第28話 撃てない理由
「久しぶりだね……エレナ」
陸は穏やかな口調で話し掛ける。
「動かないでっ……本当に撃つわ」
「そう言われても……御覧の通りの有様でさ……じっと立っている事も出来ないんだ」
陸はそう言って両手を上げながら、自分の左足首を見る。
「……怪我をしているの……」
「足場の三階から落ちた……身体中傷だらけだよ……風呂に入ったらさぞかし沁みるだろうな……」
そう言って陸は困ったように笑う。
「……聞かないの……あたしが何でこんな事をしているのか」
エレナの構えている銃口が微かに震える。
「うーん。エレナが言いたくない事は聞きたくない……かな。多分、俺が想像する以上の理由があるんだろうからね」
その言葉を聞いた瞬間、エレナの目から涙が零れ落ちる。
「……何で……何でリクは……」
エレナの心はグチャグチャになる。
過去の出来事、学園を占拠した時の怯えた生徒達の視線……そして、たった数日だけど楽しかった学生生活の日々……。
エレナは銃を構えているのがやっとだった。
そんなエレナを、陸はただ黙って見つめているだけだった。
「……エレナ……」
「……リク……」
互いに名前を呼び合う……ただそれだけの時間が、これほど貴重だとは、この瞬間まで互いに気付かなかった。
その時だった。
エレナの背後から一人の男が現れる。
「エレナ……時間だ……引き上げるぞ」
そう言って男はエレナの肩を叩く。
「……ヤマギシ」
エレナが小さな声で男の名を呼ぶ。
「お前には撃てない……いいから戻りなさい」
そう言ってエレナを自分の後方へ追いやる。
そして陸の目を見つめて口を開く。
「そうか……お前が消火器を噴射させたり、俺の仲間を突き落としたり……」
そう言って男は陸との距離を詰める。
「エレナの心をかき乱した奴は……お前だったのか」
次の瞬間、陸の鳩尾に男の拳がめり込む。
「グバッ!!」
陸の身体が九の字に折れ曲がる。
「今のは、俺達に消火器をぶちまけてくれた分……」
倒れそうになる陸の襟首を掴んで、強引に立ち上がらせる。
「これは、突き落とされた連中の分」
前屈みになっている陸の腹を目がけて、男の膝蹴りが二発繰り出される。
「グハアッ」
陸の口から、吐瀉物と涎が零れ落ちる。
「そして……これがエレナを泣かせた分だっ!!」
バチンッ
鋭い右のストレートが、陸の頬を捉える。
陸の身体がフラフラと揺れて、その場に崩れ落ちる。
其処へ男が蹴りを見舞おうとする。
「もうやめてっ!!」
エレナが叫ぶ。
男の動作が止まる。
「ふん……『何処の馬の骨か分からん奴に、ウチの娘はやらんっ!!』まで、やりたかったんだがな……」
そう言って、男は倒れている陸の頭の傍にしゃがみ込む。
「……お前の根性に免じて、良い事を教えてやる……お前の言う通り、もうすぐこの足場が爆発する……残り十分は切っている……せいぜい足掻け」
「く、くそっ……」
陸は途切れそうになる意識を必死に繋ぎとめる。
「悔しいか? 悔しかったら強くなれ……強くなって、奪われないようにしろ……クソガキ」
男はそう言って立ち上がる。
「撤退だ……目的は果たした……」
男はエレナの方を見ずにそう宣言する。
エレナは黙って、小さく頷くのだった。
◆
男とエレナが立ち去り、陸だけがその場に残される。
「くっそー……思い切りボコられた……あいつ、何か重要な事を言ってた気がするんだけど……痛手てて……」
陸は何とか体を起こす。
その時、校内放送が聞こえ始めた。
