいつも以上に髪の手入れをしていた自分が気恥ずかしくなる。
「(わたくしってば、何をはしゃいでいたのかしら……)」
学園の正門が見えてきた。
その時、麗華の視界に、あの男子生徒の姿が目に入る。
「(……待っていた? 確かに待っているようには言ったけど……)」
麗華の心が少しだけ跳ね上がる。
しかし、その次の瞬間、麗華の心は急速に冷えていく。
何故なら、あの男子生徒が楽し気に、留学生の女子生徒と談笑している姿が目に入ってきたからだ。
「(あの男……朝からナンパですのっ!?)」
そう思った瞬間、何故だか分からない感情が沸き上がる。
「早乙女、此処で止めなさいっ!!」
「え、はい。お嬢様」
早乙女が、正門から少し外れた場所に車を停める。
慌てて早乙女が運転席から飛び出すが、それより早く麗華が車外に飛び出していた。
そして麗華は陸を指さして口を開く。
「ちゃんと待っているかと思えば、また女の子と……貴方には真剣さが感じられませんわっ!!」
麗華は、自分でも分からない感情に振り回されていた。




