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第4話 この学園、やっぱりおかしい


 ■気のせい、のはずだった

 結局、佐伯陸の高校デビューは『下々の奴はやっぱり危ない奴』という印象を与えて終わってしまった。


「くそ……あのチャラい奴が絡んでこなけりゃこんな事にはならなかったのに」


 陸は渡されたプリントを四つ折りにすると胸ポケットにしまう。


 クラスの様子を眺める。


 ほとんどが持ち上がり組の為か、すでにいくつかのグループが形成されている。


「(今更愛想を振りまいても、キモイだけだよな……)」


 陸はそう呟くと、窓の外を見つめる。


 グランドでは運動部の連中が練習している風景が見える。


「入学式の日でも部活やるんだ……」


 地方の公立中学校出身の陸からしたら、驚きの連続だった。


 しかし、朝の一件ですでに驚きが飽和していて、高校デビューも失敗して、陸はすっかりやる気を無くしていた。


 暫く黄昏(たそがれ)てから、陸は帰ることにした。


 幸い誰にも話しかけられない……それが、今はありがたかった。


 人の少ない方へ。


 更に、人の少ない方へ。


 考え事をしながら歩いているうちに、気づけば学園の中とは思えない、倉庫が立ち並ぶ一角に入り込んでいた。


「……やば」


 小さく呟く。


「何処だよ此処……」


 人気はない……音も、ほとんどない……妙に、静かな場所だった。


 そのとき陸の視界に、一台のトラックが目に入る。


 倉庫の前に、ぽつんと停められている普通のトラック。


「……ん?」


 何気なく目を向けた瞬間、違和感を感じる。


 荷台を覆う、カーキ色のシート。


 ただの布に見えるが妙に、整いすぎている。


「(張り方が……)」


 頭の中に、配信動画の映像が浮かぶ。


 海外の軍用トラックに無駄のない手順で固定されていくシート。


「(畳み方が良く似てる……?)」


 断定はできないが、『それっぽい』シートの張り方。


「(いや、考えすぎか。プロの配送業者ならこの位やるだろ)」


 首を振る。


「(たかがシートだし。民生用のトラックに使っててもおかしくは……無い筈)」


 そう思いながらもなぜか、足は止まらなかった。


 気づけば、静かにトラックへ近づいている。


 そのとき、人の気配を感じる。


「(やばっ)」


 反射的に、息を止めた。


 足音を殺し、タイヤの陰に身を滑り込ませる。


 鼓動が、一気に早くなる。


 タイヤ越しに見えたのは数人の男の足。


 作業ズボンに作業靴……一見すれば、どこにでもいる搬入業者。


 だが。


「(……違う)」


 違和感が、今度ははっきりと形を持った。


「(あの靴……)」


 視線を凝らす。


 コヨーテブラウン……起毛した質感、そしてサイドに配置されたブランド名。


「(Bellevilleのブーツ……?)」


 軍用でよく見かけるブランド。


 以前、欲しくて調べたことがある。


 だから分かる。


「(なんで……作業員があんなの履いてるんだ?……ひょっとしてマニア?)


