第6話 お嬢様とランチを食べるだけのはずだった
「で、こちらの女性は誰なのかしら?」
麗華は微笑みながら陸に尋ねる。
「えーと、隣のクラスのエレナ・カリストさん……留学生で新入生なんだって」
「エレナです……」
「九条麗華です。よろしくね、エレナさん」
「麗華ちゃん、威圧しちゃだめだよぉ……怖がってるじゃない?」
「威圧なんてしてませんっ」
麗華が詩織に文句を言う。
その文句を華麗にスルーして、詩織が自己紹介する。
「花房詩織ですぅ。あたし達、隣のクラスだけどよろしくですぅ」
詩織がにっこりと微笑むと、エレナも少しだけ緊張が解けたのか、小さな声で「よろしくお願いします」と言ってきた。
「さて、自己紹介もしたし、昼飯にしようぜ……とはいえ、俺も此処のシステムが分かってないんだけど」
陸がそう言うと、皆の視線が麗華に集まる。
「わ、わたくしですか? わたくしは普段、食堂を使わないので、申し訳ありませんが良く知りませんわ」
少し慌てた様に麗華が言い切ると、隣で詩織がくすくすと笑いだす。
「そうですねぇ……麗華ちゃんはいつもお弁当ですもんねぇ……九条家特製の」
「詩織、変な言い方は止めなさい……ウチのお母さまが毎日用意してくれるんですの……別に九条家特製ではありませんわ」
「(いやいや、お嬢様の家の奥方様が作る弁当だぞ……特製以上じゃん)」
陸は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「仕方ありませんねぇ……ではあたしが教えて差し上げますぅ」
詩織がそう言って胸を軽く叩く。
「とは言っても簡単ですよぉ……メニューのディスプレイに番号が一緒に表示されているので、食べたい物の番号に並べば、受け取れますよぉ」
「料金はどうするんだ?」
「学生証にICチップが入っているんですよぉ。月末に清算ですぅ」
「流石、上流階級の学校だな……」
「まあ、聞くより実際にやった方が早いですよぉ……さあ、行きましょう」
「あ、じゃあ、女性陣が先に行っていいよ。オレは此処で場所取りをしてるからさ」
「あら、気が利くようになりましたのね」
陸は思わず麗華を見上げる。
「へいへい、下々の者は此処でお待ちしております」
「……そういう言い方は宜しくなくてよ……自然にレディファーストが出来るようになさい……後、返事は一回ですのよ」
麗華の有無を言わさない言い方に、陸は思わず黙り込んでから、小さく返事をする。
「……はい」
「よろしい。では、詩織。案内してくださいな。エレナさんもご一緒に」
「え、は、はい」
エレナも誘われて席を立つ。
そして声を出さずに陸に声を掛ける。
「(ご・め・ん・な・さ・い)」
そう言ってすまなそうな表情を浮かべるエレナに、陸は微笑む。
そして小さく手を振る。
「遠慮しないで、行っておいで」
エレナは小さく頷いて、詩織たちの後を追うのだった。
◆
鳳城学園の通用口。
この日は早朝から、足場用の鉄パイプを満載したトラックが複数詰めかけていた。
通用口の開門時間は七時なのだが、既に数台のトラックが門の前に停車していた。
「まったく……早すぎだろう」
ブツブツ言いながら警備員が通用口から出て、道路の様子を確認する。
「不味いな……このままだと苦情が出ちまう……少し早いが、受け入れるか」
警備員は腕時計で時間を確かめる。
七時までにはまだ三十分ほどあるが、このままトラックを路駐させておくと、近所からクレームが来る可能性がある。
警備員は通用口の大きな移動式の門扉の鍵を開錠する。
電動の門扉がゆっくりと、ギシギシと音を立てながら開いていく。
早速、警備員の動きに気付いた先頭のトラックがエンジンを掛ける。
警備員の誘導により、一台目のトラックが敷地内に入ってくる。
「いやあ、早く門を開けてくれて助かったよ。道が混む前に済ませたかったからな」
運転席の運転手はそう言いながら、入構証と荷物の詳細を記載したファイルを警備員に渡す。
「……本校舎の塗装工事の為の足場の搬入……ね。確かに。但し、校庭側には車の乗り入れが禁止になっている……悪いが裏庭に行ってくれ」
「仕方ないな……こんな上級学校だからな、足場を運ぶトラックなんざ見たくねえよな」
運転手は自虐的なセリフを吐く。
「そう言わないでくれって……後ろの連中も同じ会社なのか?」
「ああ、ほとんどそうだが、一部資材が足らなかった奴は、関連会社から持ってきている……急な依頼だったからな」
「なるほど。わかった。行っていいぞ」
警備員が誘導灯を振ってトラックを通行させる。
続けて二台目、三台目と次々にトラックが入構していく。
「まったく、新学期早々塗装工事だなんて……休みの間にやっておけばいいのに……」
警備員の呟きは、トラックの排気音に紛れて消えていくのだった。
◆
トラックから足場のパイプや、通路用の鉄板が次々と小型クレーンで裏庭に積み下ろされていく。
「あー、その赤いテープの撒いてある奴は特に気を付けて運んでくれっ!!」
現場監督の男がクレーンの操縦手に指示を出す。
「なんか、あるんすか?」
「ああ、その赤い印のある奴が基準の支柱になるんだ。そいつが狂うと、全体が歪む」
「へえ……いつもはそんな事言われなかったっすよ?」
「今回は学校全体を覆うからな……普通の住宅とは、ちと違うんだよ」
「分かりました……」
現場監督の男が玉掛の職人にも同じ指示を出している。
「今も言ったが、その赤いテープの奴は気を付けてくれよ。落としたりするなよ」
「分かってますよ」
そんなやり取りが行われながら、その日のうちに大量の足場のパイプと鉄板が搬入されたのだった。
「搬入で一日、足場を組むので二日か三日……防風シートを張ったりするから約五日ってところかな……」
現場監督は赤いテープの撒かれたパイプを見つめながら、呟くのだった。




