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第27話 前哨3


「痛ってえええええっ!!」


 麗華が背中に抱き着いてきたが、左足が不自由な陸は、その勢いを受け止める事が出来なかった。


 あっさりと押し倒される形になり、そのまま陸が足場の上に倒れ込む。


 その際に左足が支柱のパイプに当たり、陸が絶叫したのだ。


「陸、大丈夫ですの?」


「駄目……もう立ち上がれない……」


「何を情けない事を……男の子でしょ?」


「男でも痛いものは痛いの……って、何で麗華が此処にいるのさっ!?」


 そう言われて、思わず顔を背ける麗華。


「俺、教室で大人しくしててって言ったよねっ!?」


「……」


「ひょっとして、生徒会室に居た? 居たんだよねっ? 何で大人しくしててくれないのさっ」


「だ、だって……それは……」


 麗華がモジモジとして返事を濁す。


 と、いきなり陸が麗華の肩に手を載せる。


「麗華……頼みがある。凄く危険な頼みだ……」


「な、何ですの?」


「奴らの目的が分かった……」


 そう言って陸は赤い印のついたパイプを指さす。


「このパイプには、おそらく爆薬が仕掛けられている……奴らが撤退したら爆発させるつもりかもしれない」


「えっ?」


 麗華はそう言われて、周囲を見回す。


「校舎の出入り口や窓は塞がれている……このままだと、皆が大怪我をする……怪我だけで済めばいいけど……」


「な、何でそうなるのよ?」


「この爆薬はガラスが粉砕できればいいんだ……飛び散ったガラス片が教室内に拘束されている生徒達を襲う」


 その言葉を聞いて、麗華の顔が青ざめる。


「だから、皆を避難させたい……その為には、どうしても放送室に行かなければならないんだ」


 陸は真剣な表情で麗華を見つめる。


「まだ、放送室には奴らがいる可能性が高い……それでも、行かなければならないんだっ!!」


 麗華は陸の言葉を理解する。


「分かりましたわ……でも、避難させるにしても、何処に避難させるのです?」


 すると陸は少しだけ口角を上げて、上を指さす。


「……屋上さ……あそこには足場は組まれていないからね」


 陸はそう言って麗華に微笑むのだった。


 ◆


「仕方ありませんわね……」


 麗華が先に起き上がり、陸に手を差し伸べる。


 陸はその手を優しく掴むと、麗華が陸を引き起こす。


「放送室に行って、生徒の方々を屋上に避難する放送をすれば良いのですね」


「うん。頼む……俺の足がこんなのじゃなければね……」


 陸はそう言って膨れた左の足首を指さす。


 二人が目を合わせた時だった。


 背後から、声が掛けられる。


「動かないで……動いたら撃つ」


 陸はその声に聞き覚えがあった。


「麗華……良いから行って……大丈夫だから」


「で、でも……」


「お願い……行って……みんなを助けて……」


 麗華が少しずつ、後ずさりする。


「動かないでっ!!」


 再び背後から声が掛かる。


 陸は麗華に頷いて見せる。


「……陸……」


 陸の名前を呼んでから、麗華は背中を向けて走り出す。


「動かないでっ!!」


 その瞬間、陸は麗華との射線を塞ぐように立ちはだかる。


 そして陸はゆっくりと振り返る。


 声を掛けてきた人物と目が合う。


「……こんな所で再会するとはね……エレナ」


 其処には小型の銃を構えたエレナの姿があった。

 ■前哨3


 白い屋敷の中を探索する。


 おかしな事に誰にも遭遇しない。


「(本当に此処は反政府ゲリラのアジトなのか?)」


 山岸は自問自答する。


 そしていくつかの部屋を探索し終えたとき、一番奥の部屋から男の怒声が聞こえてきた。


 素早くハンドサインを出し、仲間に警戒するよう伝える。


 体を隠しながら、その声の元へと進んでいく。


 そこでは異様な光景が繰り広げられていた。


 別動隊の永田が小さな子供抱えて、正面の女性に何かを怒鳴っている。


 よく見ると、永田は小さな子供に銃を突き付けており、その銃口は彼女のこめかみに押し付けられていた。


「っ!!」


 全身の血が逆流する。


 何があったかは分からない……だが、あんなに幼い子に銃口を押し付け、多分母親であろう女性に向かって恫喝している事は許されることではない。


 女性は泣きながら子供を離すよう懇願している。


 そして、彼女たちがスペイン語で話している事がやっとわかった。


『カルロスは何処だ!!言わなければ、この娘を殺す!!』


『本当に……本当に知らないの……お願い……エレナを離して……』


『お前がカルロスの居場所を言えば話してやるさ!!』


 どうやら先程から、この繰り返しのようだ。


 山岸はついに我慢できなくなり、部屋の中に飛び込む。


「永田!!これはどういう事だ!!」