 喉が、わずかに乾く。


 男たちは何かを話しているが、内容は聞き取れない。


 低い声。短い言葉。無駄のないやり取り。


 ただ、笑いが無い。


「(……やばい)」


 直感だった。


 理由は説明できないが、ここにいてはいけない……そう、体が理解していた。


 陸はゆっくりと体を引き、音を立てないように後退する。


 一歩。


 また一歩。


 視界からトラックが外れるまで、決して背中を向けない。

 やがて。


 十分に距離を取ったところで大きく息を吐いた。


「……はぁっ」


 肺が焼けるように熱い。


 心臓が、まだ早鐘を打っている。


「……なんだよ、今の……」


 自分でも分からない。


 ただあそこに、これ以上いちゃいけない気がした。


 それだけは、確信していた。


「……帰ろ」


 ぽつりと呟く。


 もう、考えたくなかった。


 陸はそのまま、今度こそ学園を後にする。


 が一度だけ振り返ってしまう。


 遠くに見える、倉庫の一角。


 そこに停まる、あのトラック。


「(……気のせい、だよな)」


 自分に言い聞かせるように呟き、今度は振り返らず、歩き出した。


 その背後で。


 倉庫のシャッターが、静かに閉まったことを、陸は知らない。


 ■お嬢様のいない朝


 翌日。


 陸は、いつもよりかなり早く家を出た。


 理由は一つ。


「(あのドリル女に、絶対に絡まれたくない)」


 その一心である。


 気づけば歩きではなく、ほとんどジョギングになっていた。


 朝の空気が肺に入るたび、昨日の出来事が少しずつ整理されていく。


「(……いや、ほんと何だったんだよ昨日)」


 思い出しただけで胃が痛くなる。


 そんなこんなで、陸はあっという間に学園の正門へと辿り着いた。


 そして思わず声が漏れる。


「……うわ」


 昨日は気づかなかった。


 正門の両脇には、制服姿の警備員が立っている。


 その背後には、明らかに業務用の……いや、それ以上に『厳重そうな』監視カメラ。


 複数の角度から、出入りする人間を捉えている。


「(……すげえな)」


 改めて実感する。


 ここは、やっぱりただの学校じゃない……上流階級の子女が通う場所だ。


「生徒手帳の提示をお願いします」


 警備員の声に、現実へ引き戻される。


「あ、はい」


 少し慌てて、生徒手帳を取り出す。


 提示すると、じっと確認され……ようやく通された。


「確認しました。どうぞ」


「(……昨日はスルーだったのに)」


 門をくぐりながら、ふと気づく。


「(ああ、そっか)」


 原因は、明白だ。


「(あのドリル女が一緒だったからか)」


 妙に納得してしまい、同時に少しだけ複雑な気分になる。


「(……なんか悔しいな)」


 だが、そんな感情も校内に入ってしまえば、少しずつ薄れていった。


 朝の柔らかい光。静かに校舎まで伸びる石畳の歩道。


 昨日は目に入らなかった景色が、今日はやけに鮮明に見える。


 校舎へと続く通学道の両脇には、背の高い銀杏並木。


 春先の柔らかな緑が、風に揺れている。


 足元は古風な石畳。


 一歩踏みしめるたびに、かすかな凹凸が伝わってくる。


「……いいな、これ」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


「(昨日は全然見てなかったな……)」


 理由は言うまでもない。


「(全部、あのお嬢様のせいだ)」


 軽くため息をつく。


 だが、不思議と昨日ほどの嫌悪感はなかった。


 やがて、校舎に到着する。


 重厚な造り。歴史を感じさせる外観。


 中へ入ると、さらにその印象は強まった。


 まず目に入るのは、広く取られた下駄箱スペース。


 一つ一つが無駄に高級感のある造りをしている。


「(なんかこれ……旅館みたいな造りだな?)」


 心の中でツッコミを入れつつ、靴を履き替える。


 廊下へ足を踏み入れると空気が違った。


 広い……無駄なものが一切ない。


 以前の学校にあったような、壁に貼りまくった掲示物もなければ、廊下にはみ出した掃除道具も無い。


 すべてが整えられている。


「(……旅館というより、ホテルみたいだな)」


 足音が、やけに響く。