『生徒会から緊急連絡っ!! 教室内にいる生徒の皆さん。至急屋上に避難してください!!……繰り返します。教室内にいる生徒の皆さん、至急屋上に避難してくださいっ!!』
麗華の必死な声が聞こえてきた。
「……何とか……放送出来たんだな……良かった……」
陸はほっと息を吐く。
教室からは生徒達のざわめきが聞こえてくる。
「……あっ!?」
その瞬間、陸はあの男の言葉を思い出す。
「『あと十分を切っている……』って言ってなかったか?」
陸は周囲を見回す。
「此処に居たら……ヤバくないかっ!?」
陸は慌てて駆けだそうとするが、左足が満足に動かせない。
「くそっ……何で俺がこんな目に……」
それでも陸は、足場の階段を目指す。
「(とにかく放送室まで逃げないと……)」
陸は痛む体に鞭を打ちながら、必死に移動する。
「頼むから……まだ爆発しないでくれぇ!!」
陸の叫び声が無常に響いた。
◆
「麗華っ!!」
放送を聞きつけた生徒会の役員達が、放送室にやってきた。
「会長っ!! お力を貸してくださいっ!!」
「麗華、落ち着いて……わたし達は何をすればいいの?」
麗華は亜里沙の目を見ながら口を開く。
「工事の足場のパイプに爆弾が仕掛けられています……目的は教室内に拘束されている生徒達ですわ」
「ええっ!!」
「今の放送で、どれだけの人が避難してくれるか……」
「分かったわ。みんな。すぐに避難の誘導を。生徒達を屋上へ避難させてっ!!」
「「「はい」」」
生徒会の役員達が、生徒達でごった返している階段へ向かう。
「麗華……どうやってその情報を?」
亜里沙が尋ねる。
「それは……ウチの従者が……」
そこまで言って、麗華の顔が真っ青になる。
「……陸……」
麗華はそこまで言うと、いきなり窓から外に出ようとする。
「麗華、何をしているのっ!?」
「だ、だってっ!! 陸が……陸がっ!!」
「何時爆弾が爆発するか分からないのでしょっ!? 行っちゃダメよっ!!」
「離してくださいっ!! わたくしは……わたくしはっ!!」
その時、窓の外から人を呼ぶ声がした。
「えっ?」
麗華が思わず窓から身を乗り出す。
すると一つ下の足場に、陸の姿が見えた。
「陸っ!!」
「悪い……少し助けて……身体が痛くて……階段が上れない……」
麗華はその言葉を聞くと、制止を振り切って窓の外に飛び出す。
ガンガンガン
麗華は走って陸の元へ向かう。
「手を伸ばしなさいっ!! 早くっ!!」
「そんな事言われても……痛ててて」
それでも必死に手を伸ばす。
その手がガシッと掴まれる。
「えっ?」
それは麗華の手ではなかった。
同じクラスの……会話もしたことの無いクラスメイト数人が、陸の手をがっちり握っていた。
「よし、引っ張り上げるぞっ!!」
「「おうっ!!」」
男子生徒達によって、陸の身体が持ち上げられる。
「急いでっ!! もう時間がありませんわっ!!」
男子生徒達は、陸を担ぎ上げると、大急ぎで放送室の窓を目指す。
最初に麗華が放送室に飛び込む。
続けて陸の身体が放り込まれる。
そしてクラスメイト達が飛び込んでくる。
「みんなっ、隠れてっ!!」
亜里沙の声が響いた時だった。
ドバンッ、ドバンッ、ドバンッ、ドバンッ!!
足場のパイプが次々に爆発していく。
ガシャン、ガシャガシャ、ガシャンッ!!
ガラスが割れる音が爆発音に重なる。
屋上からは生徒達の悲鳴が上がる。
陸はそんな危機的な状況にも関わらず、まったく別な事を考えていた。
「(凄く柔らかい……ずっとこうしていたい……)」
陸の頭は麗華にしっかりと抱え込まれていた。
しかし陸の精神はすでに限界だった。
陸の意識が途切れるのは時間の問題だった。