 山岸の突入に驚いた永田は、少女を抱えたまま山岸の方を向く。


「う、うるさい!!邪魔するな!!」


 永田は目を剝きだして威嚇する。


「そんな幼い子供を人質に取って……恥ずかしくないのかっ!!」


「やかましいと言っている!!」


 永田はそう言いながらも銃口は少女に押し付けたままだ。


 このまま飛び込めば、少女が撃たれる可能性が高い。


 その時だった。


 母親と思われる女性が、永田の横から飛びついた。


 とっさにもう片方の手で振り払う。


 一瞬、銃口が少女から外れる。


 その時、山岸の体が動いていた。


「うおおおお!!」


 永田の右手に飛びつく。


「山岸っ!!邪魔をするなっ!!」


 左手で永田の右腕を抑えながら、顔面を殴りつける。


 永田の体が泳ぎ、拘束が解かれた少女の体が床に崩れ落ちる。


 すかさず少女を庇うように女性が覆いかぶさり、その小さな体を抱きしめる。


「そうか……お前も敵なんだな……今回の任務が失敗すれば……どうなるか……」


 永田は殴られた顎をさすりながら、ブツブツと何かを呟いている。


「永田……貴様、何を言っている」


「……ふ、ふはは……ははははは」


 永田が狂ったように笑いだす。


「そうか……お前たちは知らなかったんだよな……この作戦には裏がある事を……」


「貴様……何を言っている」


「お終いにしてやる……任務は失敗だ……だが、最初から任務など無かった事にすればいい……」


「……何を言っている」


 永田は突然、子供を抱きしめている女性に向かって発砲した。


 パンッパン


 乾いた銃声が室内に響く。


 女性の体が跳ねる。


 そして静かに床に崩れ落ちる。


『お、おかあ……さん』


 倒れた女性はそれでも最後に娘の体を抱きしめる。


『……エレナ……エレナ、あいして……いるわ』


 そう言って女性の体が動かなくなる。


『……お、おかあさん……おかあさん!!』


 少女は床に倒れた母親を懸命に揺り動かす。


「はははははは、此処にいる奴は全員皆殺しだ!!」


 永田の不快な笑い声が響く。


 この時点で隊員たちがみなこの部屋に集まって来ていた。


 そして一様にこの異様な光景を見つめている。


 突然、永田はポケットから小さな無線機のようなものを取り出す。


「これでお前たちもお終いだ!!」


 小さな赤いボタンを押すと、永田は更に笑い出す。


「貴様!!何がしたいんだっ!!」


「言っただろう?……この任務は失敗だった……その時は全員が『事故死』っていう扱いなのさ……俺だけは違うがな」


 屋敷の外からヘリコプターが近づいてくる音が聞こえてくる。


 俺達を乗せてきた奴と同じ奴だ。


 しかし明らかに違う……何故か恐ろしいほどの殺気を感じさせながら。


 屋敷の大きなガラス窓の向こうから、ヘリコプターからの照明の光が強烈に差し込む。


 騒音と、ヘリの巻き起こす暴風と、眩い光の照射。


 それを背後に永田が嗤う。


「お前ら全員、二階級特進だ……良かったな」


「……永田……貴様……」


 永田は身を翻すと、一気にガラス窓を突き破って屋敷の外に脱出する。


 それを見た隊員の一人が追いかけようとした。


 ダダダダダダダダッ


 ヘリコプターから20mm機関砲の射撃が始まった。


 隊員たちが次々と崩れ落ちる。


 山岸はとっさに母親にしがみ付いている女の子に覆いかぶさった。


 ダダダダダダダダッ


 乱射は依然続いている。


 室内の調度品は見る影もなく破壊され、舞い上がったほこりが光の中で乱舞する。


 やがて一瞬の静寂……攻撃が止んだかと思った瞬間だった。


 ヘリコプターに搭載している対地ミサイルがこちらを向いた。


「くそっ!!」


 山岸は少女を抱えて屋敷の奥へと走り出す。


 しかし、ミサイルは無情にも屋敷を破壊した。


 激しい閃光と轟音と……。


 真っ黒な煙が上がり、ヘリコプターの起こす気流でその煙が周囲を覆いつくす。


 やがて室内から火が上がり、それは瞬く間に屋敷を燃やしていく。


 ヘリコプターは屋敷が燃え上がるのを確認した後、いずこへともなく消えていった。


 ヘリが去った後の瓦礫の中から、山岸が這い出して来る。


 その胸の下には小さな少女が一人。


 山岸は立ち上がろうとして気づく。


 自分の左の太腿の裏側が大きく損傷している事に。


「くそ……」


 今は此処から逃げ出すことを最優先にしなければならない。


 山岸は小さな少女を抱き上げる。


 そしてぼさぼさになってしまった髪を撫でてやる。


「……お前は……俺が助けてやる……そして、必ずあいつに……この借りを返してやる!!」


「山岸」という公的な人間は、この事件で死んだ。


 以後、彼は「ヤマギシ」として生きるのだった。



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