 恐ろしいくらいに、静かだ。


 そのとき、ふと、視界の端に何かが映った。


 廊下の天井……小さな黒いドーム状のカメラ。


「(……ああ、ここにもあるのか)」


 今朝、正門で見たものと同じ系統だ。


 さりげなく配置されているが、数が多い。


「(警備、ガチだな……)」


 何気なく思う。


「(だが……それにしては)」


 一瞬だけ、脳裏に『あの倉庫』がよぎる。


 人の気配のない場所。妙なトラック。


「(……いや)」


 すぐに打ち消す。


「(関係ないだろ)」


 考えすぎだ。そう、自分に言い聞かせる。


「……教室行くか」


 小さく呟き、歩き出す。


 足音が、整然とした廊下に響く。


 その音がやけに大きく聞こえた。


 ■寝たふりしてたら寝てた


 教室に入ると、すでに何人かの生徒が席についていた。


 笑い声や小さな声の会話。


 昨日と同じ光景。


「おはよー」


 少しだけトーンを上げて、陸は挨拶する。


 一瞬だけ、教室内の空気が止まった。


 数人がこちらを見るが、すぐに視線を逸らす。


 軽い目礼だけ……それ以上は、何もない。


「(……あー、やっぱりな)」


 昨日のやらかしが、きっちり効いている。


 陸は小さく息を吐くと、そのまま自分の席へ向かった。


 椅子に座りそのまま机に突っ伏す。


「(もういいや……寝たふりしてよ……)」


 現実逃避だった。


 どれくらい時間が経ったのか。


 肩を、ゆさゆさと揺らされる感覚。


「佐伯くん、眠っちゃだめだよぉ。起きなさーい」


 怒っているはずなのに、まったく怖くない声。


 間延びしているのに、ちゃんと起こそうとしている。


 そんな不思議な調子。


「……ん」


 ゆっくりと顔を上げる。


 ぼやけた視界の中に、見覚えのある顔。


「あ……わるい……」


 まだ意識が半分夢の中だ。


「寝たふりしてたら……普通に寝ちゃったみたいだ……」


 口が、勝手に動いた。


 しまった、と気づいたのは、そのあとだった。


「え、寝たふりしてて寝ちゃったのぉ?」


 くすり、と笑う声。


「あらあらあら、ふふふ……なにそれ。面白い人だよねぇ、佐伯くんって」


「(あ……)」


 完全に、やらかした。


 目が覚める……一気に覚める。


「……俺、今なんか言った?」


 思わず自分に確認する。


 だが、遅い。


 目の前で楽しそうに笑っているのは花房詩織。


「うんうん、なるほどねぇ」


 何かを納得したように、こくこくと頷く。


「……何が?」


 嫌な予感しかしない。


 詩織は、にこっと笑ってさらっと、爆弾を投げた。


「麗華ちゃんが気に入る訳だぁ」

「……え?」


 思考が止まる。


 数秒遅れて、意味が追いつく。


「いやいやいや、ちょっと待って」


 慌てて体を起こす。


「なんであのドリ……じゃなくて、九条さんが出てくるんだよ」


 危うく口を滑らせかけて、言い直す。


「えー?」


 詩織は、楽しそうに首を傾げる。


「だって昨日、連れて歩いてたじゃん」


「連れてない!! 勝手に連れてかれたんだよ!!」


 思わず声が大きくなり、数人の視線がこちらに向く。


「(やばっ)」


 慌てて声を落とす。


 詩織は、そんな様子を見てクスクス笑う。


「ふふ……いいわねぇ、その反応」


 完全に遊ばれている。


「でもね……安心していいよぉ」


 詩織は少しだけ身を乗り出し、声を落とす。


「麗華ちゃん、自分から誰かに興味持つこと、ほとんどないから」


「……は?」


「だからさ」


 にこり、と微笑む。


「結構レアだよ?」


 軽い調子……だが、その言葉の意味は軽くない。


「……いやいやいや」


 陸は首を振る。もう全力で否定する。


「絶対勘違いだって。あれ完全にパシリ扱いだったし」


 むしろ嫌われている自信すらある。


 だが詩織は、ふふっと笑うだけだった。


 否定もしない。肯定もしない。ただ面白そうに見ている。


「(……なんだこれ)」


 理解が追いつかない。


 そしてまた一つ、面倒なフラグが立った気がした。



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